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ルカの福音書19:28~40

2019年12月12日(木) ディボーション聖句 ルカの福音書19:28~40 28 これらのことを話して後、イエスは、さらに進んで、エルサレムへと上って行かれた。 29 オリーブという山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づかれたとき、イエスはふたりの弟子を使いに出して、 30 言われた。「向こうの村に行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない、ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて連れて来なさい。 31 もし、『なぜ、ほどくのか』と尋ねる人があったら、こう言いなさい。『主がお入用なのです。』」 32 使いに出されたふたりが行って見ると、イエスが話されたとおりであった。 33 彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が、「なぜ、このろばの子をほどくのか」と彼らに言った。 34 弟子たちは、「主がお入用なのです」と言った。 35 そしてふたりは、それをイエスのもとに連れて来た。そして、そのろばの子の上に自分たちの上着を敷いて、イエスをお乗せした。 36 イエスが進んで行かれると、人々は道に自分たちの上着を敷いた。 37 イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、 38 こう言った。「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」 39 するとパリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、「先生。お弟子たちをしかってください」と言った。 40 イエスは答えて言われた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 今日の聖句は、旧約聖書の預言通り...神の御子であり、人類の救い主Jesusが世界人類の罪、咎、過ちの身代わりに十字架上で贖罪の身代わりの死を成し遂げる為に、いよいよ聖地エルサレムに入城して行くというシーンになります。 そして 以下は...神の御子であり、世界人類の救い主イエスキリストが ベツレヘムで生まれ、やがて、永遠の救い(十字架上の贖罪の死と復活)を成し遂げるために、聖地エルサレムにロバの子に乗って入城されることを預言していた旧約聖書のみことばになります。 このように聖書は、Bibleの約束と預言は、それら全てが 不思議に全世界、全人生に成就していくと教え説くのです。あなたにも、永遠に報われる幸福人生に必要な聖書からの預言と約束が与えられると期待します。 イザヤ書9:6『ひとりのみどりごが、私たちの救いのために生まれる。そのひとりの男の子が、私たちのために与えられるのだ。』 ミカ書5:2『ベツレヘム、エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、私のために、神の民・イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から永遠の昔からの神の定めである。』 ゼカリヤ書9:9『シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたがたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和でロバに乗られる。それも、雌ロバの子の子ロバに乗って来られる』 28~35節,これらの旧約聖書の神のみことばの預言を知っていたオリーブ山のふもとに住んでいた聖書信仰者たちは、世界人類の救い主イエスの遣いが二人来るであろうと、みことばからの預言を信じて待っていられた為、ためらわずに、自分たちの子ロバを差し出してくれました。 彼らは、大切な子ロバを捧げることで、天に宝を積み、永遠なる聖書に偉業が語り継がれる恵み、恩恵を手に入れられたのです。 あなたは、聖書のみことばを読む時、自分の生活や人間関係にたとえながら、深く黙想して読んでいます? なぜなら聖書は、ただの読み物ではなく、聖書のみことばを読む時は自分の生活や人間関係に、具体的にたとえながら、深く黙想しながら、神様からあなたへの預言や約束を掴み取る、永遠に報われる幸福人生に必要な神の預言書だからです。聖書とは、永遠に報われる幸福人生に必要不可欠な人生と死の取扱説明書。また聖書は、占いも予言的に当たりますが、占いに関われば、いつか破滅すると預言しており、聖書からの預言は当たるだけでなく、永遠に報われる幸福人生を勝ち取れるとも教え説きます。占いなどに関わらないことも、重要だと教え説くのです。気をつけあいましょう。 マタイの福音書6:20 主イエスは言われた。『自分の宝は、天にもたくわえなさい。』 マタイの福音書24:42『だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。』 マルコの福音書11:5~6『すると、そこに立っていた、ろばの飼い主が言った。「ろばの子をほどいたりして、どうするのですか。」イエスの弟子たちが、イエスの言われたとおりに話すと、彼らはろばをゆずってくれた。』 28~35節,また聖書は、この時、神のみことばの預言通りに 子ロバを差し出した人々のように... 如何にして、神のタイミングに気づき、また、具体的に、その神のみことばに従えるかどうかが、永遠に報われる幸福人生に必要な神の奇跡や最高な報いを手に入れられるかが、重要なターニングポイントになると教え説きます。 尚、この子ロバを差し出した人々はしっかりした聖書信仰を持っており、いつ主が来てもいいように、日々のみことばを蓄えながら、目を覚まして生活していた為に、結果、聖書や世界史に書き記される程の神の偉大なる恩恵を引き出すことが出来たのです。彼らは、Jesusのみことばに従って、子ロバを差し出すことができたので、約2000年経った今でも、その功績が伝説となって、語り継がれているのです。 マタイの福音書5:18 主イエスは言われた。『まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』 詩篇1:2~3『まことに、主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ、その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。』 28~35節,また聖書は、毎日、食事を摂るように、Bibleメッセージを吸収しながら、みことばを具体的に自分の生活や人間関係に適用しようと黙想や祈りの時間を大切に生き続けている人は皆、奇跡的に問題が解決する不思議な恵みを受けられ、永遠に報われる幸福人生を引き出せる神の時と方法やインスピレーションが手に入ると、約束してくれます。 Bibleのみことばを求め、探し、叩き続けるように黙想できる人には皆、与えられると預言するのです。あなたに与えられる、神の聖霊からのインスピレーションと神のタイミングやその方法に期待します。 35~38節,そしてJesusは、聖書の預言通りに、子ロバに乗って多くの弟子たちの賛美歌と共に、エルサレムに入場行進して来ました。 ではなぜ、Jesusは神の御子であり、世界人類の救い主で、王の王でもあるのに、立派なサラブレッドの軍馬ではなく、みすぼらしい子ロバで行進したのでしょうか? 以下は、その神様からの答えが書かれたみことばです。 イザヤ書9:6『世界の主権はその方にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の王」と呼ばれる。』 35~38節,このようにJesusが、みすぼらしい子ろばを 用いられたのは理由がありました。それは、平和の王を表すためでした。立派なサラブレッドは当時は軍馬に用いられていたので、戦争や強さや支配を表し、子ろばは平和や柔和や謙遜、そして奉仕を意味していたからでした。 伝道者の書3:11『人間は、神が行われる御業を、初めから終わりまで見きわめることができない。』 35~38節,このようにBibleは、人は皆、神の救い主なら、最高なVIPなので、立派な軍馬か白馬に乗って、聖地エルサレムを格好良く行進されると思うであろうだが...実際はそうではなく、神の救い主は子ロバに乗って不格好に入城してきたと、教え説きます。 このように聖書は、人は皆、神のなさることを 見極めることは、聖書以外では不可能だと教え説くのです。しっかり胸に書き記して下さい。 ローマ信徒への手紙8:31『神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。』 39~40節,また聖書は、Bible&Jesusのみことばを 堅く握り締めて、本気でみことばからの知恵やインスピレーションを糧に前進しようとする人々には、神の聖霊からの不思議や天使の味方が後ろ盾があるので、 誰にも止められない人生の圧倒的な勝利者になれると約束しています。あなたにも、そのチャンスのみことばが巡ってきたのです。 あなたに与えられる、神の特別な助けとインスピレーションや具体的な神の知恵に期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、日々のBibleメッセージを蓄えさせて、時にかなった神のインスピレーションと神の知恵を具体的表せるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆の人生が永遠に報われ、何をしてもうまくいく、神の奇跡や不思議が現れるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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