第二コリントの手紙12:17~21

 Jesus said,

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

 

2017年3月17日(金)

ディボーション聖句

 

第ニコリントの手紙12:17~21
17 あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなことがあったでしょうか。
18 私はテトスにそちらに行くように勧め、また、あの兄弟を同行させました。テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたのではありませんか。
19 あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。
20 私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。
21 私がもう一度行くとき、またも私の神が、あなたがたの面前で、私をはずかしめることはないでしょうか。そして私は、前から罪を犯していて、その行った汚れと不品行と好色を悔い改めない多くの人たちのために、嘆くようなことにはならないでしょうか。

 

 

[聖句メッセージ]

 

本日で第二コリントの手紙12章は終わりです。

では、聖句を上げてから説明します。

 

・第1コリントの手紙1:11~13 

『あなたがたの間には争いがあるそうで、あなたがたはめいめいに、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケパに」「私はイエスキリストにつく」と言っているとそうですね。キリストのからだが分割されたのですか。あなたがたのために十字架につけられたのはパウロでしょうか。あなたがたがバプテスマを受けたのはパウロの名によるのでしょうか。』

 

17~19節 (17 あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなことがあったでしょうか。18 私はテトスにそちらに行くように勧め、また、あの兄弟を同行させました。テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたのではありませんか。19 あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。)

 

このようにコリント教会の多くのJesus Familyたちは、大きな過ちを犯していました。彼らの多くは、何よりも大切にすべき真理を第一にして生活をするどころか、それぞれが教会にいる牧師やクリスチャンたちを選り好みしたり、派閥のような仲良しグループを大切に形成し過ぎてしまったのです。その為、神のからだであるべきコリント教会は全く一つになれず、神の感動的な奇跡や祈り通りの応答を刈り取れなかったのです。 

 

あなたは絶対的な真理を大切にするどころか、人間関係の派閥(関わる組織)や似た者同士の仲良しグループの意見に影響され過ぎていませんか?

あなたの人生の主が、神様とその真理でなく、自分自身思い込みや他の他人の声になっていないのか、再確認することが重要です。なぜなら聖書は、絶対的な神様とその真理を第一にしていない人には、虚しい人生の刈り取りが現れると預言するからです。

 

・第1コリントの手紙12:4~6

『さて、賜物にはいろいろの種類がありますが、教会にいる一人一人の御霊は同じ御霊です。教会の奉仕にもいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。主の働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。』

 

・第1コリントの手紙12:12

『ですから、ちょうど、神のからだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つの神のからだであるように、キリストの教会もそれと同様です。』

 

17~19節 (17 あなたがたのところに遣わした人たちのうちのだれによって、私があなたがたを欺くようなことがあったでしょうか。18 私はテトスにそちらに行くように勧め、また、あの兄弟を同行させました。テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたのではありませんか。19 あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。)

 

この時の使徒パウロは宣教旅行中であった為、コリント教会の多くの仲間たちが神のみことば(真理)ではなくそれぞれが関わっている組織や似た者同士の仲間たちに影響され過ぎて生活している噂を聞くと、その誤りと罪悪を指摘して戒めるために、牧師仲間のテトスをコリント教会に派遣したのです。すると、コリント教会の多くの仲間たちは、それを誤解して開き直ってしまい、使徒パウロは自分たちを見捨てた冷たい人で、新任のテトス牧師に全ての責任を背負わせて、自分勝手な宣教旅行に出かけてしまったと、誤解したのです。そしてコリント教会の仲間たちは、自分たちの罪悪と誤りを悔い改めるどころか、あれこれと、使徒パウロに陰口を言い出したのでした。

 

あなたは真理に基づいた指摘をしてくれる聖職者と仲間たちの言葉や叱責に耳を貸して、悔い改めようとするどころか、逆ギレして開き直ることはありませんか?

