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ルカの福音書17:11~19

2019年11月29日(金) ディボーション聖句 ルカの福音書17:11~19 11 そのころイエスはエルサレムに上られる途中、サマリヤとガリラヤの境を通られた。 12 ある村に入ると、十人のツァラアトに冒された人がイエスに出会った。彼らは遠く離れた所に立って、 13 声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言った。 14 イエスはこれを見て言われた。「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」彼らは行く途中できよめられた。 15 そのうちのひとりは、自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、 16 イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリヤ人であった。 17 そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。 18 神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」 19 それからその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰が、あなたを直したのです。」 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 11節『サマリア』の町は、紀元前720年頃までは、北イスラエル王国(ユダヤ人)の首都で中心地でしたが、後にアッシリアという敵国の移民が増え、イスラエル(ユダヤ)人との混血の人々が多く生まれていった地域でした。尚、この地域の人々はサマリヤ人と呼ばれていたのです。 その歴史がら、当時のサマリア地方は信仰や様々な文化や伝統など、全ての点において純血のイスラエルの伝統とは一線を画しており、サマリヤ人たちは保守的なイスラエル人達からは 差別を受けていたのです。サマリア人の弱点は、聖書信仰とアッシリア人の土着の宗教や伝統が混在しており、神の偉大なる祝福や救いを受けにくい状態でした。 あなたの信仰は、聖書(Jesus)信仰に自国の宗教や伝統をごちゃ混ぜにする適当な信仰ではありませんか? なぜなら聖書は、聖書信仰(Jesus信仰)以外に、自国の宗教と伝統や占いなど、様々な霊感をごちゃ混ぜに信じている人は皆、いつか災や呪いを受けると預言するからです。気をつけて下さい。 ヤコブの手紙2:9『もし人をえこひいきするなら、あなたがたは神に対して罪を犯しており、聖書の律法によって違反者として責められることになります。』 11節,またJesusは、サマリア人のように神信仰や占いなどをごちゃ混ぜに信じている人は災いや呪いを受けますが、たとえ、どんな人でも差別し過ぎれば、いつの日か、神様や神の家族たちから同じように差別されることになるので、気をつけるようにと忠告しています。 あなたは、聖書信仰以外に、ごちゃ混ぜに信じている不運な人を軽蔑したり、また好き嫌いな人を作りって、えこひいきする傾向がありませんか? なぜなら聖書は、いくら呪いや災いを受けるようなめちゃくちゃな信仰者やあまり好きになれない人を蔑視、差別する人は神をも敵に回す恐れがあると預言するからです。めちゃくちゃな信仰者、好きになれない人々を差別、蔑視せず、むしろ哀れみ、すべを神のジャッジに任せるべきだと教え説くのです。人に人は正しく裁けないので、出来る限り、すべて神様に祈り任せるべきだと教え説くのです。 12節『ツァラト』 とは、もともとはライ病に代表されるような、重い皮膚病の総称と言われており、原因不明の不治の皮膚病で、放っておくと、皮膚がどんどん腐って崩れてきて、皮膚の感覚がなくなっていく症状の難病になります。 尚、この「ツァラト」は、人間の罪の性質と似ていて、どんどん罪性(病)が進んでいくと、罪悪(病)の意識(感覚)がなくなることに似ていると判断されて、人間の罪悪の象徴の病としても、取り扱われていたのです。 また、この「ツァラト」は感染力は非常に低いのですが...稀に他人に感染する恐れもあった為に、当時は隔離されて暮らさなければならず、彼らが道を歩く時は「私は汚れている」「汚れているから、近づかないで下さい」と叫びながら、健常者たちとは一定の距離を置いて、歩かなければならなかったのです。 12~14節,しかしJesusと弟子たちは、このツァラト(重度の皮膚病)を患っていた人たちを 全く差別せずに、いつもみことばを送って励ましたり、肉体の死後の天国行きの福音を宣べ伝えて、洗礼を授けてあげたり、共に会食もして隣人愛を示していたのです。 この世界は、何をするにも党派心や似た者同志意識に満ちた差別社会、しかし 神の国(JesusFamily)は差別を避ける神の愛に満ちた平等社会だと教え説くのです。差別しないように気をつけあいましょう。 第二歴代誌19:7『今、主への恐れがあなたがたにあるように。人を差別せずに忠実に生きなさい。私たちの神、主には、不正も、えこひいきも、わいろを取ることもないからです。』 マラキ書2:9『――万軍の主なる神は仰せられる――わたしもまた、あなたがたを、すべての民にさげすまれ、軽んじられる者とする。なぜなら、あなたがたがわたしのみことばを守らず、人を差別してえこひいきをしたからだ。』 マタイの福音書10:8 主イエスは命じた。『あなたがたは病人や死人のために祈り、ツァラアトに冒された者を祈りきよめ、また、悪霊を追い出してあげなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。』 14~19節,このようにBibleは....神の子とされた あなたは、周囲の病人、社会的差別や不条理による精神的苦痛で苦しむ社会的弱者たちの癒しを祈る神の器となる為に、神様に選ばれて救われたと教え説きます。 病弱な人々や精神的に苦しむ社会的弱者たちを 心から励まして、主イエスのように福音宣教やとりなし祈りをして、神の癒しや神の祝福を広める為に神様に選ばれたと教え説くのです。これら神の使命をしっかり自覚しあいましょう。しっかり自覚して神の使命に生きる者たちだけに、永遠に報われる幸福人生に必要な神の奇跡と天国行きの確信が任されるからです。 マタイの福音書8:13『それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、主イエスの癒しを信じていた、百人隊長のしもべは癒された。』 ヤコブの手紙1:6~8『ただし、少しも疑わずに、信じて祈り願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主なる神様から何かをいただけると思ってはなりません。そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です。気をつけなさい。』 14~19節,そしてこの時、10人の「ツァラト」の患者が Jesusに祈り求めると、彼らは完全に清められて、癒されたのです。 しかし、10人の癒された人々の中で、Jesusに感謝して礼拝をしに来たのは、たった一人の差別を受けていたサマリヤ人だけでした。 このようにBibleは、サマリア人のよいに日々の信仰生活が罪深くて模範的でなかろうとも、Jesusの治癒力を 100%確信出来るのならば、また、神の救い主Jesusに感謝する姿勢や神礼拝奉仕を大切に生きる人々に神の奇跡的な御業や素晴らしい恩恵が与えられると預言しています。ユダヤ人たちのように、多分、幸せになれるし天国にも行けると高慢に陥って、神のみことばに背き続けたり、神礼拝奉仕を適当にし続ければ、神の奇跡的な御業や素晴らしい恩恵を手放すと預言するのです。 あなたの状況は、大丈夫ですか? 目を覚まして、祈り悔い改め続ける人々たちだけが、永遠に報われ救われるからです。 しかし今日からのあなたは、この一人のサマリア人のように悔い改めて、神の救い主Jesusに感謝し続ける姿勢を保ちつつ、真心から礼拝奉仕するようになり、永遠に報われる幸福人生に必要な神の奇跡や恩恵を任されると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆の霊の目を開いて、人をえこひいきし過ぎず、また、何よりもBibleのみことばを 100%信じながら、神の救い主Jesusに感謝して真心から神礼拝奉仕できるように悔い改めさせて下さい。 そうすれば 皆、どんな神の奇跡さえも任されるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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