ローマ信徒への手紙3:9~17

2018年3月17日(土)

ディボーション聖句

 

ローマ信徒への手紙3:9~17

9

では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。

10

それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。

11

悟りのある人はいない。神を求める人はいない。

12

すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。ひとりもいない。」

13

「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」

14

「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」

15

「彼らの足は血を流すのに速く、

16

彼らの道には破壊と悲惨がある。

17

また、彼らは平和の道を知らない。」

 

[聖句メッセージ]

 

昨日の続きです。

では、聖句をあげてから説明します。

 

ルカの福音書18:9~14神の御子Jesusは言った。『自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりは敬虔なパリサイ人で、もうひとりは悪い取税人であった。敬虔なパリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。「神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの悪い取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。」ところが、あの悪い取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。」あなたがたに言うが、この罪深い、悔い改めた取税人は、神に義と認められて家に帰りました。神に義と認められた人は、罪深い取税人と比較して喜んだパリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を神の御前に高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」』

 

9~10節,このようにJesusは、何か罪悪や過ちを犯して、本気で悔い改めようとしている人々や、真心から反省して悔い改めようとする人々を 差別したり、そういうやり直さなくてはならない人たちと比べて優越感に浸る人々を 神様は敵対視することがあるので注意するように、教え諭しました。

あなたは自らの罪悪や過ちを反省して悔い改めている人々を 卑下したり、 物事がうまく回らない人々と比較して優越感や幸福感に浸ることはありませんか?

なぜなら聖書は、神の認める真の義人など存在しておらず、神が祝福する義人とは聖書の教える罪悪や過ちを 素直に認めて、本気で悔い改め続ける人々だと教え説くからです。また聖書は、他人と比較ばかりして優越感や幸福感に浸る程度の幸いでは長続きしないと、教え説くからです。まことの幸いとは他人と比較して生まれる出てくるものではなく、心の内側から溢れ出てくるものだからです。

あなたは 本当に幸いですか?

聖書のみことばと内なる聖霊は まことの幸いを生み出せる神様からの助け手。しっかり 胸に書き記して下さい。

 

10~11節,『義人はいない。ひとりもいない』とは...聖書は、神様が認める程に『完全な善を行う人はいない。ひとりもいない』という意味です。聖書は全世界人類史上で神が認める程に100%正しい完全な義人など、神の御子Jesus以外は、誰も存在し得ないと教え説くのです。

 

またBibleは...人は皆、自分本位な偽善的性質があるため、神の御子Jesusのように、他人を救うためだけにすべての欲望と命まで犠牲にできる完全な愛に生きられる人などあり得ないと、教え説きます。人は皆、神の御子Jesusのような完全な人生や完璧な愛は表し続けられないと、教え説くのです。ですから聖書は、人は皆、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの死と弁護による贖罪信仰がなければ、誰も神の赦しや天国行きは受け取れないと、教え説くのです。

 

また聖書は、わたしたち人間は完全完璧ではありませんが、神の御子Jesusの十字架贖罪信仰を 信じて、真心から悔い改め続けようとさえいれば、神様から良しとされていると約束します。神の御子Jesusの十字架上の贖罪に絶えず感謝しながら、生命ある限り、あきらめずに悔い改め続けることだけが重要なのです。

あなたの内なるHolySpiritは、真理を通して悔い改める為の救い主。あなたにできなくとも、幼児のような素直さを 大切に生き続ければ、あなたの内なるHolySpiritは悔い改める愛と御力を下さるのです。

 

12~14節,そして聖書は...人は皆、誰もが人生で罪悪や過ちを繰り返し犯す性質があるので、人生に迷ったり、それぞれが自身や他人の期待を裏切ったり、また裏切られる不完全な人生を歩むしかないと、教え説きます。

あなたは神の教える永遠の真理なくして、あなたらしい完全な人生や永遠に報われる幸福人生を築けると過信することはありませんか?

なぜなら聖書は、天地万物と全人生の創造主なる神様の教える永遠の真理なくして、あなたらしい完全な人生や永遠に後悔しない幸福人生はあり得ないと、教え説くからです。

しかし聖書で、あなたは永遠の真理を獲得できるチャンスに恵まれた幸いな人だと、教え説くのです。目をさます人は、必ず 永遠に報われるのです。

 

そして聖書は、それぞれが 多かれ少なかれ、自身や周囲に期待を裏切られて生きてきたために傷付いており、愛に冷えた人間関係を築いて傷を悪化させており、お互いの徳を高め合うどころか 足を引っ張りあう人間関係が多数存在してしまうと、預言します。聖書は、これらが原因で、神の教会内(愛の共同体)にも愛に冷えた兄弟姉妹関係が存在してしまうと預言するのです。聖書は 経済を愛する悪い社会(経済至上主義社会)になると、こういう愛に冷えた人間関係が生じやすくなると預言するのです。

あなたの隣人愛、兄弟姉妹愛は 冷えていませんか?

しかし聖書のみことばとは人間の造り主なる神様の霊感で書かれた、人間の取扱説明書。あなたが自身や他人から必要以上に傷つかないように助けられる、神様からの知恵と癒しの書物。 あなたは神様から 人間関係で受けた傷の癒しを受けながら、Jesusの情熱的な愛を充電し続ける為にJesus信仰とそのみことばが与えられたのです。聖書はまことの愛を吸収できる 父なる神の愛の書物とも言われているのです。

 

マタイの福音書24:12主イエスは言われた。『聖書の不法がはびこる悪い時代になると、多くの人たちの愛は冷たくなります。』

 

ヤコブ書5:16『ですから、あなたがたは、互いに罪や過ちを言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。そういう義人の祈りは働くと、大きな力があります。』

 

また聖書は...不完全な罪深い性質をもつ人間性であっても、日々 神の御子Jesusの十字架を仰ぎ見て、自らの人生での罪悪と過ちを悔い改め続けようと祈り、ベストを尽くすなら、神に良しとされて、やがて その人は癒されていき、永続的な神の祝福を受けられ、その人の歩むべき幸福人生を築けると約束してくれます。

 

ローマ書12:10『兄弟姉妹愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。』

 

また聖書は、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの死と弁護を信じて、神様の赦しを受けとれた あなたは自分の全てを受け入れて、大切に愛してあげるように、教え諭しています。自分自身の罪悪を認めて 神の愛と赦しを しっかり悟れた人々だけが 自分自身の人生を大切に愛し、あらゆる隣人を自分のように愛することができると、教え説くのです。

 

あなたは聖書から自分自身の罪悪や人生の意味と目的や使命を知って、自分自身の人生を 大切に愛し、また自分自身のように周囲の人々の徳を高める人生を築く為に、神の福音を委ねられたのです。AMEN

 

(祈り)

主なる神様、皆を神の御子Jesusの十字架力と神の愛で覆い尽くし、すべてをゆるし、そして癒して下さい。お願いします。

そうすれば 皆、自らと周囲の人々を大切に愛して、自身や周囲の徳と幸福を高められる、真理に基づく幸福人生になり変われるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

 

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マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

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