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ルカの福音書22:7~13

2019年12月26日(木) ディボーション聖句 ルカの福音書22:7~13 7 さて、過越の小羊のほふられる、種なしパンの日が来た。 8 イエスは、こう言ってペテロとヨハネを遣わされた。「わたしたちの過越の食事ができるように、準備をしに行きなさい。」 9 彼らはイエスに言った。「どこに準備しましょうか。」 10 イエスは言われた。「町に入ると、水がめを運んでいる男に会うから、その人が入る家にまでついて行きなさい。 11 そして、その家の主人に、『弟子たちといっしょに過越の食事をする客間はどこか、と先生があなたに言っておられる』と言いなさい。 12 すると主人は、席が整っている二階の大広間を見せてくれます。そこで準備をしなさい。」 13 彼らが出かけて見ると、イエスの言われたとおりであった。それで、彼らは過越の食事の用意をした。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 7節『種なしパンの祝い』とは、過越の祭り直後の1週間程度行われるお祭りで、パン種(イースト菌)を入れない硬いクラッカー状のパンを食べて、異教徒エジプトの支配から神の奇跡的な救いを受けて自由にされた、神の民モーセたちの歴史を振り返り、父なる神様に感謝するお祭りです。 このパン種(イースト菌)を入れない パンを食べる由来は...出エジプトの時、神の民達は敵国エジプトから脱出する準備のため、パン種を入れて、パンをゆっくり膨らませて 食べる時間がなかったので、彼らは小麦粉と水を混ぜて焼いただけのクラッカー状のパンを 食べていたことに由来しています。 箴言15:15『神に救われた人は、毎日が宴会のようだ。』 7節,このように聖書は、神の救い主Jesusの十字架贖罪信仰を信じて、永遠の神の救い、天国行きの内定を受けられた あなたは、死んでも永遠に満たされた幸福人生を歩める権利を得られた為、本来は毎日を楽しく過ごせるはずだと教え説きます。また、Merry Christmasは直訳すると、‘喜び笑わずにはいられない、キリストの祭り(ミサ)'となるのです。日曜は神の恵みによる祝日であり、その日曜は祭日として休めるので、神礼拝を祭りのようにとり行うのも聖日礼拝の意図でもあるのです。神の救い主Jesusに救われた人は皆、毎日が、何が起ころうとも宴会のように生きられるはずなのです。しっかり胸に書き記して下さい。 ルカの福音書10:3~9 主イエスは言われた。『さあ、出て行って福音を語りなさい。そして旅先で、どんな家に入っても、まず「この家に平安があるように」と祈りなさい。もしそこに平安の子がいたら、あなたがたの祈った平安は、その人の上にとどまります。だが、もしいないなら、その平安はあなたがたに返って来るからです。そして、その家に泊まっていて、出してくれる物を飲み食いしなさい。働く者が報酬を受けるのは、当然だからです。一つの町に滞在するときは、複数の家を渡り歩いてはいけません。どの町に入っても、あなたがたを受け入れてくれたら、その家で出される物を食べて働きなさい。そして、その町の病人の為に祈り、彼らに、「神の国が、あなたがたに近づいた」と福音を宣べ伝えなさい。』 8~9節,このようにJesusは、神の救いを手に入れた人は皆、どこの町に行っても、出来る限り多くの出会う人々にBible&Jesusの教える神のラブレター(福音)を 宣べ伝えてあげるようにと命じています。 あなたは、出会ってきた多くの人々に福音(神様からのGoodNews)を証し伝えようとしていますか? なぜなら聖書は、神の救い主Jesusの十字架贖罪信仰により永遠なる救いを手に入れた人は皆、周囲に福音を宣べ伝える使命と義務があり、Bible&Jesusの福音を宣べ伝えようとする人々に、永遠に報われる幸福人生に必要な神の聖霊力と幸運や奇跡力が任されると預言するからです。福音宣教を怠る人々に神の聖霊による感動的な奇跡は皆無です。神の使命や義務を祈りつつ、しっか果たせるように、神の家族たちと協力しあうべきなのです。 8~9節,そしてJesusは、神の使命や義務を果たそうと福音宣教をする牧師(宣教師)やクリスチャンたちは...まず宣教地に着いたのなら、信頼できる協力者を探し出して、しっかり祈り合い、福音宣教のビジョンと拠点を据えてから福音宣教に励むようにと命じています。いい加減に福音宣教しては良い実が現れにくいので、神の働き方をする協力者、神の家族たちと心一つに祈り合い、チームワークよく計画を立てて、福音宣教するように教え説いているのです。 