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マタイの福音書12:1~8

2019年3月17日(日) ディボーション聖句 マタイの福音書12:1~8 1,そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。 2,すると、パリサイ人たちがそれを見つけて、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」 3,しかし、イエスは言われた。「ダビデとその連れの者たちが、ひもじかったときに、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。 4,神の家に入って、祭司のほかは自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べました。 5,また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、聖書の律法で読んだことはないのですか。 6,あなたがたに言いますが、ここに宮より大きな者がいるのです。 7,『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。 8,人の子は安息日の主です。」 [聖句メッセージ] 本日からマタイの福音書は12章です。 創世記2:1~3『神は六日で天地万物を創造して、天と地とそのすべての万象は完成された。そして、神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。神は第七日目を祝福し、この日を聖日であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。』 1節,このようにBibleは、あなたの神様は六日で、天地万物を創造してから、七日目に休まれたと教え説きます。今や世界の標準的なカレンダーの日曜日は、安息の「聖日」として、神礼拝の為にも休日とされたのです。Bibleで、本来の安息の聖日は、全く仕事をせずに神礼拝しながら、自らの人生と生活を省みながら心霊体をリセットして、神様からの聖霊力と生命力を充電する、癒しの聖日でもあると教え説くのです。西暦2019年という世界的な暦と日時は、聖書の預言通り、主イエスが基準である事実も忘れないことです。聖書は、人は皆、永遠に報われる幸福人生を 築き続ける為には、週一回の神礼拝を大切にすることで神の聖霊と親しく交じり、自らの霊魂を休息する為に造られていると教え説くのです。聖書は世界人類の一人一人が Bestな人生を築く為の『永遠の人生取扱説明書』。もし、あなたに永遠かる幸福感と神からの癒しが必要ならば、聖書のみことばに耳を傾けて、何事も やり過ぎないように注意することも重要なのです。 箴言1:19『むさぼる者の道はすべてこのようだ。 こうして、主に与えられたいのちを取り去ってしまう。 』 1節,このように聖書で、あなたの神様は、何事であっても休みなくやり過ぎる人や、神とのバランスを欠いた人間本位の生活習慣を築いている人の霊魂(聖霊力)は いつか必ず衰退していき、死の滅びへと直結すると預言しています。 あなたの生活習慣のバランスは如何でしょうか?何か片寄った生活習慣を築いていませんか? この忙しいご時世、諸事情は理解出来ますが...肉体の人生と死は、ただ一度切り、出来る限り 神との親しい交わりの時をつくりながら、片寄った生活習慣のバランスを 祈りつつ調整することが重要だからです。 1~2節,『パリサイ人』とは、当時のユダヤ人社会の中心的な役割りを果たしていた宗教家、富裕層、権力者層の中心的存在だった人々。このパリサイ人たちは、旧約聖書の教えを厳格に守り行うユダヤ教徒達であり、彼らは外国人や不信仰者たちを差別して距離を置いていた人々でもありました。「パリサイ」とは分離する者という意味を持ちます。 1~2節,尚 聖書は..このパリサイ人たちは真理を生き様にしていた為に社会的成功者たちが 数多くいたのですが、独自の理想的な神様像を追求し過ぎてしまったり、隣人愛に冷めていた為に、真の神様の救いを手放してしまったと教え説きます。彼らは自分たちの罪や過ちに甘くて、隣人に厳しく接して生き過ぎた為に、神の御子Jesusの十字架贖罪信仰を受け入れられず、独自の理想的な神様像を作ってしまい、神の裁きや呪いの対象に成り下がってしまったのでした。聖書は、みことばから外れる 根拠のない神感を造る人生ほど、危険な人生はないと、預言するのです。聖書は、毎日のみことばから真の神感を手に入れることが 永遠に報われる幸福人生に直結すると預言するのです。聖書に反する 神感を持たぬよう、肝に命じあいましょう。 2節,この時、パリサイ人たちは、主イエスの12弟子たちが 安息日に、農作業の仕事をしながら、その農作物を食べる姿を見て、以下のようなケチをつけてきました。 『イエス先生、あなたの弟子たちを御覧なさい。今日は、仕事をしてはいけない安息日であるはずなのに、彼らは農作業の仕事をしながら農作物を食べています。安息日に仕事をするなんて、彼らは罪、過ちを犯しています。注意して下さい。』このようにパリサイ人たちが12人の聖職者(使徒)たちを 責めたのです。しかしイエスは、以下のように、パリサイ人たちに言い返しました。 3~4節『彼らは罪を犯していません。あなたがたが信じてやまない旧約聖書のみことばを思い出してみなさい。わたしたちの信仰の父祖である、立派なダビデ王とその連れの者たちも、お腹を空かせて、どうにもならなかった時、神の礼拝堂に行って、祭司(神の働き人)しか食べてはならない、備え物のパンを食べたと書いていますよ。』 第二コリントの手紙12:28『神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者です。』 5節,またイエスは付け足して、こうも言われました。『また、わたしが任命した あの使徒たちは、神に選ばれた立派な聖職者たちです。神の使徒たちは、安息日にあのような働きをして、神聖な物を食べても良いはずです。あなたがたは、神からの聖書のみことばを勘違いして、神の家族たちを裁いているます。人を裁く暇があるのなら、聖書のみことばを正しく学んで、同じ神の家族たちを裁かずに 自らを省みなさい。』と、イエスは言われたのです。 ヨハネの黙示録22:18~19神は言われた『わたしは、この聖書の預言のみことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この聖書の預言書の御ことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この聖書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。』 第二テモテの手紙3:16『聖書はすべて、神の霊感により書かれたものであり、人生の教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。』 5節,このようにBibleは、すべてのみことばは神の霊感によって書かれているものなので、人間が自分の都合でみことばの内容を曲げたり、削ったりなどして誤って解釈することは、非常に危険な罪だと忠告しています。 あなたは、神のみことばの内容を自分勝手な都合ではぶいたり、曲げることがありませんか? なぜなら聖書は、神のみことばの内容をはぶいたり、曲げる人は、神の怒り、試練を刈り取ると預言するからです。しかし、あなたは 大丈夫なはずです。なぜならこうして毎日のようにBibleメッセージを読み取っているからです。 第二テモテの手紙4:2『みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。』 マタイの福音書7:7主イエスは言った『隣人をさばいてはいけません。神にさばかれないためです。』 6~8節,また聖書は、隣人愛をもって、神の教会から教えられる真理を教え勧め合うことは素晴らしい恵みにつながりますが、決して、隣人を感情的に裁くことのないように、注意しています。なぜなら聖書は、神の救いの書であると同時に...神の知恵で自らを律しながら矯正して、完全な大人に成長させ、永遠に報われる幸福人生を手にする為の教育書であり、人間同士が裁き合う処罰の書ではないからです。あなたが完全な大人に成長していき、永遠に報われる幸福人生を獲得できると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆が 聖日を守ることで、神との親しき交わりの恵みや聖霊力の充電を 更に獲得できるように。そして皆が、 Bible&Jesusのみことばを 自分の都合ではぶいたり 曲げずに、正しく吸収して、完全な大人に近づけるように助け導いて下さい。 そうすれば皆、永遠に報われる幸福人生を 引き出せるからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。AMEN!!! 

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