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ルカの福音書12:35~48

2019年11月5日(火) ディボーション聖句 ルカの福音書12:35~48 35 腰に帯を締め、あかりをともしていなさい。 36 主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸をあけようと、その帰りを待ち受けている人たちのようでありなさい。 37 帰って来た主人に、目をさましているところを見られるしもべたちは幸いです。まことに、あなたがたに告げます。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、そばにいて給仕をしてくれます。 38 主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、いつでもそのようであることを見られるなら、そのしもべたちは幸いです。 39 このことを知っておきなさい。もしも家の主人が、どろぼうの来る時間を知っていたなら、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。 40 あなたがたも用心していなさい。人の子は、思いがけない時に来るのですから。」 41 そこで、ペテロが言った。「主よ。このたとえは私たちのために話してくださるのですか。それともみなのためなのですか。」 42 主は言われた。「では、主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食べ物を与える忠実な賢い管理人とは、いったいだれでしょう。 43 主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。 44 わたしは真実をあなたがたに告げます。主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。 45 ところが、もし、そのしもべが、『主人の帰りはまだだ』と心の中で思い、下男や下女を打ちたたき、食べたり飲んだり、酒に酔ったりし始めると、 46 しもべの主人は、思いがけない日の思わぬ時間に帰って来ます。そして、彼をきびしく罰して、不忠実な者どもと同じめに会わせるに違いありません。 47 主人の心を知りながら、その思いどおりに用意もせず、働きもしなかったしもべは、ひどくむち打たれます。 48 しかし,知らずにいたために, むち打たれるようなことをしたしもべは, 打たれても, 少しで済みます。すべて,多く与えられた者は多く求められ,多く任された者は多く要求されます。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 エペソの手紙6:11~18『悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、牧師とすべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。』 35~40節,この時Jesusは、以下のようなたとえ話をされました... 「人生には試練の他に、実は見えない敵(サタン、悪魔、悪霊、悪運)が攻撃を仕掛けてくることが多々あります。だから、いつも 心の中心に、人生と死の取扱説明書である聖書の真理を しっかり据えながら、生活しなさい。そして 絶えず祈りつつ 霊の目を醒ましながら、永遠に報われ、救われる為に必要なJesus信仰の救いを、いつ 誰にでも証し伝えられるように生活していなさい。そうすれば、永遠に報われる幸福人生に必要な神の祝福へは与えられ、死んでも永遠なる天国に移り住めるからです。」 このように世界人類の救い主イエスは、人は皆、それさえ、しっかりやり続ければ、いつも神の幸運と奇跡が任されて、不思議に試練や見えない敵の攻撃に打ち勝てる幸福人生を 築けると、約束されたのです。 しかし同時に世界人類の救い主Jesusは...以下のように語りました。 「しかし今まで、それが出来ていなかった人は、今後、神様からの苦しい試練や見えない敵の攻撃で足元をすくわれることが 多々あるので、聖書から悔い改めつつ、祈りつつ用心しながら生きなさい。」...と忠告されたのです。 あなたは、いつも 心の中心に、人生と死の取扱説明書である聖書の真理を しっかり据えながら、生活していますか? また、あなたは永遠に報われ、救われる為に必要不可欠なJesus信仰の救いを、周囲の人々に証し伝える生活習慣を築こうとしていますか? なぜなら聖書は、これらの神様からの使命や働きを怠り続ければ、永遠に報われる幸福人生や死後の天国人生どころか、必要以上の試練や見えない敵の攻撃に苦しむことになると預言するからです。目を覚まして、祈りつちま悔い改め続けましょう。 聖書は、いつ、裁き主なる神様に呼ばれて、人生を終えても良いように。また、いつ試練や敵の攻撃がきても、平安かつ適確に対処できるように、目を醒まして福音宣教や礼拝奉仕、聖書教育をしっかりやり続けることが重要だと教え説くのです。しっかり胸に書き記して下さい。 マタイの福音書25:13『だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。』 マタイの福音書24:42『だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。』 マタイの福音書26:41『誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。』 第一ペテロの手紙5:8『身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。』 第一コリントの手紙15:33~34『思い違いをしてはいけません。友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。だから目をさまして、正しい生活を送り、出来る限り、罪をやめなさい。神についての正しい知識を持っていない人たちがいます。私はあなたがたをはずかしめるために、こう言っているのです。』 マタイの福音書12:36~37 主イエスは言われた。『わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだな ことば使いについて、死後のさばきの日には、言い開きをしなければなりません。 あなたが神様から正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、神様から罪に定められるのも、あなたのことば使いによるのです。』 41~48節,そしてJesusは、使徒ペテロの質問に、以下のように答えました。。。 「人は皆、死んだら終わりではありません。だから、人生と死の取扱説明書であるBibleから、神知識や人生と死について正しい知識を学んで祈り備えなさい。なぜなら 世界人類の裁き主である、父なる神様は一人一人の人生を 友人、知人たちと どのように付き合い、またどんな言葉を用いて接してきたのか。そして、何を大切に考えて、何のために一生懸命費やし、どのような生活を送ってきたのか。肉体の死後、神の御元に連れて行かれて 、神様からジャッジされるからです。だから、あなたがたは やりたい放題の欲望のままに生きてばかりいないで、人生の壁にぶち当たって困っている人、的外れな人、苦しんでいる人々、病人、社会的弱者たちや死後の地獄行きを免れない不信仰な人々を みことばと祈りで、助け導いてあげなさい。人生の恵みを楽しむことも大切ですが、周囲の人々に神の救いをもたらせる聖書の真理と福音に伝道教育することだけはやるべき使命なので、目を醒まして、それだけはやり続けなさい。もしそれができるのなら、あなたは残りの人生と死後、必要以上に痛い目に遭うことはないのです」と言うような、たとえ話を されました。 ヘブル人への手紙9:27『そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。』 このようにBibleで...世界人類の裁き主なる神様は、あなたの日々の言葉使いと隠れた生活習慣や、友人、知人関係の付き合い方を隠れて見ており、必ず、それをジャッジされると教え説きます。あなたの神様はあなたのすべてを見ており、良いことも、悪いことも振り分けられると教え説くのです。 しかし、あなたの言葉遣い、生活習慣、人間関係のあり方の良くないことは聖書の真理から祈りつつ悔い改めていき、必要以上の試練や見えない敵からの攻撃を受けない、永遠に満たされた幸福人生を築けると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bible&メッセージから、まことの神知識や人生と死の正しい知識、真理を悟らせて下さい。 そうすれば皆、永遠に報われる幸福人生に必要な言葉遣い、生活習慣、人間関係のあり方に悔い改められ、Jesusのような神の奇跡をも任される最高な幸福人生を築けるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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