第二コリントの手紙12:1~6

GOD said,

『あなたは癒された』

『愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい』

『神は愛です』

『主のしもべは栄える』

 

2018年2月21日(水)

ディボーション聖句

 

第二コリントの手紙12:1〜6

1 無益なことですが、あなたがたの目をさます為には、誇るのもやむを得ないことです。では、私の主の幻と啓示のことを証ししましょう。

2 私はキリストにあるひとりの人、イエスを知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです、――第三の天にまで引き上げられました。

3 私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです、――

4 わたしはパラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないみことばを聞いたことを知っています。

5 主イエスについて私は誇るのです。しかし、私自身については、自分の弱さ以外には誇りません。

6 たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることはもう控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。

 

 

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

本日から、第二コリントの手紙は12章です。

 

1節 (1 無益なことですが、あなたがたの目をさます為には、誇るのもやむを得ないことです。では、私の主の幻と啓示のことを証ししましょう。)

 

この時、使徒パウロはJesusのみことばに背き続けて、教会の仲間たちと和解しようとしない反抗的な仲間たちや、みことばを聞いても行動に移そうとしないパリサイ人たちのようなクリスチャンたちの目を開かせて、悔い改めさせるため、思い切って秘密にしていた自らの不思議な神の国体験を証ししたのです。

あなたの周囲の仲間たちにも、神の教会の仲間たちと和解しようとしない反抗的な人々や、聖書のみことばで悔い改めようとすることよりも、他人を批評するために使っているパリサイ人のような仲間たちがいませんか?

もしいるのなら、使徒パウロのように仲間たちが悔い改められるように、真心から証しして教え諭してあげたり、祈りサポートしてあげることも重要です。Jesusが教えた教会の神の家族たちは、和解し合おうと尽力しなければ、いつか人生に倒されるとあるからです。

 

・ルカの福音書6:49

主イエスは言われた。「みことばを聞いても実行しない人は、土台なしで地面に家を建てた人に似ています。川の水が押し寄せると、家は一ぺんに倒れてしまい、そのこわれ方はひどいものとなりました。」

 

・使徒の働き7:26

「モーセは、兄弟姉妹たちが争っているところに現れ、和解させようとして、『あなたがたは、兄弟姉妹なのだ。それなのにどうしてお互いに傷つけ合っているのか』と忠告しました。」

 

・ヨハネの福音書13:34〜35

主イエスは命じた。「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もし兄弟姉妹の間にまことの愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めて救われるのです。」

 

・ヨハネの黙示録2:7

「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得る者に、わたしは神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」

 

・ヤコブの手紙2:26

「たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。」

 

このように聖書は、神の教会から語られるBible&メッセージを聞き流し過ぎて行動に移せなかったり、兄弟姉妹たちとしっかり和解しないで放って置く人は皆、段々と神の聖霊力や信仰力も死んでいくと、忠告します。なぜなら、神様は愛そのもののご性質であり、あなたの神様は、あなたの心の深み、兄弟姉妹関係のあり方を見て、人生での報いを振り分けられるお方だと教え説くからです。使徒パウロのように、神の教会と兄弟姉妹との愛と一致や、人生の徳を高めるために、必死に秘密まで証しして悔い改めさせようとする愛の人に、あなたの聖霊は、豊かに報いてくださるのです。

 

尚、以下は使徒パウロが以前、秘密にしていた神の国の不思議な体験による証し内容です。

 

・使徒の働き26:14~18

使徒パウロは証しした。『キリストの弟子たちを迫害しようとしていた私たちは、みな地に倒されましたが、そのとき不思議な声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。「パウロ、パウロ(サウロ)。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。」私が「主よ。あなたはどなたですか」と言いますと、主なる神様がこう言われました。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起き上がって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたが見たこと、また、これから後わたしがあなたに現れて示そうとすることについて、あなたを神の働き人、また、わたしの証人に任命するためである。わたしは、この神の民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしイエスを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって、神の御国を受け継がせるためである。』

 

1節 (1 無益なことですが、あなたがたの目をさます為には、誇るのもやむを得ないことです。では、私の主の幻と啓示のことを証ししましょう。)

 

このように使徒パウロは、昔の自分は神の教会に反抗したり迫害するパリサイ派の若きリーダーの一人であったと、告白しました。そしてある日、若き日のパウロは友人たちと共に、神の教会を迫害しに行こうと出かけたのですが、すると急に、天から神様の聖なる不思議な力が現れてきて、彼はその場で失神させられ、十字架上で死んだはずの神の御子Jesusの幻を見せられ、神の御声を聞かされたのでした。

 

尚、Jesusは、神の国から若き日のパウロに以下のように語られました。

「もうわたしの教会に反抗したり、迫害することをやめなさい。そして、すぐにみことば通りに悔い改めなさい。なぜなら、イエスの教会に反抗して迫害する行為とは、直接、神様に反抗する最悪な罪悪であり、神の国に戦争をしかける自滅行為そのものだからです。」とJesusは、使徒パウロにはっきりと忠告したのです。

