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マタイの福音書6:20~34

2019年2月20日(水) ディボーション聖句 マタイの福音書6:20~34 20自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。 21あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。 22からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、 23もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。 24だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。 25だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。 26空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。 27あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。 28なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。 29しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。 30きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。 31そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。 32こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。 33だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。 34だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。 [聖句メッセージ] 本日でマタイの福音書6章は終わりです。 20節,このようにBibleは、人の手で築く経済的成功や誉れは、どれも永続する保証はないと教え説きます。たとえ、あなたが富裕層、知識人、有名人として名を連ねたとしても、世界中の誰もが そのポジションを妬み狙っており、時代も変わり続け、老いも来るので、それらを永続的に守り続けることは不可能だと、教え説くのです。Jesusは、目を醒まして、Bible&Jesusのみことばに耳を傾けることで、本当のあなたらしい人生、永遠なる幸福人生を手に入れるように命じられたのです。 マタイの福音書16:26主イエスは言った『人は、たとい全世界を手に入れても、まことの永遠のいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。』 ヘブル人への手紙9:27『人間には、一度死ぬことと死後に神のさばきを受けることが定まっている』 21節,またBibleは...所詮、人は皆、人生を賭けて築いた財産、地位を 何一つ持てずに、裸で死に神の御元に連れて行かれ、何を大切に考え、どんな人生を築いてきたのか。神様からジャッジを受けなければならないと、教え説きます。だから聖書は、人は皆、経済的な活動や自分のしたいことばかりではなく、天に宝を積む奉仕なども怠ってはならないと忠告するのです。 ダニエル書4:27『それゆえ、私の御ことばからの勧告を快く受け入れて、正しい行いによってあなたの罪を除き、貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。そうすれば、あなたの繁栄は長く続くでしょう。』 詩篇126:1『主が悔い改めたシオンの繁栄を元どおりにされたとき、 私たちは夢を見ている者のようであった。』 エレミヤ書22:21~22『あなたが繁栄していたときに、主であるわたしはあなたに語りかけたが、あなたは「私は御ことばに従えない」と言った。わたしの声に聞き従わないということ、これが、昔のあなたの生き方だった。あなたの人生の牧者はみな風が追い立て、あなたの恋人は悪のとりこになって行く。そのとき、あなたは自分のすべての悪のゆえに、恥を見、はずかしめを受けるようになる。』 21節,このようにBibleは、もしあなたが、神様からの永続的な恵みを受け続けたいのならば、また、未来の恥や苦しみを免れて、死後の行く先・神の国でも大きな報いと栄誉を受けたいのならば、あらかじめ、神の教会で天に宝を積める救霊活動と愛の奉仕活動、献金活動なども すべきだと、教え勧めます。Bibleは、人生と、死後の人生のバランスを整える為に、また永遠に報われる幸福人生を築くために神様が与えた人生と死の取扱説明書。Bibleを読みながら、あなたの日々の生活習慣、経済活動、人間関係、プライベート、愛の奉仕、教会の仲間たちとの救霊活動、神との対話(祈り)などのバランスを調整することも重要です。このバランスの片寄る人に、神からの永続的な大きな報いはあり得ないと教え説くからです。 マタイの福音書24:42主イエスは言った『だから、霊の目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。』 21~23節,聖書は、人は皆、もし目が見えなければ、目に映る光景を見て感動したり、目の前の危険を的確に察知することが出来ず、同じように人生と死の取扱説明書である聖書から人生の意味と在り方や、死への備えのできない人生は、霊の目が盲目に過ぎないと忠告しています。Bibleを読むことで、絶えず、霊の目を醒まし続けながら、人生と死の意味、行き先、真理を 吟味することが大切だと教え説くのです。 ヨブ記1:21『人間は裸で母の胎から出て来た。また、裸で人間かしこに帰ろう。主なる神は全てを与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。』 イザヤ書29:15~16『ああ。主なる神と隣人に自分のはかりごとを深く隠す者たち。彼らはやみの中で事を行い、そして言う。「だれが、私たちを見ていよう。だれが、私たちを知っていよう」と。ああ、その人たちは、物ごとをさかさに考えている。』 ローマ信徒への手紙『正しい義人などいない。ひとりもいない。』 ヤコブ書4:13~15『聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう」と言う人たち。あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたの命は、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主なる神のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」』 24~31節,またBibleは、人は皆、どんなに経済的な成功をおさめて、品良く見せても、またグルメを気取って、日々着飾り、自分を高貴に見せようとしても、心の中にはズル賢い自分勝手さと罪深い性質を持っていると教え説きます。またBibleは、それら全ての物事は、しばらくすると消えてなくなる霧のような いっときの虚しい恵みに過ぎないので、あまり依存し過ぎないように忠告するのです。なぜなら、目の前の物事に依存し過ぎて、むさぼればむさぼるほど、死への備えがおろそかになり、死は恐怖になり、死後、裁かれると教え説くからです。肝にめいじあって、聖書のみことばから未来や死後の幸福の備えをすることが重要です。 ローマ信徒への手紙10:11~13『聖書はこう言っています。「主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」国籍の区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主イエスの御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。』 ルカの福音書12:33主イエスは言った『だから自分のために、朽ちることのない御ことばの宝を天に積み上げなさい。』 32~34節,聖書は、人の肉体は、やがて朽ち果てて亡くなるものに過ぎないと教え説きます。しかしBibleは、人は皆、肉体の死後から新天地「パラダイス」か ハデス,地獄のどちらかに移り住むことになり、永遠の人生がはじまると教え説きます。天に宝を積むことを怠ってしまい、最高なパラダイス人生のスタートを妨げないように、注意することも重要なのです。なぜなら念入りに、天に宝を積んで備えただけが、最高なパラダイス人生のスタートを切れるからです。信じるか、信じられないかはあなた次第。しかし聖書は、全人生と全死の行き先と取扱説明書なのです。 しかし あなたは、今日から天に宝を積む人生に方向転換し、永遠に報われる天国人生を獲得できると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bibleの価値観へと100%パラダイムシフトさせて下さい。 そうすれば、皆の生活習慣のバランス良く変わり出して、天にも数多く宝を積みながら、悔いなき人生、死への備えも、しっかり出来るからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。AMEN!!! 

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