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ルカの福音書 2:39~52

2019年9月2日(月) ディボーション聖句 ルカの福音書 2:39~52 39 さて、彼らは主の聖書の律法による定めをすべて果たしたので、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰った。 40 幼子は成長し、強くなり、知恵に満ちていった。神の恵みがその上にあった。 41 さて、イエスの両親は、過越の祭りには毎年エルサレムに行った。 42 イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、 43 祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムにとどまっておられた。両親はそれに気づかなかった。 44 イエスが一行の中にいるものと思って、一日の道のりを行った。それから、親族や知人の中を捜し回ったが、 45 見つからなかったので、イエスを捜しながら、エルサレムまで引き返した。 46 そしてようやく三日の後に、イエスが宮で教師たちの真ん中にすわって、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。 47 聞いていた人々はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた。 48 両親は彼を見て驚き、母は言った。「まあ、あなたはなぜ私たちにこんなことをしたのです。見なさい。父上も私も、心配してあなたを捜し回っていたのです。」 49 するとイエスは両親に言われた。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」 50 しかし両親には、イエスの話されたことばの意味がわからなかった。 51 それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。 52 イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。 [聖句メッセージ] 本日でルカの福音書2章は終わりです。 ルカの福音書2:21~22『生後八日が満ちて幼子に割礼を施す日となり、幼子は、「イエス」という名で呼ばれることになった。その名は、胎内に宿る前に御使いがつけた通りの名である。さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った。』 39節,ヨセフとマリアの夫婦は、神のみことば通り、生後8日経った神の御子に「イエス」と名付けてから、エルサレム神殿に連れて行き、聖別する為の「割礼」を施されました。聖別とは、神の民と、そうでないただの罪人との判別を意味しますね。二人の夫婦は、神のみことば通りに、素直に従ったので、神の御子であり、世界人類の救い主イエスキリストの育ての親としての最高や栄誉と恩恵も獲得できたのです。 あなたは、神のみことば通りに祈りつつ、具体的に従うクリスチャンライフを築こうとしていますか? なぜなら聖書は、もし、あなたが Bible&Jesusのみことばの命令に従うなら、世界人類の見えない敵(サタン,悪霊)や罪悪、悪運から特別に守られ、神に聖別される幸福人生を築けると預言するからです。もし あなたが死後の行く先を はっきり理解できていないなら、また人生の流れが いまひとつと感じる人、多忙な生活と単調な生活にストレスフルな人たちは、神のみことばに従うライフスタイルにパラダイムシフトすれば必ず、大きな効果、不思議が現れると預言するのです。 エジプト記20:6 創造主なる神は言われた。『わたしを愛し、わたしのみことばの命令を守る者には、恵みを千代にまで施す。』 39~40節,またBibleは、もし、あなたが 日々のBibleメッセージを人生の糧とする生活習慣や人間関係を築くようになれると、あなたの家系は神の祝福、幸運、救いを獲得しやすく 成り変われるとも、約束してくれます。この聖書の黄金律を しっかり 胸に書き記すことが重要です。 創世記26:12~13『イサクは、みことば通りにその地に種を蒔いたので、その年に百倍の収穫を見た。主が彼を祝福してくださったのである。こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福にもなった。』 39~40節,また聖書は、聖書のみことば通りに生きようと尽力する人のやる事なす事を、世界人類の神様は責任を取ってくださり、必ず、勝利、成功を手にすると約束してくれます。信じる者は皆、報われ、救われるのです。また聖書は、主イエスの十字架贖罪信仰は、神のみことばに生き続けようと尽力する人々の罪、過ちを 絶えず リセットしと、敗者復活の恵みさえ 与え続けて下さると預言します。不完全であっても、悔い改め続けようとする信仰が重要です。 39~40節,イエスの養父ヨセフと母マリヤは 神の命令通り、「イエス」を 旧約聖書のみことばに基づいて、教育しました。 