• sgbc-devotion

使徒の働き18:12~17

2018年11月18日(日) ディボーション聖句 使徒の働き18:12~17 12 ところが、ガリオがアカヤの地方総督であったとき、ユダヤ人たちはこぞってパウロに反抗し、彼を法廷に引いて行って、 13 「この人は、律法にそむいて神を拝むことを、人々に説き勧めています」と訴えた。 14 パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人に向かってこう言った。「ユダヤ人の諸君。不正事件や悪質な犯罪のことであれば、私は当然、あなたがたの訴えを取り上げもしようが、 15 あなたがたの、ことばや名称や律法に関する問題であるなら、自分たちで始末をつけるのがよかろう。私はそのようなことの裁判官にはなりたくない。」 16 こうして、彼らを法廷から追い出した。 17 そこで、みなの者は、会堂管理者ソステネを捕らえ、法廷の前で打ちたたいた。ガリオは、そのようなことは少しも気にしなかった。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 12節『ガリオ』とは,古代ローマ帝国統治下『ギリシャ・アカヤ州』の地方総督(州知事のような働き)であった人物。また アカヤ州とは,現在のギリシャ国・コリント湾の北上に位置する都市になります。 12~13節, ユダヤ人たちは,Jesusの十字架贖罪信仰による永遠の救いと自由を宣教し続けていた為に、聖霊に満たされて、誰にも止められない程の勢いがあった使徒パウロの態度と言葉を 妬んで 生意気だとののしり、その教えを信じられないと反抗して、総督に告発しました。 しかし、使徒パウロたちの裁判を依頼された ガリオ総督は,不思議な聖霊力と権威に満ちていた使徒パウロたちの強気なBible&メッセージの内容を恐れ、また特段 ローマ帝国の法律に対する違反が見つからないことを 根拠として、その訴えを却下したのです。このように聖書は、大半の人は皆、神様の存在に気づけず、また人生と死の意味や真理を知らずに仕方なく生きているために、使徒パウロたちのように強気で福音宣教や真理教育をする人々に嫉妬したり、迫害や無視をすることがあると預言します。無知ゆえに、嫉妬して怒ったり、迫害や無視をするしかないと預言するのです。 申命記31:6『強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。』 このように聖書は...もし、あなたが 神の御前に悔い改めて、周囲に滞りなく福音宣教や真理伝達をし続けようとする生活習慣と人間関係にパラダイムシフトするのなら、たとえ、どんなに大きな権力や敵の罠に支配されようとも、あなたの神様はあなたを親友として、特別に扱われるので、祈りの奇跡や不思議な援護が味方すると約束してくれます。福音宣教や真理伝達をする為に、無知ゆえに嫉妬や迫害する人々など気にし過ぎる必要はなく、伝道することへの恐れや不安を払拭し続ければその先に神の感動的な奇跡や援軍が待っていると預言するのです。しっかり 胸に書き記して下さい。 あなたは周囲の人々を永遠に救い出せる福音宣教や真理教育の大切と熱意よりも、自分本位の欲望と人に伝えることへの恐怖心が 上回っていませんか? あなたの神様は自分本位の都合や欲望に捕らわれている人々と周囲を恐れて、福音宣教や真理伝達を後回しにする人たちを 見て悲しまれるお方。神の奇跡と聖霊力に満ちたJesus信仰を生み出すのを妨げ、虚しいクリスチャンライフを築く原因は自分本位の都合や自己保身を 大切に生きることによるのです。肝に銘じあい、自分本位や自己保身の悪循環から自由に生きられるように祈りあいましょう。 また聖書は、使徒パウロたちのように、過去にたとえ 大きな罪悪や過ちを犯したとしても、Jesusの十字架のみことばを 堅く信じて悔い改め続けられるのなら、あなたの神様は、絶対にあなたを見捨てず、切り離さないと、約束してくれます。あなたの人生での様々なピンチと試練や重病は、神様に出会う聖霊体験のチャンス、敗者復活の悔い改めの機会でもあるのです。そしてBibleは、このような大きな苦しみと痛みを Jesus信仰のみことばで乗り越えようとする者には、いく倍もの良い報いが待っていると、約束するのです。Jesus信仰者には希望があり続けのです。 16節,また聖書は、使徒パウロは短気で、完全な人ではなかったのですが、全ての出会う人々に Jesusの福音宣教や真理伝達をする 愛の使命だけは全うし続けていた為に、いつも 神様の聖霊力に満たされており、Jesusのような奇跡的な御業を 引き出せていたと教え説きます。そしてこの時も使徒パウロは、彼の信仰生活の恩恵により、この不法裁判や権力者と大群衆の圧力と嫉妬から奇跡的に逃れられたのです。 このように聖書は、もし、あなたがみことばの命令を 堅く握りしめて 前進し続けるのなら、たった一人でも、千人や万人力の神の奇跡やコネクションさえも引き出させると、預言します。