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マルコの福音書14:43~52

2019年8月10日(土) ディボーション聖句 マルコの福音書14:43~52 43 そしてすぐ、イエスがまだ話しておられるうちに、十二弟子のひとりのユダが現れた。剣や棒を手にした群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、律法学者、長老たちから差し向けられたものであった。 44 イエスを裏切る者は、彼らと前もって次のうな合図を決めておいた。「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえて、しっかりと引いて行くのだ。」 45 それで、彼はやって来るとすぐに、イエス近寄って、「先生」と言って、口づけした。 46 すると人々は、イエスに手をかけて捕らた。 47 そのとき、イエスのそばに立っていたひとが、剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とした。 48 イエスは彼らに向かって言われた。「まる強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕らえに来たのですか。 49 わたしは毎日、宮であなたがたといっしょいて、教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕らえなかったのです。しかし、こうなったのは聖書のみことばが実現するためです。」 50 すると、みながイエスを見捨てて、逃げてまった。 51 ある青年が、素はだに亜麻布を一枚まとっままで、イエスについて行ったところ、人々は彼を捕らえようとした。 52 すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだか逃げた。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 ローマ信徒への手紙12:12『望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。』 マタイの福音書26:39,42~46『イエスはひれ伏して祈って言われた。「わが父なる神よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」イエスは二度目の祈りで、言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」イエスは、くり返して三度目の祈りをされた。それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されるのです。立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」』 伝道者の書3:11『神のなさることは、すべて時にかなって美しい。』 43節,このようにBibleは...世界人類の救い主イエスは神の御子といえども、無罪なのに十字架につけられて死刑にされるという、屈辱と苦しみを目の前にした時は、苦しみのどん底に陥って祈られたと、書き記しています。あなたの救い主イエスは、全く無実であるのに人々のありとあらゆる恥、痛み、苦しみ、屈辱を体験して、十字架上で世界人類の贖罪の処刑までされたのです。 しかしありとあらゆる人生での痛み、苦しみや屈辱を味わったイエスが集中して祈り続けると、すべての悲しみと苦しみは消え去り、いつの間にか父なる神の御心が イエスを支配されたので、イエスは世界人類の贖罪の死を 成し遂げたのです。 このようにBibleは、絶えず祈り続ける人は皆、たとえ どんなに辛く、苦しく、逃げたいと思ってしまうことが起きたとしても、父なる神様が助け導いて不安や苦しみを払拭して下さると預言しています。 あなたは、不安、痛み、苦しみが押し寄せる時、主イエスにすがるように祈っていますか? なぜなら聖書は、絶えずイエスに頼って祈り続ける人には、耐えられない試練、マイナスの出来事などあり得ないと約束するからです。主イエスは、世界人類のまことの助け主、救い主なのです。 43~46節,このように聖書は、Jesusは 試練や苦難があるときは、いつも充分に祈り備えられていたので、この時、裏切り者のユダとご自分を捕らえにやって来た多勢の人々を見ても、全く平安で試練や苦難を乗り越えられたと教え説きます。Bibleは...礼拝と祈りとは、神の国との唯一のパイプであり、礼拝と祈りは 神の聖霊力や聖霊の助けを受けるにはなくてはならない手段だと、教え説くのです。 あなたは、礼拝や祈りの習慣を 大切に生活していますか? なぜなら聖書は、礼拝や祈りの習慣なくして、聖霊の充電や神の圧倒的な奇跡は皆無だの教え説くからです。しっかり 胸に書き記して下さい。 47~52節,また、この夜、使徒ペテロとヤコブとヨハネの三人は、イエスの情熱的なみことばを聞き流して 集中して祈らずに眠ってしったので、神の聖霊力を手放してしまい、結局、多くの敵が詰め寄った時は慌てて逃げるしかなく、最後は、イエスを裏切って、罪悪感と後悔の念に苦しむことになったのです。このように聖書は...いくら信仰があると自称したとしても、日々のBibleメッセージを蓄えながら、真心から礼拝や祈りの生活習慣を築けなくては、いざという時に何の役にも立たないと、教え説きます。霊の目を醒まして、礼拝祈祷生活を習慣化しながら、神のみことばに敏感に生活していれば、良いだけなのです。肝にめいじあうましょう。 マタイの福音書1:22『このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。』 マタイの福音書5:17~18主イエスは言われた。『わたしが来たのは聖書の律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、すべてを成就するために来たのです。まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』 47~52節,このようにBible&Jesusは、聖書のみことばとは、全世界の全人生や全死に成就する神の預言書であると教え説きます。 またこの時、使徒ユダがお金欲しさに、イエスを裏切り、この晩、無実なのに捕らえられることも、全てが旧約聖書の預言通りであったのです。 詩篇16:7 ダビデ王からのみことば。『私は助言を下さった、主なる神様をほめたたえる。 まことに、夜になると、主は私の心に教えた。』 エレミヤ書29:11~12 主なる神の御告げ『わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞いて、語ろう。』 あなたにも、あなたのピンチを助け、あなたを永遠に報われる幸福人生に導ける、聖書からの具体的な預言、神の知恵、洞察力、判断力が与えられると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして 霊の目を開かせ、日々のBibleメッセージから 具体的な聖書の預言、神の知恵、聖霊による洞察力と判断力を 享受できるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆、ありとあらゆるピンチを逃れられ、永遠に報われる幸福人生に必要な神の奇跡を獲得できるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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