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マタイの福音書22:23~33

2019年5月4日(土) ディボーション聖句 マタイの福音書22:23~33 23その日、復活はないと言っているサドカイ人たちが、イエスのところに来て、質問して、 24言った。「先生。モーセは『もし、ある人が子のないままで死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のための子をもうけねばならない』と言いました。 25ところで、私たちの間に七人兄弟がありました。長男は結婚しましたが、死んで、子がなかったので、その妻を弟に残しました。 26次男も三男も、七人とも同じようになりました。 27そして、最後に、その女も死にました。 28すると復活の際には、その女は七人のうちだれの妻なのでしょうか。彼らはみな、その女を妻にしたのです。」 29しかし、イエスは彼らに答えて言われた。「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからです。 30復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。 31それに、死人の復活については、神があなたがたに語られた事を、あなたがたは読んだことがないのですか。 32『わたしは、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあります。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。」 33群衆はこれを聞いて、イエスの教えに驚いた。 [聖句メッセージ] 昨日のつづきです。 23節『サドカイ人』とは、紀元前10世紀頃に、すべての神の恵みを手に入れられたと言われている名王・ソロモンが建てた、エルサレム神殿を 中心に活動していた、ユダヤ教の一派の人々です。 サドカイ人たちは、歴史的建造物であるエルサレム神殿の建築物の素晴らしさに頼りながら、ユダヤ人権力者たちと結託していた祭司のグループと言われています。彼らの信仰は、真心からの信仰心に欠けており、神殿の素晴らしさを糧にした偶像的な信仰心であった為、後に滅びていなくなるのです。 あなたは、真心からの信仰心ではなく、目に見える礼拝堂、神社仏閣、偶像など、人が創り出した場所を聖なるパワースポットだと勘違いする誤った信仰心がありませんか? なぜなら聖書は、人が創り出した建物や偶像そのものに神の聖霊は宿らないので、建物や偶像などに頼る信仰心など無力だと教え説くからです。あなたの神様からどこにでも存在しており、真心からの礼拝に報われるからです。肝に命じあいましょう。 使徒の働き17:24『この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。』 第一列王記8:27 歴史上稀に見る程の神殿を建てた、ソロモン王は言った。『それにしても、神は果たして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこのエルサレム神殿など、なおさらのことです。』 23節,このようにBibleは、たとえ、人間がどんなに立派な宗教的建造物や偶像を造ろうが、またどんなに有名なパワースボットと呼ばれる場所に行こうとも、あなたの神様の聖霊はそんな所に宿るわけがないと教え説きます。まことの神様は人が創り出した物には宿らず、有名なパワースポットは人間が創り出した噂に過ぎないと教え説くのです。誤った信仰心を持たぬように 目を覚ましあいましょう。 聖書は、もし あなたが訳の分からない霊的な悪影響を受けたくないのなら、むやみやたらに、宗教的建造物やパワースボットに行って拝まないことが 重要だと教え説きます。世界人類の支配者である あなたの神様は、この地上の万物に収まる程度のスケールではないということです。しっかり胸に書き記すことです。 尚、立派な宗教的建築物や偶像の宝庫であった「エルサレム神殿」に頼り過ぎる、誤った神礼拝を捧げていたサドカイ人たちは、西暦AC70年のユダヤ戦争で、エルサレム神殿が崩壊した直後から、消滅してなくなっています。神は人が建てた建物や像などには住みません。聖書は、神の御子イエス十字架贖罪信仰を信じて 洗礼を受ける人々の心霊に、直接住まわれると教え説いているのです。聖書のみことばを信じる者たちは皆、神と共に永遠に生き続けられるのです。 また、誤った信仰心を悔い改めなかったサドカイ人たちは形式的な信仰者であったため、Bible&Jesusの教えている霊魂の不滅や死後の復活、天使の存在を信じられずに否定しており、いつもパリサイ人たちと論争をしていました。尚聖書は、パリサイ人たちは、不完全な信仰でしたが、サドカイ人たちと違って霊魂の不滅、死後の復活、天使の存在を信じられた為に、現在でもユダヤ教の正統派の地位を不動にできたと教え説きます。聖書のみことばを信じ続ける人は皆、永遠に報われ、みことばを信じられない人は皆、永遠には報われずに消え去ると預言するのです。肝に命じあいましょう。 ヨハネの黙示録22:19神は言われた。『また、この預言の聖書のみことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この聖書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。』 23節,この聖書の預言通りに、Bible&Jesusのみことばを すべて受け入れられなかった、サドカイ人たちは、やがて消滅してしまいました。 あなたは、歴史から消滅してしまったサドカイ人たちのように、Bibleのみことばよりも変わり続けていく常識や目に見える魅力ある物事を重んじ過ぎる無力な、誤った神信仰をしていませんか? なぜなら聖書は、サドカイ人たちの二の舞にならぬように、気をつけるよう教え諭しているからです。 マルコの福音書12:25主イエスは言われた。『人が死人の中からよみがえり天国に行くときには、めとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようになります。』 24~31節,この時、サドカイ人たちは主イエスに天国のことや結婚制度について質問しました。 しかしBibleで...一夫一婦制の結婚制度とは、創造主なる神様が聖書を通じて設けられた、この世界特有の制度であり、肉体の死後(復活後)の天国にはない制度だと教え説きます。 イザヤ書43:19神は言われた。『見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。』 イザヤ書48:6~7『わたしは今から、新しい事、人間の知らない秘め事を行なう、』 31~33節,このようにBibleは...人は皆、肉代の死後には父なる神や天使たちのような、新しい永遠に朽ちない霊的なカラダが与えられると教え説きます。あなたの神様は、この世界での性行為や結婚制度以外の新たな快楽と愛の形を創造して、子孫繁栄を築くので、聖書に習って生き、死後の秘め事を楽しみ待ち望むようにと、教え諭しているのです。聖書は不信仰で破滅したサドカイ人たちのように、あなたの神様と神の国を この世の知恵と常識と制度だけで理解しようとしても、別次元のことなので不可能だと教え説くのです。目を覚ましましょう。 ローマ信徒への手紙12:3『あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。』 31~33節,聖書で教える神様は、人知をはるかに超えた全知全能なるお方。もし あなたに永遠に報われる幸福人生や死後の天国への確信が欲しいのなら、人間の限界をわきまえながら、聖書のみことばに素直に向き合うことが大切なのです。 マタイの福音書6:33主イエスは約束した。『だから、神の国と神の義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらの必要はすべて与えられます。』 エレミヤ書29:12~14神は約束された。『あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈り続けるのなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。わたしはあなたがたに見つけられる。――主の御告げ――』 マタイの福音書18:3『主イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのように素直にならない限り、決して天の御国には、入れません。』 31~33節,あなたが Bibleのみことばを 幼児のように素直に受けとめて、少しでも多くの神の国の奥義と秘密を 神様の聖霊から知らされることを期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、不信仰で破滅したサドカイ人たちのように、人の創り出す建造物やパワースボットなどを礼拝せずに、Bible&Jesusのみことばを素直に受けとめて、真心からの礼拝を捧げられるように。いつも内なる聖霊と親しく交わり、少しでも多くの神の国の奥義と秘密を悟れるように助け導いてください。 そうすれば 皆、永遠に神様と親しく生きられ、何をしても永遠に報われ続けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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