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使徒の働き17:28~34

2018年11月14日(水) ディボーション聖句 使徒の働き17:28~34 28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、「私たちもまたその子孫である」と言ったとおりです。 29 そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像や建物と同じものと考えてはいけません。 30 神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。 31 なぜなら、神は、お立てになったひとりの人により、神の義をもってこの世界をさばくため、その日を決めておられるからです。そして、その方イエスを死者の中からよみがえらせることによって、このことの確証をすべての人にお与えになったのです。」 32  死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、ほかの者たちは、「このことについては、またいつか聞くことにしよう」と言った。 33 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。 34 しかし、彼につき従って信仰に入った人たちもいた。それは、アレオパゴスの裁判官デオヌシオ、ダマリスという女、その他の人々であった。 [聖句メッセージ] 本日で、使徒の働き17章は終わりです。 では、聖句をあげてから説明します。 創世記2:7『神である主はちりで人を形造り、その鼻にいのちの息、霊を吹き込まれて、最初の人たちを造られた。』 28~29節, このようにBibleは、人は皆、創造主なる神様からの愛と似た性質の霊が吹き込まれているので、神に似た良心、神聖さもあわせ持った特別な生物だと教え説きます。ですから、全生物の中で神礼拝するのは人間だけなのです。このように聖書は、神に選ばれし賢い人間以外の生物は神礼拝などできないと、教え説くのです。 あなたは、神に選ばれし神聖さを併せ持つ、賢い礼拝者であることを自覚して、生きていますか? なぜなら聖書は、獣や昆虫などの他の生物たちは神礼拝などできないと教え説くからです。神礼拝する自身の神聖さ、尊さに気づくことです。 また聖書は...あなたは、神の御子Jesusの十字架上の愛と聖なるみことばを 信じ受け入れられているので、この世では貴重な神聖な賢い器でもあると教え説きます。自分の隠された全き清さや正しさや賢さに気づくことも重要なのです。なぜなら聖書は、神の清さと良心を 大切に神礼拝奉仕できる人に真の愚か者はいないと、教え説くからです。しっかり 胸に書き記して下さい。 イザヤ書43:4 創造主なる神は言われた。『わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だから わたしは,あなたの代わりにし、命を贖わせるのだ。』 このようにBibleでは...あなたは不完全なところはありますが、実は神様に非常に良く似ている部分も多くあるので 神の知恵とご性格であるみことばを受け入れることができており、あなたは、この日本、世界の中でも、神の特別な最高傑作だと教え説きます。最高傑作でなければ、神のみことばを信じ理解することは不可能だと教え説くのです。 そして聖書は、Jesus信仰を信じる あなたは、特別に神の奥義「Bible」を読み悟ることが許されており、神の御子Jesusはあなたを贖罪して永遠に生かす為に、わざわざ十字架上で死ぬことで永遠なる救いと愛を 全うされたと教え説くのです。この神様からの特別な福音と無限なる愛を受けられたことに気づくことが重要です。 あなたは神様から特別な福音と奥義を知ることが許された 特別な神の選民であることや、大切な神の使命を 任されたまことのクリスチャンであることを 自覚して生きていますか? なぜなら聖書は、これらの人生と死の奥義や神の福音を しっかり 把握して 生き続けなければ、永遠に報われる幸福人生や天国行きの確信を見失うと預言するからです。しっかり 自覚できるように 祈ることが何よりも大切です。 そして聖書は、父なる神様にそっくりに造られ、父なる神様に特別に愛されている「神の子」たちは、日本や世界中の神との平和や永遠なる神の救いを 祈りつつ、周囲の人々を神の教会や天国に救い導く、愛の漁師としての使命があると教え説きます。あなたの救い主Jesusは、これらの神の選びと使命を しっかりと人生の目的として据えながら、Jesusの十字架信仰のみことばを誇りにして生きられる人は皆、永遠に報われる為に必要な聖霊の奇跡と愛力が任されると約束したのです。