箴言1:7『主を恐れることは、人生の知識の初めである。 愚か者はみことばの知恵と訓戒をさげすむ。』 箴言13:13~14『みことばをさげすむ者は身を滅ぼし、その命令を敬う者は神の報いを受ける。みことばの知恵のある者のおしえはいのちの泉、これによって、永遠に、死のわなをのがれることができる。』 第二テモテの手紙3:16『聖書はすべて、神の霊感によるもので、人生の教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。』 40節,このようにBibleは、聖書のみことばとは、神の知恵と神の霊感に基づいて書かれており、全世界、全時代、全人生の真理の書だと教え説きます。日々のBibleメッセージを しっかり蓄えながら礼拝祈祷し続ける人は皆、全知全能と言われる 神の知恵やインスピレーションを得られ、神のみことばを実践適用しながら、自らを矯正しようと尽力し続ける人は皆、神の悟りとイエスのような人格や奇跡まで手にすると、預言するのです。 41~45節,尚、この当時のユダヤ人の男子は 信仰面に関してだけですが、13歳から大人のようなBibleはメッセージを聞かされて教育されていました。 13歳から、一人前の信仰者として扱われるようになれたのです。 また、その信仰の成長、大人になる準備としては、12歳の男子は聖地エルサレムで行われる「過越の祭り」、「七週の祭り」と「仮庵の祭り」に参加して祝う義務もあったのでした この中で、最も重要なのが「過越の祭り」で、12歳以上の巡礼者たちは聖地エルサレムに行って、最低二日間は滞在することが 義務付けられていたのです。 ですからこの時、12歳になったイエスは、両親と一緒にエルサレムで巡礼していたのです。 そして、この時 マリアとヨセフの両親は、その巡礼の旅から岐路に着くと、イエスがいないのに気づいて 急に心配になり、再びイエスを探しにエルサレムまで戻って来たのでした。しかしこの時のイエスはすでに大人のような神の知恵、神学的悟りを獲得していた 立派な信仰者に育っていたのです。 第1コリントの手紙1:25『神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。』 46~52節,このようにBibleは...この当時の12歳の少年イエスは、優秀な学者、知者たちよりも、神の国の奥義や聖書のみことばを知り尽くしており、永遠の人生の真理と死の奥義をも 知り尽くしていたと、教え説きます。 しかしイエスの養父ヨセフと母マリアは、12歳のイエスを 神の御子ではなく、普通の12歳の子供と同じように扱って、心配し過ぎてしまったのです。イエス少年は神の御心やご計画通りにこの祭りを 過ごしており、次の3日目の朝方、自宅に帰る予定通りに行動していただけでした。 あなたは、世界人類の救い主イエスのみことばを 優秀かつ有名な歴史的偉大人物程度にしか、聞き取ってしまうことがありませんか? なぜなら聖書は、主イエスのみことばは、神のみことば そのものであり、世界の全人類を救える神の救いの言霊だと教え説くからです。 ローは信徒への手紙10:11『聖書はこう言っています。「イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」』 ルカの福音書18:1『いつでも悩まずに、祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らに話された。』 ローマ信徒への手紙1:20~22『神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。それゆえ、人々の多くは、どこかで神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知で高慢な心は暗くなっています。人々の多くは、自分では知者であると言いながら、結局は、神を拒む愚かな者となっているのです』 46~52節,このようにBibleは、多くの人々は、どこかで、神性, 霊的存在があることに気づきながらも、それを受け留めることを恐れているか。 または、神がいない事を立証できないくせに、知者ぶったりなどして、高慢無知な闇の不信仰やネガティブな思考に陥っていると、教え説きます。 あなたには、そのような点が見当たりませんか? しかし、あなたは神のみことばから人生と死の真理と意味や行き先を 悟り、また、永遠なる自由と神の無限の愛や永遠の恵みを獲得できる 神の民としての人生を歩めると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bible&Jesusのみことばを100%確信させて、少しでも多くのみことばを 実践適用し続けられるように助け導いて下さい。 そうすれば、皆のやる事なす事を 神の聖霊が助けることになり、万事が うまくいき出す 勝利的幸福人生を獲得できるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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