マルコの福音書5:21~43

2019年6月21日(金)
ディボーション聖句

マルコの福音書5:21~43
21イエスが舟でまた向こう岸へ渡られると、大ぜいの人の群れがみもとに集まった。イエスは岸べにとどまっておられた。
22すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し、
23いっしょうけんめい願ってこう言った。「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください。」
24そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。
25ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。
26この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。
27彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。
28「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えていたからである。
29すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。
30イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか」と言われた。
31そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」
32イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。
33女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。
34そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。
35イエスが、まだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人がやって来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう。」
36イエスは、その話のことばをそばで聞いて、会堂管理者に言われた。「恐れないで、ただ信じていなさい。」
37そして、ペテロとヤコブとヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれも自分といっしょに行くのをお許しにならなかった。
38彼らはその会堂管理者の家に着いた。イエスは、人々が、取り乱し、大声で泣いたり、わめいたりしているのをご覧になり、
39中に入って、彼らにこう言われた。「なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです。」
40人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなを外に出し、ただその子どもの父と母、それにご自分の供の者たちだけを伴って、子どものいる所へ入って行かれた。
41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)
42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。
43イエスは、このことをだれにも知らせないようにと、きびしくお命じになり、さらに、少女に食事をさせるように言われた。」

[聖句メッセージ]

本日でマルコの福音書5章は終わりです。

ローマ信徒への手紙9:9~13『もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるのです。人は心に信じて、神様に義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」ユダヤ人と外国人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主なる神であり、主イエスを呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。』

21節,このように新約聖書は、たとえ 昨日までのあなたが他宗教者であったとしても、また極悪人であったとしても、今から、神の御子であり、世界人類の救い主イエスの十字架贖罪信仰を信じて口で告白するのならば、誰でも神の永遠なる許しと天国行きのチャンスに恵まれると約束してくれます。そして聖書は、Jesusの十字架贖罪信仰を信じて、聖書のみことばに生き続ける人は皆、神の子としての特権を受けられ、奇跡的な癒しや諸問題の早期的な解決の恵みを受けられると預言するのです。かみのみことばさえ 大切に生き続ければ、あなたも、永遠なる神の子としての特権のチャンスに恵まれるのです。そして、この時も友人・知人たちから伝道され、Jesus信仰による特権や奇跡噂を聞いた、数多くのユダヤ教徒たちも、イエスの礼拝(集会)にやって来たのでした。
あなたはご自分の家系がキリスト教徒ではないからと、必要以上の宗教意識の壁を作って、永遠なる神の救いを手放そうとしていませんか?
なぜならキリスト信仰以外の世界5大宗教のユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教は、信じるだけで救われる可能性がある宗教はないからです。キリスト信仰以外の世界五大宗教には、ただ 恵みで救われる概念、教理がないからです。肝にめいじあいましょう。

テトスの手紙3:9『愚かな宗教議論、系図、口論、聖書についての論争などを避けなさい。それらは人生に無益で、むだなものです。』

21節,また聖書は、もし、あなたが世界人類の父なる神様を敵に回さず、また世界で起きている宗教論争に巻き込まれたくないのならば、知ったかぶりな下らない宗教論など捨て去り、主イエスの十字架贖罪信仰を信じて祈り、悔い改め続けた方が得策だと教え説きます。なぜならBible&Jesusは、人は皆、人間の罪性と限界を 素直に認めて、知ったかぶりをせずに、幼児のように素直に主イエスの十字架贖罪信仰のみことばを信じなければ、永遠なる救いなどあり得ないと預言しており、不完全な人間には神の救い主 イエスの贖罪と弁護がなければ、神の永遠のゆるしと天国行きなどあり得ないと、現実や真理を教え諭しているからです。誰でも、救われる訳がなく、死後に、全員が天国に行ける訳などないのです。目を覚ましあいましょう。

22~43節,『会堂管理者ヤイロ』とは、ユダヤ教の礼拝堂の管理責任者(半聖職者)のヤイロという男の名前です。
尚、このヤイロが属していた ユダヤ教の祭司や有力者たちと政治家たちは、主イエスの教えと聖霊力を脅威に感じたために、イエスに根拠のない言いがかりをつけたり、イエスの殺人計画案を企てて、主イエスを抹殺しようとしていた最強のパリサイ派という教派でした。しかしユダヤ教・会堂管理者ヤイロは、自分の所属している宗教団体と宗教観には限界を感じており、神の御子Jesusこそが聖書の預言していた本物の神の救い主だと感じ取っていたために、自らの宗教的立場やブライドなどを全て捨て去って、愛娘の癒しのために、多くの民衆の前で主イエスに頭を下げて礼拝するようにすがってきたのです。そして、彼のこの信仰の姿勢と行動力が 愛娘に奇跡的な癒しを生むことになったのでした。

マルコの福音書9:23~24『するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」』

マタイの福音書10:31~33イエスは言われた。『恐れることはありません。わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父なる神の前でその人を認めます。しかし、人前でわたしを信じられないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父なる神の前で、そんな者は知らないと言います。』

22~43節,この時、ユダヤ教の会堂管理者のヤイロは、数多くのユダヤ教徒の前で、主イエスに頭を下げて祈れば、裏切り者扱いされて、会堂管理の職さえも失う恐れがありましたが...彼は全く恐れずに、聖書の預言と主イエスを100%信じきって、大きな声で主イエスに祈る信仰を実践することで、愛娘の奇跡的な癒しを手に入れられたのです。
あなたは、ヤイロのように、周囲を気にせずに、真心から Jesusに祈ったり、福音宣教をして暮らしていますか?
なぜなら聖書は、このヤイロのように リスクを恐れずに、ある意味、バカに徹して、Bible&Jesusのみことばを信じて行動に移す者たちにだけ、数多くの神の奇跡が任されるからです。

22~43節,またこの場には、12年もの間、子宮から血の混じった おりものが止まらずにいた為に結婚ができず、また、やぶ医者に騙されて全財産を使い果たしてしまっていた ユダヤ教徒の「長血」の病の女性が居りましたが、彼女は神の癒し主イエスの衣服にさえ触れられれば、必ず癒されると信じて、イエスに会いに来ていました。そして彼女は、恥も外聞も捨て去り、多勢の男たちを醜いほどに押しのけて、ただただイエスに祈りつつ触れることだけに専念していたのです。そして聖書は、彼女のこの情熱的な真っ直ぐな Jesus信仰が、奇跡的な治癒力を引き出せたと教え説くのです。聖書は、この長血の女性のように、聖書のみことばを 必死に信じて、恥や外聞など気にせずに行動する者たちにだけ、神の超常識的な奇跡や癒しが起こり得ると預言するのです。
あなたには、この長血の病の女性のような信仰がありますか?
もし あなたに、永遠に満たされた幸福人生や奇跡的な恵みが必要ならば、この長血の女性のような信仰を追い求めることが重要だからです。

マタイの福音書10:38~39(現代訳)『自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。自己保身的な人は、かえって大事な命を失い、わたしのために喜んで自己犠牲する人はみな、命を自分のものとするのです。』

あなたにも、恥も外聞も捨て去れる程の情熱的な真っ直ぐな信仰力が表れていき、願い通りの奇跡や永遠に満たされた幸福人生を獲得できるようになれると期待します。AMEN

(祈り)
主なる神様、皆に恥や外聞に打ち勝てる 揺るがない情熱的かつ真っ直ぐなBible信仰力を授けてください。
そうすれば 皆、聖霊に満たされていき、自分や周囲に必要な神の奇跡を起こせるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

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