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マルコの福音書6:1~6

2019年6月22日(土) ディボーション聖句 マルコの福音書6:1~6 1イエスはそこを去って、郷里に行かれた。弟子たちもついて行った。 2安息日になったとき、会堂で教え始められた。それを聞いた多くの人々は驚いて言った。「この人は、こういうことをどこから得たのでしょう。この人に与えられた知恵や、この人の手で行われるこのような力あるわざは、いったい何でしょう。 3この人は大工ではありませんか。マリヤの子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではありませんか。その妹たちも、私たちとここに住んでいるではありませんか。」こうして彼らはイエスにつまずいた。 4イエスは彼らに言われた。「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」 5それで、そこでは何一つ力あるわざを行うことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった。 6イエスは彼らの不信仰に驚かれた。それからイエスは、近くの村々を教えて回られた。 [聖句メッセージ] 本日からマルコの福音書は6章です。 マタイの福音書2:1『イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになった。』 ルカの福音書4:16『イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとして立たれた。』 1節,「イエス・キリスト」は、イスラエル国(ユダヤ)のベツヘレムという町で生まれましたが、ガリラヤ地方の「ナザレ」という町で育ちました。 2~3節,そして、イエスは30歳まで、このナザレに家族と親類たちと住んでいて、神の御声を待ちながら、父の大工の職をして暮らしていたのです。 使徒の働き13:25『洗礼者ヨハネは、その一生を終えようとするころ、こう預言しました。「あなたがたは、私をだれと思うのですか。私は救い主ではありません。ご覧なさい。その方は私のあとからおいでになります。私は、そのお方のくつのひもを解く値うちもありません。」』 マタイの福音書4:12~13『洗礼者ヨハネが捕らえられたと聞いたイエスは、すぐにガリラヤへ立ちのかれた。そしてナザレを去って、カペナウムに来て住まわれた。ゼブルンとナフタリとの境にある、湖のほとりの町である。これは、旧約聖書の預言者イザヤを通して言われた事が、成就するためであった。すなわち、「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」』 2~3節,このように聖書は、神の御子であり、世界人類の救い主イエスは、旧約聖書の預言者イザヤの預言通りに30歳まで、ナザレで暮らした後、神からの洗礼者ヨハネが捕らえられた直後に神の御声を聞いて、聖書の預言通りにカペナウムに移り住み、福音宣教を開始したのです。聖書は主イエスキリストはBibleの神のみことば通りに生きた、神の救い主キリストだったと教え説くのです。 マタイの福音書1:22『このすべての出来事は、主が聖書の預言者を通して言われた事が成就するためであった。』 マタイの福音書5:17~18主イエスは言われた。『わたしが来たのは、聖書の律法や預言者のことばを廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、すべて成就するために来たのです。まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』 3~6節,またBibleとは、全てが神の霊感により書かれており、全世界と全人生が永遠に満たされた幸福人生を築く為に必要不可欠な神の預言的書物だと教え説きます。どんな人生さえも、Bible&Jesusのみことばを信じて 読み蓄えながら適用し続ければ、永遠に満たされた幸福人生に必要な神の預言と未来への約束は与えられると約束するのです。 あなたは、聖書のみことばが永遠に揺るがない 人生と死の真理であり、また、聖書が 永遠に満たされた幸福人生に必要不可欠な神のみことばであったことを意識していましたか? なぜなら聖書は、天地万物の創造主なる神様、世界人類の裁き主なる神様の聖霊が 預言者を通して書かれた、人生と死の取扱説明書だと教え説くからです。イエスは、目に見えない父なる神様を礼拝しつつ、永遠に変わることのない Bibleのみことばを絶対視し続ければ、人は皆、永遠に必要が満たされて救われると約束してくれたのです。 第一コリントの手紙1:21『事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵とご計画によるのです。それゆえ、神はみこころによって、人の語る宣教のみことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。』 3~6節,また聖書は、神のみことば(人生と死の真理)から外れた人たちの言動や行動には、神の聖霊は表れないと預言します。人は皆、神礼拝を怠り、人生と死の真理が外れれば、永遠に満たされた幸福人生はなし得ないと預言するのです。日々Bibleを読みつつ、黙想しながら祈りつつ、何が正しく、誤っているのか、または何が本物で、偽物なのか見分けながら生きることが重要だと教え説くのです。目を覚ましあいましょう。 ローマ信徒への手紙3:10『義人はいない。ひとりもいない。』 箴言29:25~26『人を恐れると人生のわなにかかる。しかし主のみことばに信頼する者は守られる。支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし人をさばくのは主だけである。』 3~6節,しかしこの時、30歳まで家業に従事していたイエスをよく知っていたナザレの地元民たちは、Bibleのみことばの預言を軽視して、イエスの過去の生い立ちばかりを気にし過ぎてしまったので、イエスが本物の神の御子であり「世界人類の救い主」であることを信じることができませんでした。ナザレの人々は、目に見えていた過去や常識に捕らわれ過ぎており、神の預言のみことばを見逃して、永遠に満たされた幸福人生に必要な神の奇跡を手放してしまったのです。その為、神の救い主イエスは、不信仰であった地元のナザレの人々にだけは、永遠に満たされた幸福人生に必要な奇跡を与えなかったのでした。 あなたは、ナザレの人々のように、神のみことばからの真理や預言よりも、過去や常識を重要視し続ける傾向がありませんか? なぜなら聖書は、いくら信仰があると自称しても、過去や常識が全てだと過信し過ぎて、神のみことばからの真理や預言を軽視する人生には永遠に満たされた幸福人生に必要な奇跡や天国行きの確信が任されないと預言するからです。過去の経験や常識は、絶対ではありません。目を覚ましあいましょう。 マルコの福音書9:23『するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。わたしを信じる者には、どんなことでもできるのです。」』 6節,また聖書は、Bible&Jesusのみことばを100%信じようと祈りつつ 行動を起こし続ける者たちにだけ、数多くの神の奇跡が任されると預言します。あなたに与えられる、奇蹟を引き起こせる絶対的なJesus信仰に期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bibleのみことばを 100%信じて祈りアクションできる、本物のJesus信仰をお与え下さい。 そうすれば 皆、永遠に満たされた行動人生に必要な神の奇跡や天国行きの確信が任されるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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