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ルカの福音書24:27~43

2020年1月13日(月) ディボーション聖句 ルカの福音書24:27~43 27 それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分につていて書いてある事がらを 彼らに説き明かされた。 28 彼らは目的の村に近づいたが、イエスはまだ先へ行きそうなご様子であった。 29 それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中に入られた。 30 彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。 31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。 32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」 33 すぐさまふたりは立って、エルサレムに戻ってみると、十一使徒とその仲間が集まって、 34 「ほんとうに主イエス様はよみがえって、シモンにお姿を現された」と言っていた。 35 彼らも、道であったいろいろなことや、パンを裂かれたときにイエスだとわかった次第を話した。 36 これらのことを話している間に、死から復活したイエスご自身が彼らの真ん中に立たれた。 37 彼らは驚き恐れて、霊を見ているのだと思った。 38 すると、イエスは言われた。「なぜ取り乱しているのですか。どうして心に疑いを起こすのですか。 39 わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。」* 41 それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物がありますか」と言われた。 42 それで、焼いた魚を一切れ差し上げると、 43 イエスは、彼らの前で、それを取って召し上がった。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 マタイの福音書1:22『すべての出来事は、主が聖書の預言者を通して言われた事が成就するためであった。』 マタイの福音書5:18 主イエスは言われた。『まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』 27節,このようにBibleは、聖書の真理と預言は、全世界と全人類に 必ず成就すると教え説きます。 あなたは聖書のみことばは、全世界、全人生に完全な預言をもたらす神の預言の書であることを、ご存知でしたか? なぜなら聖書は全人生の取扱説明書であり、あなたの国や幸福人生に必要な真理と預言が隠されており、深く真心なら聖書通読や神礼拝奉仕し続ける人々に、それらが知らされると預言するからです。 また聖書は、この世知がない社会、誰も救ってくれない愛の乏しい世の中にあって、Bibleのみことばを絶対視して、人生を賭けるように従い続ける人は皆、神の存在とみことばからの預言に気づけて、永遠に満たされた幸福人生を築けると約束するのです。しっかり胸に書き記して下さい。 あなたの幸福人生に必要な揺るがぬ真理と、神からの預言的インスピレーションが与えられることを期待します。 マタイの福音書20:9『弟子たちは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書のみことばを、充分、理解していなかったのである。』 27~31節,しかしJesusの弟子たちは、多少の信仰心はありましたが、まさか本当にJesusが死からよみがえられるとは、充分 理解していなかったと、聖書は教え説きます。 あなたはJesus信仰のみことばに不可能はないことを、信じていますか? なぜなら聖書は、最初、Jesusが死から復活したことを信じられなかった弟子たちのような信仰心であったとしても、今日から深く悔い改めて、完全な信仰心を保とうと、幼児のような純粋な信仰心を働かせ続ければ、あなたも、絶対に報われて救われると約束するからです。 ルカの福音書1:37『神にとって不可能なことは一つもありません。』 マタイの福音書8:13『それから、イエスは言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、その人の信じたとおりになった。』 ヤコブの手紙2:20『ああ愚かな人よ。あなたは行いのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。』 27~31節,しかしBibleは、もし あなたが、あなたの救い主・Jesusには不可能がなく、あなたの祈りは 必ず聞かれると信じられる100%の信仰心と、100%従おうとするHolySpiritを大切に養おうとせずに...ご利益宗教程度の形式的な信仰にとどまっては、虚しいクリスチャンライフに陥り、あまり意味がないと忠告します。 あなたの信仰心と従順なるHolySpiritのあり方は、如何でしょうか? 100%の信仰心さえ働かせ続ければ、永遠に百倍報われますが、形式的な信仰心では、Jesus信仰を持たない人々と同じように大して報われないと預言するのです。人生と死は一度きり、そうならぬように気をつけあいましょう。 ヨハネの福音書20:20~31『死から復活したイエスは、その手とわき腹の傷を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。しかし八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように」と言われた。それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」 イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」この聖書には書かれていないが、まだほかの多くの奇跡をも、イエスは弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。』 36~39節,このように使徒トマスは、死から復活して目の前に現れたJesusを、最初はニセモノ呼ばわりしてしまったのです。 あなたは、使徒トマスのように不完全な人たちが作り出した社会常識や仮説に過ぎない科学的根拠を 絶対視し過ぎる傾向が ありませんか? なぜなら聖書は、社会常識とはうつろいやすく、科学とは仮説が99%と言われる程に不完全なので、現実や真理に目をさますことが重要だと教え説くからです。社会常識や科学は、絶対的とは言えないのです。 また、まことの天地万物の創造主なる神様の定義とは人知をはるかに超えた存在であり、世界人類が神を理解しようとしても、そのお方とは海よりも深く、宇宙よりも広く、太陽の光よりもまばゆい光を放てる存在なので、人間には悟れないお方だと教え説くのです。肝に銘じあいましょう。 またBibleは、神とその御声を見出すのに大切なのは、頭で理解することではなく、ただ 聖書のみことばを信じられるか、どうかだけが問われると教え説きます。100%信じる者たちだけが、百倍報われるのです。しっかり胸に書き記して下さい。 ヨハネの黙示録3:19~20 主なる神様は言われた。『わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』 41~43節,このようにBibleは、あなたの神様は いつもあなたの心の扉をノックするように、あなたを助けて癒す愛であり、あなたに永遠の幸福人生を生き抜く為の真理や霊感を与えようとしている救い主だと教え説きます。 ただ Bible&Jesusに心を開いて、神の愛と知恵と真理を吸収していけば、あなたの神と天使たちは、あなたと共に生活して、永遠に助け導いて下さると約束するのです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、この世の移ろいやすい社会常識や不完全な学問ではなく、Bibleの真理とJesusの福音と愛を、素直に幼児のように素直に吸収して100%信じ続けられるように下さい。 そうすれば、皆の幸福人生に必要な真理と神の助けと預言的インスピレーションが注がれ続けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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