マタイの福音書12:9~13

2019年3月18日(月)
ディボーション聖句

マタイの福音書12:9~13
9イエスはそこを去って、会堂に入られた。
10そこに片手のなえた人がいた。そこで彼らはイエスに質問して「安息日にいやすのは正しいことでしょうか」と言った。イエスを訴えるためであった。
11イエスは彼らに言われた。「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それを引き上げてやらないでしょうか。
12人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に良いことをすることは、正しいのです。」
13それから、イエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼が手を伸ばすと、手は直って、もう一方の手と同じようになった。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

9〜10節,この時の主イエスは、パリサイ人たちが悪意をもって、自分と使徒たちにケチをつけて罠にはめようとしていたことを見抜き、決してムキにならずに、みことばのたとえ話だけを語ってあしらいました。そしてイエスは、反抗的なパリサイ人たちを 相手にせず、人生と死の意味と行き先や真理のみことばや神の救いを待ち望んでいた、幼児のように純粋な人々を救う為に、会堂(礼拝堂)に向かったのです。
あなたの周囲にも、Bible&Jesusのみことばに反抗的なパリサイ人たちのような無知な人々がいませんか?
聖書は、そういう無知な人たちは、イエスのように まともに相手にし過ぎず、平和的かつ、適度な距離感を置くことが賢いと教え説くのです。なぜなら聖書は、パリサイ人たちのような分からず屋の無知な人々に時間を取られて、共倒れするよりも、新たに神に選ばれて救われる素直な人々を探して、福音宣教する方が報われると預言するからです。聖書を読みつつ、あなたの神の祝福や人生の徳をおとしめる人々とは深入りしないことが 永遠に報われる幸福人生に繋がるのです。目を覚ましあいましょう。

ヘブル人の手紙10:28『だれでもモーセの聖書の律法を無視する者は、二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく滅ぼされます。』

使徒の働き20:25~28使徒パウロは言った『皆さん。神の御国を宣べ伝えて、あなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないでしょう。ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。なぜなら、私は、神の御ことばのご計画の全体を、余すところなく、あなたがたにすべて知らせておいたからです。』

9〜10節,またBibleは、本気になってBible&Jesusの福音や真理を宣教とし続けているいる聖霊に満ちた人々や善良で純粋な人々を騙したり、迫害する人々は、死後、必ず 神様に裁かれると教え説きます。本気になってBible&Jesusの福音や真理を宣教とし続けているいる聖霊に満ちた人々や善良で純粋な人々に敵対することは神に敵することに繋がると預言するのです。肝に命じあいましょう。

そしてBibleは...神に選ばれし あなたには、周囲の隣人にBible&Jesusの福音やみことばを宣べ伝える使命と責任が任されていると預言します。あなたは福音宣教や真理であるみことばさえ証し伝えれば、それ以降の責任は神様が引き受けて下さると預言するのです。せっかく福音宣教したんだから、思い通りに救い導きたいなどと、他人をコントロールするような欲望や色気を捨て去り、絶えず、福音宣教、証しし続ける使命感が重要なのです。あなたの思い通りに神の福音が伝わらなくとも、気にし過ぎたり、全く心配する必要はないということです。Bible&Jesusの福音や真理を語る愛の労だけに、全力を注げば報われるのです。目を覚ましあいましょう。

箴言21:28『まやかしの神の証人は滅びる。 しかし、神によく聞く者はいつまでもみことばを語る。』

箴言23:16『あなたのくちびるが正しいみことばを語るなら、 神の心は喜びおどる。』

出エジプト記12:16『人は第一日に聖なる礼拝を開き、第七日目にも聖なる礼拝を開かなければならない。この安息日の礼拝日中、どんな仕事もしてはならない。ただし、みなが食べなければならないものだけは料理して作ることができる。』

出エジプト記20:8~11『安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。人は皆、六日間働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息日である。その日は、あなたはどんな仕事もしてはならない。――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの使用人、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も、皆である。――それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は週一回の安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言されたからである。』

10~13節,またBibleは、人は皆、週一回の聖日礼拝、安息日が必要だと教え説きます。Bibleは 人は皆、週一回の休暇、聖日礼拝による聖霊の充電が取れなくなると、心霊体のバランスや未来や死後の人生が微妙に崩れ出すと預言するのです。聖書は、もし、あなたが週一回以上の休みが取れずに過ごしているなら、主イエスに癒しを祈ることが重要であり、聖日礼拝に参加できていないなら主イエスの十字架にすがって、聖日礼拝に参加できるように祈り続けることが重要だと教え説くのです。主イエスは、癒し主だからです。尚、欧米から始まった完全週休二日制は、日曜日は礼拝の為の聖日であり、土曜日は休日という意味合いもあると言われており、完全週休一日制または、完全週休二日制の人は、Bible&Jesusの神の恵みに感謝しながら、改めて、休日の意味を考え直して有意義に過ごすことが重要なのです。

10〜13節,この時、パリサイ人たちは、安息日にイエスが多くの人々を癒す姿を見て、あれはれっきとした医療行為であり、イエスは無休で仕事をして稼いでいる罪深き人だと責め始めました。旧約聖書に背く不法でもあると責めたのです。しかしイエスは、言われました。『一人の大切な神の子が痛み苦しんで、父なる神様に助けを求めて祈っている。それを父なる神様が放って置かれると思いますか?人を愛して助ける行為は、仕事ではなく、父なる神様が喜ぶ、愛に満ちた良い奉仕活動なのです。』このようにJesusは証しされたのです。
このようにBibleは、人は皆、週一回の休日や聖日を 犠牲にしてまで休みなしで経済活動、成功欲、物欲の為に働き人は、神様や大切な人々との関係を破壊すると預言するのです。
あなた、週一回は、神様との聖日や大切にすべき人々とのより良い関係を築くために費やせていますか?
なぜなら聖書は、週一回の安息日を棒に振ることは、自らの大切な心霊体のバランスを傷つけるだけでなく、神様や大切な人々との関係を壊す羽目になると預言するからです。目を覚ましあいましょう。

第一ヨハネの手紙4:8『愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。』

10~13節,しかしあなたは、神様と大切な人々との関係をより良くするスケジュールを組める人となり、永遠に報われる幸福人生を築けると期待します。 AMEN

(祈り)
主なる神様、皆が 経済活動や自分のしたいことばかりでなく、神様と大切な人々との関係をより良く築ける一週間のスケジュールを組み立てられるように、助け導いて下さい。
そうすれば 皆、永遠に報われる幸福人生を獲得できるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

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