あなたは、周囲に福音宣教をする為に、神の家族たちとしっかり祈り合って準備したり、伝道する為の協力者を探して、しっかりした計画を立てた伝道活動をしていますか? なぜなら聖書は、人を永遠に救い導ける福音宣教活動は人生で一番大切な愛の活動であり、福音宣教をして成功する為に、神の家族たちとしっかり祈り合って準備したり、伝道する為の協力者を探して、しっかりした計画を立てることも重要だと教え説くからです。聖書は、福音宣教活動で良い成果を刈り取れずに中途半端な神の奇跡しか引き出せていない、力ないクリスチャンは、しっかりした計画や準備ができていない人々だと預言するからです。そうならぬように、神の家族たちとしっかり祈り合い、福音宣教の為の計画、準備を大切に生き続けましょう。 民数記12:6~8『主は仰せられた。「わたしのみことばを聞け。もし、あなたがたのひとりが預言者であるなら、主であるわたしは、幻の中でその者にわたしを知らせ、夢の中でその者にみことばを語る。しかし、わたしのしもべモーセとはそうではない。彼はわたしの全家を通じて忠実な者であるからだ。彼とだけは、わたしは口と口とで語り、明らかに語って、なぞで話すことはしない。 彼はまた、主の姿を仰ぎ見ている。なぜ、あなたがたは、わたしのしもべモーセを恐れずに非難するのか。」主の怒りが彼らに向かって燃え上がり、主は去って行かれた。』 10~12節,このようにBibleは、昔の十戒のモーセのように、いつも神のみことばに忠実に生活しようとする人には、どこに行き、何をすべきか? どうすれば、神の奇跡や勝利を引き出せるのか、 具体的な神様からのみことばの預言やインスピレーションが与えられると約束してくれます。 聖書のみことばに忠実に生活し続けると、この神の不思議な御声、霊感、不思議な導きが任されると預言するのです。 あなたは、素直な幼児のように神のみことばに従順に生きられていますか? なぜなら聖書は、素直な幼児のようにみことばに従順になれる人々の心霊に神の奇跡を引き出せる預言、約束、インスピレーション、不思議が任されると預言するのです。 10~13節,この時も弟子たちは...Jesusのみことばの預言通りに、誰の家に行って、過越の食事をすれば最善なのか、具体的に示されて聞き従えた為に神のみことばの奇跡や神のご計画を人生に表せたのでした。 マタイの福音書1:22 主イエスは言われた『すべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。』 ローマ信徒への手紙12:6『私たちは、神に与えられた恵みに従って、それぞれ異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて 教会で預言しなさい。』 第一ペテロの手紙5:5『同じように、若い人たちよ。長老たちのみことばに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。』 ヨハネの黙示録12:17 主は言われた『耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。わたしは勝利を得る者に隠れたみことばのマナを与えるからだ。』 第一テサロニケの手紙5:20『預言をないがしろにしてはいけません。』 10~13節,またBibleは、十戒を書いた神の預言者モーセほど忠実になれなくとも、Jesusの教会から語られるBibleメッセージに聞く耳を立てたり、神の預言の賜物(才能)に長けている人々からのみことばの助言に、真心を傾けられる人には神の奇跡を引き出せる具体的な神の御声と導きを悟れるとも、約束してくれます。あなたが聖書をよく知らなくとも、聖書をよく知っている、みことばの預言力に長けている聖職者やクリスチャンの教えるみことばの真理を 幼子のように素直に謙遜に聞き入れる人たちにも、神の奇跡を引き出せる具体的な神の御声や霊感が任されると教え説くのです。 近々、あなたの繋がる教会を通し、永遠に報われる幸福人生に必要な神の具体的な預言と奇跡的な啓示が解き明かされると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、Jesusの教会から語られるBibleメッセージを 幼子のように、素直に、ポジティブに聞き従えられるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆、Jesusの約束通り、永遠に報われる幸福人生に必要な神の奇跡を引き出せる具体的な預言、啓示、霊感が与えられるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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