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マタイの福音書17:22〜27

2019年4月16日(火) ディボーション聖句 マタイの福音書17:22〜27 22彼らがガリラヤに集まっていたとき、イエスは彼らに言われた。「人の子は、いまに人々の手に渡されます。 23そして彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」すると、彼らは非常に悲しんだ。 24また、彼らがカペナウムに来たとき、宮の納入金を集める人たちが、ペテロのところに来て言った。「あなたがたの先生は、宮の納入金を納めないのですか。」 25彼は「納めます」と言って、家に入ると、先にイエスのほうからこう言い出された。「シモン。どう思いますか。世の王たちはだれから税や貢を取り立てますか。自分の子どもたちからですか、それともほかの人たちからですか。」 26ペテロが「ほかの人たちからです」と言うと、イエスは言われた。「では、子どもたちにはその義務がないのです。 27しかし、彼らにつまずきを与えないために、湖に行って釣りをして、最初に釣れた魚を取りなさい。その口をあけるとスタテル一枚が見つかるから、それを取って、わたしとあなたとの分として納めなさい。」 [聖句メッセージ] 本日でマタイ福音書17章は終わりです。 22節『ガリラヤ』とはパレスチナ地方の地名であり、ガリラヤ湖を含む、現在のイスラエル国・北部の地域とヨルダン共和国の一部の地域を指します。 尚、主イエスキリストの福音宣教活動は、このガリラヤから始められており、主イエスキリストは宣教の基地を このガリラヤの町に置いていたのです。そして聖書は、あなたが関わってきた教会が あなたの霊の基地、神の国の機関だと教え説くのです。宣教の基地である教会につながって、祈り備えている兄弟姉妹たちに神の大いなる御業を任されるのです。 ヨハネの福音書3:15~17主イエスは言われた。『神は、実に、そのひとり子イエスをお与えになったほどに、この世を愛された。それは御子イエスを信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子イエスによって世が救われるためである。』 22〜23節,このように聖書で...世界人類の創造主なる神様は、今後 あなたが 罪や過ちを犯したとしても、父なる神様にゆるされて 永遠の人生のチャンスを獲得できるためにも、わざわざ ご自分の御子である 救い主・イエスキリストをこの世界に送られたと教え説きます。父なる神様は、あなたや世界人類を救う為に、愛する神の御子イエスの命を 十字架上に捧げて下さったと教え説くのです。 そして聖書は、その父なる神様の愛の御わである、主イエスの十字架贖罪力を信じて 悔い改め続ければ、永遠に救われると約束したのです。 ヨハネの福音書14:2~3主イエスは言われた。『わたしの父なる神の国の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに家と場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをも永遠におらせるためです。』 第一コリントの手紙1:18『十字架のみことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。』 第一ヨハネの手紙4:16『主イエスを信じた私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。』 ヨハネの福音書11:25『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」』使徒の働き1:9『こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に天に引き上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。』 23節,このように聖書は...あなたの救い主となられたイエスは、あなたを、死後、永遠の神の国に迎え入れてくれると、約束してくれます。世界人類の救い主イエスの十字架贖罪信仰により贖われた あなたの死は、終わりではなく、永遠の人生の始まりを意味するのです。信じるか、信じられないかはあなたの選択次第です。しかし聖書は、主イエスの十字架信仰を信じて祈り、悔い改め続ける人生だけが永遠に報われて、救われると教え説くのです。肝に命じあいましょう。 マラキ書3:10神は言われた。『あなたの収穫の十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家に捧げてみよ。こうしてわたしをためしてみよ。――万軍の主は仰せられる――そして、わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。』 マタイの福音書6:20主イエスは言われた。『自分の宝は、天にもたくわえなさい。』 24~25節,また聖書は、創造主なる神様からBible&Jesusの福音宣教の使命を委ねられている神のカラダなる「教会」などで、奉仕、献金、献品をして、天に宝を積むように教え勧めています。 あなたは、神の使命を任されJesusの教会で定期的に奉仕、献金、献品などして、天に宝を積んでいますか? なぜなら聖書で、それらの行為は 天に宝を積む素晴らしい行為に数えられ、人生の未来や死後の両方で、神のいく倍もの報いを受けられると約束するからです。これも信じるか、信じられないかはあなた次第。しかし聖書は、天に宝を積まずし、永遠に報われる幸福人生を手に入れられることは不可能だと預言するのです。何事も怠り続ければ、良い成果は期待できないもの。現実、真理に目を覚ましましょう。 民数記18:8『主はそれから、祭司アロンに仰せられた。「今、わたしは、わたしへの聖徒からの奉納物にかかわる任務をあなたに与える。わたしは神の民のすべての聖なるささげ物についてこれをあなたに、またあなたの子たちとに、受ける分として与え、永遠の分け前とする。また次の物もあなたの分となる。イスラエル人の贈り物である奉納物、彼らのすべての奉献物、これをわたしはあなたとあなたの息子たち、それにあなたとともにいる娘たちに与えて、永遠の分け前とする。あなたの家にいるきよい者はみな、それを使い、食べることができる。』 25~26節,このように旧約聖書は、神に選ばれし聖徒たちの献金と献品によって、神の働き人である聖職者やその家族たちの生活が成り立っていたと、教え説きます。神の使命に従事する聖職者たちとその家族は直接、神の労に仕えることになるために、献金と献品から給与を受け取るシステムであったということです。 ヨハネの福音書3:35『父なる神は御子イエスを愛しておられ、天地万物を御子イエスの手にお渡しになられた。』 マルコの福音書4:19主イエスは言われた。『世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望が入り込んでいる人は、みことばを悟り行えないため、実を結べません。』 26~27節,また聖書で...主イエスはある程度の財力や成功欲は人生に必要な糧となり得ますが、あまりに多くの時間と労力を使ってまで、それらを追いかけ過ぎると永遠に報われる幸福人生に必要不可欠な神の聖霊力と幸福感や愛力を引き下げていくと教え説きます。聖書とは、永遠に報われる幸福人生を築くのに重要視すべき事柄が書かれた、永遠に報われる幸福人生を築く為の知恵の書。日々のみことばを思考しながら、今、あなたにとって、本当に大切な物事と優先順位の上位とは、一体何なのか? 心霊や生活のバランスはどうか? 今、何をすべきか?を...聖書の真理から心深く探りながら祈って悔い改めながら、生きることが大切だと教え説くのです。 あなたにも、聖書から永遠に報われる幸福人生を築く為に必要な知恵、言動や行動が示されると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、与えられた人生を正しく治めさせ、生きたお金と時間や労力を使える知者にして下さい。そして 主よ、皆に 今 何を考え、何をすべきか、正しい優先順位を示して助け導いてください。 そうすれば 皆、永遠に報われる幸福人生が任されるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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