なぜなら聖書は、真理に基づいた仲間たちの助言や叱責を無視する人や反抗し続ける人は皆、神様を敵に回す恐れがあると、忠告するからです。肝に命じて下さい。

 

18~19節 (18 私はテトスにそちらに行くように勧め、また、あの兄弟を同行させました。テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたのではありませんか。19 あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。)

 

しかし実際は、コリント教会の牧師であった使徒パウロは、誰よりもコリント教会の仲間たちを大切に考えていた為に、留守中、同じ信仰とビジョンを共有できた、信頼の置ける信仰の仲間テトス牧師を派遣していただけでした。このようにBibleは、あなたの関わる教会牧師とはあなたの人生に与えられた神の協力者だと、教え説くのです。胸に書き記して下さい。

 

・第1コリントの手紙1:10

『さて、兄弟姉妹たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、教会のみなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。』

 

・マルコ福音書3:24~25

主イエスは言われた『もし、国が内部で分裂したら、その国は立ち行きません。また、家が内輪もめをしたら、その家は立ち行きません。』

 

20節 (20 私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。)

 

そして使徒パウロは、絶対的な真理(みことば)よりも関わる組織や似た者同士の仲間意識を大切にし過ぎて自滅していた、コリント教会の多くの仲間たちが、素直に悔い改めることを信じて、祈っていました。彼はコリント教会の仲間たちの信仰を信頼したのです。しかし使徒パウロは、見事にその期待を裏切られたのです。

聖書は、この時のコリント教会の仲間たちは、信徒達が思う以上に取り返しのつかない分裂状態であったと、教え説きます。なぜなら聖書は、まことの教会とは同じみことばによる共通の使命やビジョンを共有し合えている時に、はじめて、神のからだなる教会力が任されると、教え説くからです。

聖書の教えるまことの教会とは、礼拝するだけの形式的な宗教活動では大した神の教会力や聖霊力など表れず、愛の共同体に根づいた、共通のビジョンと使命による御霊の一致が何より重要だからです。

 

あなたは、教会は礼拝だけしていればいいと、勘違いをすることはありませんか?

まことの教会とは、個々が神のからだの一部であることを自覚して、同じみことばと共通の使命で同一方向に向かおうとしなければ、ほとんど神の教会の意味をなさないのです。なぜなら、あなたの神様は愛そのもののお方であり、まことの教会力は神の一つのからだを形成しようとしない人には表れないからなのです。肝に命じて下さい。

 

・コロサイの手紙3:8

『しかし今は、あなたがたも、すべてこれらのこと、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを、捨ててしまいなさい。』

 

・第1テモテの手紙6:3~8

『御ことばと違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全な御ことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りが生じ、また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。私たちは何一つこの世に持って来れなかったし、また何一つ持って、この世を出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。』

 

20~21節 (20 私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。21 私がもう一度行くとき、またも私の神が、あなたがたの面前で、私をはずかしめることはないでしょうか。そして私は、前から罪を犯していて、その行った汚れと不品行と好色を悔い改めない多くの人たちのために、嘆くようなことにはならないでしょうか。 )

 

このようにBibleは、絶対的な真理であるみことばよりも、自らの思考による感情的な怒りや欲望を大切にする人々の闘争心、嫉妬心、憤り、派閥心、陰口、高ぶり、騒動、不品行、好色を 悔い改めようとしない人の人生は、必ずいつか嘆き悲しむ結末を迎えると、預言します。

あなたは感情的になると、闘争心、嫉妬心、派閥心(陰口)、高慢(意地やプライド)、不品行、怒り、憤りなどに支配される傾向はありませんか?  

聖書は、これらの感情に支配させる人の人生は、やがて立ちいかなくなると、はっきり忠告します。日々のBible&メッセージからこれらの感情に支配させないように再確認して、祈り悔い改めることこそが まことのクリスチャンLIFEなのです。

あなたが人生を破滅に導く感情の支配から自由に解放されていくことを期待します。

AMEN

 

 

(祈り)

主なる神様、皆の霊の目を開かせて、喜んで主に期待して、しっかり天に宝を積めるようにして下さい。
そうすれば、皆の人生に神の百倍の報いやまことの繁栄の道が与えられるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。
AMEN!!!

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マルコの福音書 4章 20節
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。

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