Jesusは、神の教会にいる聖職者や敬虔な奉仕者たちとは神のカラダそのものだと、忠告したのです。Jesusは、神の教会を大切にたてあげようとしている聖職者と献身的な奉仕者たちは、神様の特別な権威や後ろ盾が任され、必ずいく倍も報われると約束したのです。また聖書は、自分の罪悪や過ちを棚に上げて、神の教会とぶつかり続ける人は皆、神様に敵対することになり、若き日のパウロと同じような羽目に陥ると、忠告するのです。若き日のパウロは、新約聖書以外の旧約聖書のみことばには忠実な信仰者であったのに、Jesusのみことばとその教会に反抗したためだけで、試練に陥ったのです。まことのJesus信仰とは、旧約聖書だけでは立ちいかず、新約聖書と旧約聖書の両方が重要だからです。肝にめいじあいましょう。

 

・ローマ信徒への手紙8:31

『では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。』

 

このように聖書は、あなたの神様はJesusを信じて洗礼を受け、神の教会をたてあげようと尽力している聖職者や献身的な奉仕者たちを特別扱いしてくれると約束してくれます。その報酬とは神の親友に認められて、そういう神の子たちの敵には敵となり、仇には仇となってくれる神様との親友関係、神の国のVIP待遇だと約束したのです。この聖書の黄金律をしっかり胸に書き記してください。

 

・マタイの福音書7:21

主イエスは言われた。「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみことばを行う者が入るのです。」

 

・ヨハネの福音書15:14

主イエスは言われた。「しかし、わたしがあなたがたに命じるみことばをあなたがたが行うなら、あなたがたはわたしの友です。」

 

・マタイの福音書13:23

主イエスは言われた。「ところが、良い地に蒔かれる人とは、みことばを聞いてそれを悟り行う人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結べます。」

 

・使徒の働き17:3

『私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、神の救い主キリストなのです。』

 

2~4節 (2 私はキリストにあるひとりの人、イエスを知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです、――第三の天にまで引き上げられました。3 私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです、――4 わたしはパラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないみことばを聞いたことを知っています。)

 

そしてBibleは、Jesusは人間の肉体と神の霊的体の二つを併せ持った「天地万物の創造主なる神様の後継ぎ」、「世界人類のまことの救い主」だと、教え説きます。そして聖書は、Jesusのみことばとは神の御力と権威のこもった、永遠の真理、神の言霊だと教え説いたのです。だから聖書は、Jesusを信じて悔い改め続ける者は皆、永遠に報われて、救われると教え説くのです。

 

・ヨハネの福音書20:28~29

主イエスは言った。『使徒トマスは、死から復活したイエスに言った。「あなたは私の主。私の神。」そこで、イエスは彼に言われた。「あなたは、復活したわたしを見たから信じたのですか。神の奇跡を見ずに信じる者は幸いです。」』

 

・第二コリントの手紙10:17~18

『誇りたい者は、主なる神だけを誇りなさい。自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です。』

 

5~6節 (5 主イエスについて私は誇るのです。しかし、私自身については、自分の弱さ以外には誇りません。6 たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることはもう控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。)

 

そして聖書は、あなたに使徒パウロのような神の特別な不思議体験などなくても、決して、奇跡体験の多い仲間たちと比較してねたんだり、霊的体験の乏しさを残念がることもないと、教え説いています。なぜなら聖書は、そういう神の不思議体験は苦しみや痛みも非常に辛く、信仰とは神の不思議体験なくして、Bible&メッセージを信じる姿勢と生き様だと、教え説くからです。奇跡などなくても、信じることが奇跡な信仰を生み出せるのです。肝にめいじあいましょう。

 

・第二コリントの手紙10:17~18

『誇りたい者は、主なる神だけを誇りなさい。自分で自分を推薦する人でなく、主に推薦される人こそ、受け入れられる人です。』

 

・箴言19:21

『人の心には多くの計画がある。しかし、すべて主の計りごとだけが成る。』

 

6節 (6 たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることはもう控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。)

 

またBibleは、歴史上で偉大な功績と奇跡を起こしてきた偉人たちばかりを過大評価せず、その背後で働かれてコントロールしていた神の存在と神信仰による知恵と真理を、何よりの誇りとして生きるように教え勧めています。なぜならBibleは、人間の能力や才能には大差などなく、全ての歴史的功績と奇跡とは、全てが神のご意志と真理が反映されている結果に過ぎないと、教え説くからです。誰よりも創造主なる神様を敬愛して、Bibleのみことば&Jesusの十字架を誇りに生きる人は皆、永遠にいく倍も報われると約束するのです。

尚、英語の「History(歴史)」とは、「Jesus Story」。この世界の歴史は、「His Story(彼のストーリー)」の意味を含んでいるのです。

 

あなたの人生と人間関係に現れる、神様の偉大なるみことば力と情熱的なJesus Loveによる、感動的な奇跡に期待します。

AMEN

 

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たして、すべての兄弟姉妹関係をより良く造り変えて、使徒パウロたちのように神の教会をしっかり、たてあげられるまことのクリスチャンにしてください。

そうすれば、皆の人生に神様の偉大なる功績や感動的なJesus Loveの奇跡が表れ出すからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。

AMEN!!!

Please reload

マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

御言葉・メッセージをキーワードで検索 ↓

  • Wix Facebook page
  • Twitterのアプリケーションアイコン

私たちの教会は正統的なプロテスタントです。エホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。

Copyright © SHIBYA GRACE BIBLE CHURCH. All Rights Reserved.