この神からのあなたへの召命と使命を 忘れずに生き抜くことが永遠に報われる幸福人生に必要不可欠なのです。 聖書は神の召命と使命を 忘れて後回しにしてしまったり、自分自身の生きる意味と真理やセルフイメージを誤り続ける人は、結果、神の聖霊を悲しませることになり、神様の存在や天国行きさえも確信できない、虚しい人生を強いられると教え説くのです。 目を覚まして、内なる聖霊に目を向けましょう。 創世記1:28『神は造られた男女を祝福され、彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。そして、すべての動物を支配せよ。」』 創世記2:24『それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。』 29節, またBibleは...あなたの神様は、ひとり寂しく満たされずに生きている人々には運命的な男女関係を与え、夫婦関係という「結婚」の祝福を通じて、生殖の(子孫繁栄)の祝福を与えられると教え説きます。実はJesus&Bibleのみことば(真理)のおかげて、この日本や世界の先進国の結婚制度は「一夫多妻制」ではなく「一夫一婦制」とされたのも事実なのです。Jesus&Bibleのみことばは男尊女卑の色の隠しきれない差別社会において、女性の良き理解者、助け主ともなって、世界の男女格差を修正して下さっているのです。なぜならBibleで一夫多妻は罪だと教え説いており、どんな人(男女差含む)でも 格差(えこひいき)をもうけること事態が罪だと教え説くからです。Bible&Jesusのみことばの真理を 世界中に広めて下さった神様や、真のクリスチャンたちの人生を賭けた働きが行き過ぎた男女関係などの様々な差別、格差を解決に導けているのです。神様や神の働きに従事し続けている兄弟姉妹たちに感謝することも大切なのです。なぜなら聖書は、神様や教会の兄弟姉妹たちを愛して感謝することを 大切に生きる人は皆、いく倍も報われると約束するからです。 マタイ福音書28:17『使徒たちは、死から3日後に復活したイエスにお会いしたとき、礼拝した。しかし、ある者は疑った。』 ヨハネ福音書3:16~18『神は、実に、そのひとり子・イエスをお与えになったほどに、世を愛された。それは御子・イエスを信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子・イエスを世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子・イエスによって世が救われるためである。御子・イエスを信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子・イエスの御名を信じなかったので、すでにさばかれている。』 31~34節,このように神の御子・イエスは、ご自分を信じる全ての人達の罪悪や過ちを贖罪して救い出す為に、わざわざ十字架について命を投げ捨て、その3日後に、旧約聖書の預言通りに、父なる神様の御力で、永遠の霊的な新しいカラダでよみがえり、今は、神の子たちが 天国に来ることを 心待ちにして、神の国で待っていて下さっていると教え説きます。そして聖書は、このJesus&Bibleの福音による約束を 期待して信じられる人々には、永遠の希望が与えられることになり、信じようとしない人たちは、その選択通りに死は恐れと滅びになり変わると、預言するのです。聖書は、来るべき永遠なる祖国「神の国(天国)」行きを 待ち望みながら 福音宣教を大切に生きる人は皆、永遠なる平安や幸人生を 手に入れられると約束するのです。胸に書き記して下さい。 マタイ福音書8:13『それから、イエスは言われた。「さあ、いきなさい。あなたの信じたとおりになるように。」』 しかしあなたはBible&Jesusの福音や約束を 100%受け入れて、兄弟姉妹たちと福音宣教や教会礼拝奉仕の為に尽力する 聖霊に満ちた神の器に成長していき、大切なすべての人々を天国行きの洗礼に導き、永遠に報われる幸福人生を築けると期待します。なぜなら聖書は、神の使命やご計画の為に人生を費やすクリスチャンは、永遠に安泰だと約束するからです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆の霊の目を開かせ、自分の高価さと偉大な可能性に気づかせ、神様から与えられたビジョンや使命を 悟り行えるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆、自分らしい、永遠に報われる幸福人生を 生き続けられるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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