何よりも福音宣教や真理伝達を 大切に生き続ける人たちは皆、Jesusや使徒パウロたちのように聖霊に満たされていき、様々な恐れや悪循環を払拭しやすくなれると預言するのです。永遠に報われるクリスチャンライフを築くには、福音宣教や真理伝達が 必要不可欠な使命なのです。目を覚まして、日々 福音宣教や真理伝達が できるように祈りあいましょう。 17節,使徒パウロたちへの嫉妬や怒りの行き場を失った群衆たちでしたが、使徒パウロたちを告訴できないと聞くと 暴動をあきらめ、今度は使徒パウロたちの伝道を許可したユダヤ教の会堂責任者・ソステネを 打ちたたき始めました。結局、ユダヤ人たちは仲間割れをし出したのです。人は多勢になると、冷静な判断力を欠きやすくなります。 あなたは、真理(神のみことば)、正義、愛よりも、正しくない大勢の勢いに惑わされたり、影響され過ぎる傾向がありませんか? どんな状況下でも みことばを思い巡らして、神様よりも人様を恐れたり、周囲に惑わされず、自分自身がどうあるべきか 見つめ直すことが大切です。 あなたは絶対的な真理、正義、愛よりも、周囲の多数の誤った意見や思考に惑わされる傾向がありませんか? 何よりも絶対的な真理、正義、愛を優先させる事が 永遠に報われる幸福人生に必要不可欠だからです。 そして、ガリオ地方の総督やローマ政府はユダヤ人たちの暴動にあきれ果て、全く関わり合おうとさえしませんでした。使徒パウロたちの方が 正しいと感じ始めていたのです。また、とばっちりを受けたユダヤ教の会堂責任者・ソステネも、ユダヤ教の仲間たちが神信仰があると自称しながらも、旧約聖書のみことばではなく身勝手な罪深い感情を 大切に行動している姿を見て、彼もJesus信仰に回心することになったのです。 あなたはJesus信仰があると言いながら、絶対的な真理であるみことばよりも 自分本位の都合、真理から反れた価値感や感情を 大切にし過ぎる傾向がありませんか? 絶対的な真理であるみことばよりも、自分勝手な都合や真理から外れた価値観と感情を 優先させる信仰ほど、哀れで、虚しい宗教はありません。この点を 注意し続ける事が重要です。 申命記23:27 あなたの神は言われた。『わたしは、わたしへの恐れを あなたの周囲に起こさせ、あなたがそこに入って行く民達のすべてをかき乱し、あなたのすべての敵があなたに背を見せて、逃げるようにしよう。』 イザヤ書54:17 あなたの神様は約束しました。『あなたを攻めるために作られる武器は、どれも役に立たなくなる。また、さばきの時、あなたを責めたててくる、どんな舌でも、あなたはそれを罪に定められる。これが、主の御言葉を行う、わたしのしもべたちの受け継ぐ分、わたしから受ける彼らへの義なる約束である」』 そして聖書で...あなたの神様は、もし あなたが 今日から本気で福音宣教や真理伝達をしようとする生活習慣に回心するのなら、あなたの神様の聖霊や天使たちは、あなたが伝道するがゆえに攻撃してくる相手方の生活や心霊をかき乱したり、相手の仲間割れさえも引き起こして、あなたを助け導き、報いて下さると 約束してくれます。聖書のみことばに従順になろうとする人は皆、絶対的な神様の奇跡や援軍を受けられるのです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆の霊の目を開き、誤っている多勢のパワーと内なる敵の声に屈しない、本物のJesus信仰力を 増し加えて、自然かつ日常的に福音宣教や真理伝達を語り続けられるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆、永遠に報われる幸福人生に必要な奇跡や鉄壁な天使の援軍を受けられるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! iPadから送信 

3回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

ヨハネの福音書7:14~18

2020年2月23日(日) ディボーション聖句 ヨハネの福音書7:14~18 14 しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた。 15 ユダヤ人たちは驚いて言った。「この人は正規に学んだことがないのに、どうして学問があるのか。」 16 そこでイエスは彼らに答えて言われた。「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。 17 だれでも神

ヨハネの福音書7:10~13

2020年2月22日(土) ディボーション聖句  ヨハネの福音書7:10~13 10 しかし、兄弟たちが仮庵の祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。 11 ユダヤ人たちは、祭りのとき、「あの方はどこにおられるのか」と言って、イエスを捜していた。 12 そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ」と言う者もあり、「