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ルカの福音書 5:1~11

2019年9月13日(金) ディボーション聖句 ルカの福音書 5:1~11 1   群衆がイエスに押し迫るようにして神のみことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸べに立っておられたが、 2 岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。 3 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。 4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。 5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」 6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。 7 そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。 8 これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言った。 9 それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。 10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」 11 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。 [聖句メッセージ] 本日からルカの福音書は5章です。 1節『ゲネサレ』という場所は、ガリラヤ湖の北西岸に接する三角のような形をした小さな平原で,長さは約5km,幅は約2.5kmくらいの場所です。 尚、イエス・キリストはこのガリラヤ湖周辺で、数々の神の奇跡やいやしの御業を行なわれたのでした。 また1節の『ゲネサレ湖』とは、このガリラヤ湖の別名でもありました。 マタイの福音書4:13~16『イエスは、生まれ故郷のナザレを去って、ガリラヤ地方のカペナウムに来て住まわれた。そこはゼブルンとナフタリとの境にある、ゲネサレ湖のほとりの町である。これは、旧約聖書の預言者イザヤを通して言われた事が、成就するためであった。すなわち、「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」』 1節,このように聖書は、イエスがナザレという街で育ってから、ゲネサレ湖(ガリラヤ湖)周辺に引っ越して、Jesus信仰の伝道活動を開始されたのも、すべてが聖書の預言通りであったと教え説きます。 聖書は、全世界の国々の過去、未来や全世界人類の過去、未来に適用される神の預言書であり、神様の約束の書とも言われています。 あなたは、聖書のみことばの中には、あなたが永遠に報われる幸福人生を築くのに必要な未来の預言が隠されていることをご存知でしたか? 聖書は、Jesus信仰を信じて、日々のBibleメッセージを深く黙想しながなら、自らの人生と人間関係に聖書のみことばを置き換えながら、適用しようとする人にだけ、永遠に報われる幸福人生を築くために必要な神の預言と約束が任されると教え説くからです。あなたに与えられる、永遠に報われる為の神の預言と約束が任されることを 期待します。 ローマ信徒への手紙10:13『「主イエスの御名前を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。』 ヨハネの黙示録21:27『すべて、不信仰で汚れた者や、神の憎むべきことと偽りとを行う者は、決して、神の都には入れない。小羊イエスのいのちの書に名が書いてある者だけが、入ることができる。』 1節,またBibleは、人生の大半を神のみことば、預言、真理に逆らい続ければ、死後に天国に入ることはできないと預言しますが、もし 今日からでも主イエスのお名前を呼び求て 十字架贖罪信仰を信じて悔い改め続ければ、神のゆるしと救いを受けられ、死んでも、永遠の命が任され 天国行きの獲得できると約束します。Bible&Jesusのみことばを大切に生き続ければ、天国民として登録され、肉体の死後、無条件で、天使のような新しい霊的身体が与えられ、神の国に入れると約束するのです。聖書と主イエスを信じて、教会礼拝奉仕や福音宣教活動さえ 大切に生き続ければ、あなたとご家族やJesusFamilyたちに、死後の滅びや地獄行きなどあり得ないと約束するのです。 しっかり 胸に書き記して 永遠に報われる天国人生を獲得して下さい。 1節,この時、神の御子であり、神の救い主Jesusは聖書の福音のみことばを すべての隣人に宣べ伝えるように、教え説かれました。 1~2節,この時、イエスが 湖の岸辺で大勢の人々に聖書の福音メッセージを語り終えると、ちょうど2そうの漁船が漁から帰って来ており、網を洗っていました。 3~4節,そしてイエスは、片方の船の漁師で、船長でもあったシモン・ペテロに、以下のように、話しかけられたのです。「さぁ、大漁はこれからです。深みに漕ぎ出しなさい。」 5節,すると、この界隈のベテラン漁師でもあった、シモン・ペテロはイエスに、こう言いました。ペテロは自分はプロの漁師であるが、イエスは漁師としては素人だと小馬鹿にするように語ってしまったのです。 「神のみことばを教え説かれるイエス先生。お言葉ですが...今の時期、この辺りのこの時間には、魚はおりません。私たちは、この時期、魚が一番多くとれる時間に、夜通し、漁に行ってきたのですが、何も漁れなかったですし、今日はもう魚はとれません。しかし、一応、先生の言う通りに網を下ろしてみますね。」するとペテロは、内心は、絶対に魚が取れる訳はないと思いつつ、イエスの言う通りに網をおろして従ったのでした。 箴言3:5,7『心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。自分を知恵のある者と思うな。ただ 主を恐れて、悔い改めよ。』 ルカの福音書1:52『神様は低くなれる者を高く引き上げる。』 第一コリントの手紙1:19『聖書には、こう書いてあるからです。「神は知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」』 6~9節,しかし、この辺りのベテラン漁師シモン・ペテロとその仲間であったヤコブとヨハネたちは、全くの素人であった主イエスのみことばに、打ち負かされてしまいました。結局、彼ら漁師たちの長い経験に基づいた予測は外れてしまい、主イエスの言う通り、大漁の魚が取れたのでした。 あなたは、Bible&Jesusのみことばよりも、自分の経験に基づく予測や直感の方が 正しいと勘違いすることが、ありませんか? なぜならBibleは 人間の経験による予測、類推は結局 全て不完全ですが、聖書のみことばは、永遠に絶対的に成就する完全さがあると教え説くからです。聖書は、だからこそ、こうして 世界中にBible&Jesusの救い、預言、約束は伝わり続けてきたと教え説くのです。 そしてこの時、イエスのみことば通りに従った 漁師たちは、今まで、体験したことのない程の奇跡的な大漁を得たのでした。 マタイの福音書5:18 主イエスは預言された。『まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』 マタイの福音書13:23 主イエスは約束した。『良い地に蒔かれる人とは、みことばを聞いてそれを悟り行う人のことで、その人はほんとうに良い実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の良い実を結びます。』 10~11節,このようにJesusはどんなプロフェショナルな人間であろうとも、「弘法も筆の謝り」的なことが起こり得るし、「猿も木から落ちる」ようなこともあり得るが、Bible&Jesusのみことばだけは、絶対的に永遠に成就すると語られました。 聖書は、今や世界的真理なのです。しっかり胸に書き記すことです。 10~11節,そしてこの直後、プロの漁師でありながら、漁の素人の主イエスのみことばの預言に敗北したペテロたちは、主イエスの命令通りに、すべてを捨てて聖職者に回心した為、彼らは普通の漁師の人生から世界史に名を残すほどの偉大な人生に生まれ変われたのでした。 このようにBibleは、中途半端な信仰ならば、つまらない常識を刈り取るだけですが、聖書のみことばを真心から信じて本気で従う人生に変わる気があるなら、今までの人生の百倍以上報われることもあると約束してくれたのです。永遠に報われる幸福人生を刈り取るか、虚しい人生の最期で終わってしまうかは、あなたの信仰次第だと教え説くのです。 マタイの福音書8:13『それから、イエスは言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」』 しかし、あなたは聖書のみことばを真心から信じて本気で従う人生に変えられ、今までの百倍報われる幸福人生を獲得できると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bible&Jesusのみことばを 絶対的に信じ行えるように助け導いて下さい。 そうすれば、皆の信じたみことば通りに、今までより百倍近く報われる幸福人生が任されるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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