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マタイの福音書9:23~31

2019年3月4日(月) ディボーション聖句 マタイの福音書9:23~31 23イエスはその管理者の家に来られて、笛吹く者たちや騒いでいる群衆を見て、 24言われた。「あちらに行きなさい。その子は死んだのではない。眠っているのです。」すると、彼らはイエスをあざ笑った。 25イエスは群衆を外に出してから、うちにお入りになり、少女の手を取られた。すると少女は起き上がった。 26このうわさはその地方全体に広まった。 27イエスがそこを出て、道をて行かれると、ふたりの盲人が大声で、「ダビデの子よ。私たちをあわれんでください」と叫びながらついて来た。 28家に入られると、その盲人たちはみもとにやって来た。イエスが「わたしにそんなことができると信じるのか」と言われると、彼らは「そうです。主よ」と言った。 29そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われた。 30すると、彼らの目があいた。イエスは彼らをきびしく戒めて、「決してだれにも知られないように気をつけなさい」と言われた。 31ところが、彼らは出て行って、イエスのことをその地方全体に言いふらした。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 23節,この時、愛する娘の心肺停止を目の当たりにしたユダヤ教の会堂管理者の男は、すぐにユダヤ教からJesus信仰に改心して、主イエスの元に行き、こう言いました。「あなたは神の御子であるので、再び、愛娘の心肺機能を回復させることができるはずです。だから どうか、今すぐに我が家に来て、娘に触れて、祈って救って下さい。」と願い出たのでした。そして主イエスは、その真心からの信仰の祈りに揺り動かされて、その男の家に来たのでした。このように聖書は、真心から、主イエスのお名前で祈る祈りは、必ず、聞かれると約束するのです。 ヘブル人への手紙10:38 主なる神様は言われた『わたしの義人は信仰によって生きる。もし、わたしの御ことばを信じられず、恐れ退くなら、わたしのこころは彼らを喜ばない。』 ヘブル人への手紙11:6『信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。』 ローマ信徒への手紙1:17『正しい義人は信仰によって生きる』 23節,このようにBibleは、神の認める真の正しい人とは、聖書信仰によって生きる人だと教え説きます。聖書のみことばに何事も託しながら、祈り、生き続ければ、永遠に安泰だと約束するのです。 あなたの信仰は如何ですか? ローマ信徒への手紙3:10『それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。』 23節,またBibleは、人間のいっときだけの優しさや善行、社会奉仕活動のほとんどの動機は、ただの自己満足、気休めにしかないとまで、厳しく預言します。神様は人の心の奥底を見られて計られると教え説くのです。肝にめいじあいましょう。 ヘブル人への手紙4:12『神の御ことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。』 23節,また聖書は...もしあなたに、神の奇跡と願いごとの成就が必要ならば、日々のBibleのみことばから、自らの心霊を深く探って矯正し続けることが必要不可欠だと教え説きます。そうすれば、あなたの心霊と生き様は、神の奇跡と願いを叶える心霊に造り変えられていくと預言するからです。 ルカの福音書8:53『人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑っていた。』 23~24節,この時、会堂管理者の男の親類と友人達は、若い娘が心肺停止から数時間経っていたのを知っていた為に、イエスの言動を小馬鹿にして、ともらいの歌をやめずに、葬儀の準備をしようとしていました。 ルカの福音書9:26主イエスは言った『もしだれでも、わたしとわたしの御ことばとを恥と思うなら、人の子イエスも、自分と父なる神様と聖なる御使いとの栄光を帯びて来るときには、そのような人のことを恥とします。』 ローマ信徒への手紙1:16使徒パウロは言った『私は福音の御ことばを恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめ外国人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力だからです。』 23~24節,しかしこの時、会堂管理者の男だけは、周囲の冷めた言動とあきらめの態度を 全く恐れずに、ただただ娘を主イエスに救ってもらおうとする信仰心や愛力だけを堅く握り締めて、祈り続けたのです。これが神の奇跡を起こせる、真の義人の態度です。しっかり胸に書き記すことです。 マタイの福音書9:23~24『イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々、恥と苦しみの十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを自分で救おうと思う者は、かえってそれを失い、わたしイエスのために自分のいのちを失う者は、自分を救うのです。』 23〜24節,このように主イエスは、Bibleのみことばよりも、いつも 他人に こびを売ったり、周囲に気を遣い過ぎる人には、神の奇跡と爆発的な人を救う聖霊力など任されないと教え説きました。周囲を気にせず、真心から主イエスに信頼して祈り切る姿勢、態度が大切なのです。 マタイの福音書10:28主イエスは言った『からだを殺しても、たましいを殺せない人間たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナ・地獄で滅ぼすことのできるお方、神様だけを恐れなさい。』 23~24節,またBibleは、人間は愛する対象であっても、必要以上に気を使ったり、恐れを持つ必要はないと教え説いており、恐れる対象は、父なる神様だけで充分だと教え説くのです。 あなたは、人の評価や態度を気にし過ぎたり、恐れる傾向がありませんか? 神様とみことばよりも、周囲の人の目や評価を恐れる人に神の偉大なる祝福や永遠に報われる幸福人生はなし得ないからです。目を覚ましあいましょう。 箴言29:25『人を恐れると人生のわなにかかる。 しかし主に信頼する者は守られる。』 23~24節,また聖書は、神に選ばれて天国に行ける人は皆、Bible&Jesusのみことばを宣べ伝える使命や義務が生じますが、人目や人の反応を気にし過ぎたり、自分の頭で、あれこれと考え過ぎて不安にならないように忠告しています。なぜなら、そういう人は、見えない敵(サタン,悪霊)や人生のわなにはまりやすく、神の奇跡や恵みも乏しくなって、自滅しやすくなると教え説くからです。霊の目を醒ますことです。 イザヤ書35:4『心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」』 第1ヨハネの手紙4:18『愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。』 25〜31節,またBibleは、この会堂責任者の男や盲人たちのように、誰をも恐れずに、Bible&Jesusのみことばを 堅く信じて、前進し続けようとする人は皆、神の百倍以上の報いや奇跡が任されると約束しています。主イエスを信じた あなたの人生での不安や恐れは、ただ、あなたの人生での足手まといだと教え説くのです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、自己愛、隣人愛と 皆を贖罪してくれた主イエスへの愛を、全きモノにして下さい。そして 主よ、皆が Bible&Jesusのみことばを堅く信じて、前進し続けられるように、助け導いて下さい。 そうすれば、皆の人生から必要以上な他人への気遣いと恐れが消え去って、神の感動的な奇跡と百倍の報いが増し加わるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!! 

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