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マルコの福音書14:3~9

2019年8月3日(土) ディボーション聖句 マルコの福音書14:3~9 3 イエスがベタニヤで、ツァラアトに冒された人シモンの家におられたとき、食卓に着いておられると、ひとりの女が、純粋で、非常に高価なナルド油の入った石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、イエスの頭に注いだ。 4 すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。「何のために、香油をこんなにむだにしたのか。 5 この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに。」そうして、その女をきびしく責めた。 6 すると、イエスは言われた。「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。 7 貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らに良いことをしてやれます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。 8 この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。 9 まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 3節『ベタニヤ』とは 聖地・エルサレム近郊の地名で、イエスと非常に親しかった三兄弟のマルタ(姉)、マリア(妹)、ラザロ(末弟)の住んでいた土地でした。 尚『ベタニヤ』は、現在のオリーブ山の南東麓にあるパレスチナ自治区 アル・エルザリヤという村に当たるとされています。 3節『ツァラト』とは、原因不明の不治の皮膚病で放っておくと、皮膚がどんどん腐って崩れてきて、皮膚の感覚がなくなっていく症状になります。 尚、この「ツァラト」は、人間の罪の性質と似ていて、どんどん罪性(病)が進んでいくと、罪悪(病)の意識(感覚)がなくなることに似ており、人間の罪悪の象徴の病としても、取り扱われていたのです。 また、この「ツァラト」という皮膚病は感染力が非常に低いのですが、稀に他人に感染する恐れもあった為に、この病に犯された人は皆、自由を奪われて隔離されて暮らさなければならず、道を歩く時は「私は汚れている」「汚れているから、近づかないで下さい」と叫びながら、健常者たちとは一定の距離を置いて、生活しなければならなかったのです。彼らは、差別されて暮らすしかなかったのです。 3節,しかし、イエスと弟子たちは、このツァラト(重度の皮膚病)を患っていた人たちを 全く差別せずに神の福音、真理を 愛を持って、接し続けていました。そして主イエスを信じて「神の子」とされた、ツァラトのシモンはイエスやクリスチャンたちと共に会食したりして、友愛を深めていったのです。 あなたは、誰かを差別する傾向がありませんか? なぜなら聖書は、差別する傾向の強い人、肉体の死後の天国行きはあり得ないと預言するからです。 また聖書は、この世界は、愛に冷えきっており、何をするにも派閥を作ったり、党派心に満ちた差別社会を形成しがちだと忠告しています。しかし 神の国(JesusFamily)の文化は、愛に満ちた平等社会。どんなに社会が愛に冷え切ろうとも、誰かを差別しないように気をつけあいましょう。 第二歴代誌19:7『今、主への恐れがあなたがたにあるように。人を差別せずに忠実に生きなさい。私たちの神、主には、不正も、えこひいきも、わいろを取ることもないからです。』 マラキ書2:9『――万軍の主なる神は仰せられる――わたしもまた、あなたがたを、すべての民にさげすまれ、軽んじられる者とする。あなたがたがわたしのみことばを守らず、人を差別してえこひいきをしたからだ。』 3節,また聖書は、数多くの人々は 人の容姿、財力や地位、人気など、他人の見かけばかりを気にし過ぎて、他人を過大評価し過ぎたり、見下したりするなどの差別意識がありがちで、神の愛に満ちた祝福や死後の天国行きをとり逃していると預言します。 あなたは 人の容姿、財力、地位、人気など、他人の見せかけばかりを見過ぎて、他人を過大評価し過ぎたり、必要以上に見下す差別意識がありませんか? また、あなたは古くからのしがらみ、似た者同士意識、肉体関係と罪悪などの快楽に根付いた、片寄った人間関係、情欲に重きを 置き過ぎた、誤った隣人愛を形成し過ぎていませんか? 聖書は、まことの隣人愛を教育できる唯一の愛の書。聖書から隣人愛によく似た情欲関係と共依存やしがらみを卒業して、まことの隣人愛に生きることが 健康的な人間関係を築くことも重要なのです。 ローマ信徒への手紙12:3『だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。』 箴言29:25『人を恐れると人生のわなにかかる。しかし主なる神に信頼する者は守られる。』 3節,また聖書は...神の目から見れば、人は皆、衰えて消えてなくなる存在に過ぎず、人の善悪や才能にも限度があり、誰も、さほどの大差がないと教え説きます。人は皆、いつか消えて無くなるだけの不完全な罪人でもあると教え説くのです。聖書から様々な正しい人間観を掴んで思い上がらず、他人を恐れ過ぎないことも、幸福人生には必要不可欠なのです。 3節この『ナルドの香油』とは非常に高価な香油であり、当時のユダヤ人やローマ人の金持ちは、この香油を 死体を葬るのによく用いていました。香油は体臭をしずめる香水、ボディーウォッシュの役割も果たしたり、火葬しない国々では貴重な防腐剤の役割も果たしていたのです。 4~8節,そしてこの時、一人の女性がイエスのもとにやって来て、高価なナルドの香油の瓶を割って、イエスの頭に注ぎ出したのです。 そのナルドの香油は、なんと、時下約300万円(300デナリ)分もあったのでした。 すると、それを見た人々は、口々に言いました。「何ということをするんだ。もったいない!それを売れば、貧しい人々に施せるのに!」 マタイの福音書13:45~46『天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってでも、それを買ってしまいます。』 マタイの福音書6:20~21 主イエスは言われた。『自分の宝は、天にもたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。』 4~9節,しかしイエスは、そこにいた人々と、高価な香油を注いでくれた女性に言いました。 「みんな、この女性を責めるのはやめなさい。実は、この女性は、今 立派なことをしてくれています。わたしが十字架上で死ぬ前の最高な埋葬の用意をしてくれたからです。そして、この女性がしてくれたことは、天に宝を積む模範的な愛として、永遠の伝説として新約聖書に記念として描かれ、語り継がれるのです。」 9節,この女性の名前は「マリア」。主イエスのみことばの約束通り...彼女は、約2000年経った今でも、プロテスタントでは誰よりも天に宝を積んだ、愛に満ちた女性であり、カトリックでは聖人として、永遠の伝説を築いているのです。 あなたの人生に現れる、神と人を感動させる、愛の模範的行為と天に宝を積む行為に期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、Bibleのみことばから 神の愛、知恵、インスピレーションを受けて、周囲に愛の模範を示し、天に宝を積める知者たちにして下さい。 そうすれば 皆、永遠に必要が満たされる幸福人生、天国行きが任されるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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