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マタイの福音書24:32~36

2019年5月13日(月) ディボーション聖句 マタイの福音書24:32~36 32いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。 33そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。 34まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。 35この天地は滅び去ります。しかし、わたしのみことばは決して滅びることがありません。 36ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 マタイの福音書7:15~17主イエスは言われた。『にせ者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。あなたがたは、人生の実によって彼らを見分けることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。』 32節,このようにBible&Jesusは、人生とは、まるで植物の成長のようでもあり、人は皆、日々の思考と行動や言動を、いつの日か、刈り取ることになると、教え説きます。 あなたは未来や死後に報われて救われる思考、行動や言動の種をまけていますか? またBibleは、どんなに人前で、神のみことばにかなう善人、正義の人を演じれたとしても、そして愛に満ちた、優しい人のフリをしたとしても、その人の人生の実は、嘘、偽りをつけないと教え説くのです。聖書のみことばは、あなたの未来や死後に素晴らしい幸福を刈り取れる真理が書かれた人生の知恵の書。みことばを武装しながら、みことばを思考、行動、言動にしようとする人は皆、永遠に報われるのです。 またBibleは、神に選ばれて救われたクリスチャンでさえも、日々の思考と生活習慣や人間関係のあり方の実で、本当に聖霊や隣人愛に満ちた信仰深い人なのか。それとも二心で、ズル賢い偽善者なのか。また、神のみことばにかなった生き様のある本物の信仰なのか。口先と見せかけの虚しい形式的な信仰なのか。その人の人生の実で 判断できると、預言するのです。肝に命じあい、昨今の自分自身の人生の実を 日々の聖書のみことばから再確認して思い巡らしながら、祈りつつ悔い改め続けることが重要なのです。 32節,ではこの時に主イエスが語られた いちじくのたとえ話について解き明かしましょう。 ルカの福音書13:6~9『イエスはいちじくの木のたとえを話された。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。実を取りに来たが、何も見つからなかった。そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年もの間、やって来ては、このいちじくの実のなるのを待っているのに、なっていたためしがない。これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか。』番人は答えて言った。「ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから。」もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』 32~36節,この いちじくの木とは、神に造られた 私たち人間を比喩したたとえであり、番人とは神の協力者(聖職者)、預言者、天使たちのことを指しています。 世界人類の創造主なる神様が、この世界に沢山の生命とその人生を築いた意図は、各自が神礼拝とそのみことばから秩序を守りつつ、隣人に良い恵みを与えあえる いちじくの枝のようになるように、植えつけられたと教え説きます。 そして父なる神様は 全世界人類に神の御心を教え行わせる 神の協力者と預言者たちを任命して送り、人生と死の真理であるみことばと祈りの栄養を送りつづけ、神の創造の意図通りに立ち返るようにと、教え続けようとしていたと教え説くのです。 しかし、結局 世界人類の大半は、神の権威と神の預言者からのみことばの栄養を拒んだために、神の与える永遠に報われる幸福力や隣人を愛して救い導ける 聖霊の良い実を結べずに、個々の欲望と未来や死への恐れに支配される不幸、悪いいちじくの木のような、枯れ果てる人生となってしまっていると教え説くのです。 あなたの人生は、良いいちじくの人生といえますか? また聖書は、この悪い いちじくの木の人生の象徴である パリサイ人たちのように、Bible&Jesusのみことばから3~4年もの間、何度も何度も、同じみことばを受けても、悔い改めるようとしない人生は、いつの日か、パリサイ人たちのように、神の国から切り倒されて、永遠に不幸な滅びに向かうしかないとも預言しているのです。もし、あなたが永遠に報われるいちじくの木のような人生でないなら、今日から出来る限り早く悔い改めることが必要だと教え説くのです。人生は長いとも、短いとも言えません。手遅れにならぬよう、目を覚ましあいましょう。尚、このパリサイ人たちは 3~4年間、聖書のみことばを無視し続けてしまい、聖書の教える罪と過ちを まったく悔い改めなかったために、神の国から切り倒されるべき、悪いいちじくの木、地獄の象徴としてカウントされて、比喩されてしまったのです。 マタイの福音書7:20~21 主イエスは言われた。『こういうわけで、あなたがたは、人生の実によって人々を見分けることができるのです。わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみことばを行う者が入るのです。』 あなたはパリサイ人達のように、何度も何度も、同じみことばを示されても、悔い改めない悪いいちじくの木の人生になっていませんか? しかし、あなたは主イエスのみことばを聞いて 素直に悔い改め続け、永遠に報われる幸福人生を築ける、素晴らしいいちじくの木の人生を築けると期待します。真心から悔い改め続ける人に、手遅れはないからです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、何よりも、日々のBibleメッセージとHolySpiritを大切にする、素晴らしい いちじくの木の人生を生きられるように悔い改めさせて下さい。 そうすれば 皆、大切な人々と、永遠に報われる幸福人生を勝ち取れるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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