マルコの福音書3:1~6

2019年6月9日(日)
ディボーション聖句

マルコの福音書3:1~6
1イエスは安息日に、また会堂に入られた。そこに片手のなえた人がいた。
2彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。イエスを訴えるためであった。
3イエスは手のなえたその人に「立って真ん中に出なさい」と言われた。
4それから彼らに、「安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。彼らは黙っていた。
5イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元どおりになった。
6そこでパリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。

[聖句メッセージ]

本日からマルコの福音書3章です。

出エジプト記20:8~11 主なる神様は命じた。『あなたがたは安息日を覚えて、これを聖なる休日とせよ。人は六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息のための日である。あなたはどんな仕事もしてはならない。――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの使用人、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も――それは主なる神が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なる日と宣言された。』

1節,このBibleのみことばから、世界人類は最低週休1日制の安息日、聖日礼拝が始まり、週休二日制が拡がっていくことになったのです。聖書とは、世界の日時の基準、真理となる神の摂理、真理の書であるのです。
あなたは、日本でも、明治維新以後の欧米化により、聖書のみことばからの週休一日制、週休二日制が根付いていったことをご存知でしたか?

1節,またBibleは...人は皆、週一度は労働や経済活動の手を止め、心体を休ませてリセットしたり、経済活動以外の家庭や友愛関係の絆を深めたり、神礼拝を捧げることで 永遠に報われる幸福人生に必要な聖霊力や愛力を充電しながら、自らの生活習慣と心の在り方を吟味して生きるように造られていると、教え説きます。聖書は、全世界人類と全人生の正しい取扱説明書であり、人間の心霊にも点検、リセット、充電が必要だと教え説くのです。目を覚ましあいましょう。

第二テモテの手紙3:16~17『聖書はすべてが、神の霊感で書かれたもので、人生の教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは、神に選ばれた人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。』

1~2節,また聖書のみことばは、全てが神の霊感で書かれているので、日々のBible&メッセージを 黙想しながら 祈りつつ 生活し続ければ、その人の人格と霊感が矯正されていき、段々と神様のような完全な大人に成長していくことになり、誰でも、永遠に報われる理想的かつ幸いな人生を手に入れられると、約束しています。

1~2節,また聖書は、週一度の『安息日』とは、いかなる経済活動などの労働をしてはならない 健康的な人生を築く為の休日であり、神様との関係性を築いて深める聖日礼拝の日でもあり、現在の労働基準法のような戒律だと教え説くのです。

そしてこの時、イエスを陥れようとしていた パリサイ人たちは、何も労働(経済的な仕事)をしてはいけない安息日に、イエスが片手の不自由な人に 医療行為をするのかどうか、黙って観察していました。パリサイ人たちは、もしイエスが医療的な労働行為をするのなら、すぐに訴えようとしていたのです。

3節,そして主イエスは 癒しを願って来た片手の不自由な人を哀れんで言いました。「立って、真ん中に出なさい。」

マルコの福音書12:30~31『「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」次は、このみことばです。「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」この二つより大事な神の命令は、ほかにありません。』

4~5節,そして主イエスは、生まれつき片手の不自由な人の癒しの奇跡を行う前に、パリサイ人たちに厳しく語りました。「Bibleは、何よりも大切なのは、神に仕える愛と隣人を助ける愛だと教えています。それなのに あなたがたは、今からわたしが片手の不自由な人を癒す行為を経済活動に伴う医療労働だと言って 裁くつもりですか? それとも、彼を祈りで癒してあげる行為が人を救う善行による愛だと思いますか? よく考えてみなさい。また、あなたがたがわたしに祈り求めている片手の不自由な人を このまま癒さずに見捨てることが安息日にすべき善行だと言うのですか?あなたがたは、この片手の不自由な人を 神の愛とわたしの祈りで癒してあげることが、安息日にしてはならない経済による労働だと、本気で考えているのですか!?」そして、イエスはパリサイ人たちに怒った直後、片手の不自由な人の為に祈り癒してあげたのです。聖書は、この時にイエスが週一度の安息日に行った行為は自分の経済活動の損得に関する 過剰な労働行為ではなく、ただ、困り人を癒して救う隣人愛だったと教え説くのです。このように聖書は、週一度の安息日さえ怠る、過剰な経済的労働は神との関係、家族関係や健康的な人生を破壊すると教え説くのです。過剰な経済活動による虚しく、忙しいだけが取り柄の不幸人生を強いられないように聖日を 大切し続けあいましょう。

6節,そしてこの時、主イエスに叱責されて、完全な真理の説教をされた プライド高いパリサイ人たちは逆ギレして、後に悪徳政治家たちと組んで主イエスを罠に陥れる殺害計画を 練り始めるのでした。

第一ヨハネの手紙4:8『愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。』

第一コリントの手紙13:4~7『愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理のみことばを喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。』

6節,また聖書は、パリサイ人たちは 全てが悪かった訳ではなく、実際、彼らは厳格で熱心な宗教心は持っていましたが、本物の神のご正体とご性質である人を救う「愛'JesusLove'」や神愛を深めて健康的な生活を育む為の聖日礼拝の大切さを 誤解していたと教え説くのです。神愛や隣人愛の為の奉仕、働きは週一度も休むことなく、継続すべき善行だと教え説くのです。あなたも、正しい安息日を築くようになり、神愛と隣人愛に満ちた 永遠に報われる幸福人生を築けると期待します。AMEN

(祈り)
主なる神様、皆を聖霊に満たし 神愛と隣人愛を大切にしながら休むべき時には休み、礼拝すべき時は礼拝して、やるべきことを やるべき時に やれるように助け導いて下さい。
そうすれば 皆、健康的な永遠に報われる幸福人生を築けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

在主 Partor. Isao Kanaumi
Thanks!

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Shibuya の CityHotel にある教会

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マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

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