• sgbc-devotion

使徒の働き17:5~7

2018年11月7日(水) ディボーション聖句 使徒の働き17:5~7 5 ところが、ねたみにかられたユダヤ人は、町のならず者をかり集め、暴動を起こして町を騒がせ、またヤソンの家を襲い、ふたりを人々の前に引き出そうとして捜した。 6 しかし、見つからないので、ヤソンと兄弟姉妹たちの幾人かを、町の役人たちのところへひっぱって行き、大声でこう言った。「世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます。 7 それをヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、イエスという別の王がいると言って、カイザルの詔勅にそむく行いをしているのです。」 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 では、聖句をあげてから説明します。 ヨハネ福音書8:32,36『あなたがたは真理のみことばを知り、その真理はあなたがたを自由にします。ですから、もし神の御子イエスがあなたがたを自由にすると言われるなら、あなたがたは、ほんとうに自由なのです。』 使徒の働き16:31『使徒パウロとテモテのふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。』 第二コリント3:17『主なる神は聖霊です。そして、主の聖霊のあるところには真の自由が表れるのです。』 ローマ書8:1『こういうわけで、今は、キリスト・イエスを信じる者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、聖霊のいのちの原理が、信じる者たちの罪と死の原理から、解放してくれたからです。』 このように聖書は、神の御子Jesusを信じて、自分の人生での罪悪やあやまちを省みて悔い改め続ける者たちは、Jesusが十字架上で身代わりの死と弁護による贖罪をして下さることになり、神様からは罪人として裁かれない永遠なる天国人生て自由が与えられると、約束してくれます。これが福音なのです。神の御子Jesusの十字架贖罪信仰は、他宗教の教える因果応報、罰、輪廻転生、死んだら終わりなどの法則を消し去る 神の唯一の救いの道となれるのです。しっかり 胸に書き記して下さい。 また聖書は、神のみことばを堅く信じて受け入れて悔い改め続けようとする義人たちは、いつも神の聖霊がご一緒して助け導いてくださるため、必要以上の人間関係の恐れとしがらみや束縛から開放されて生きられ、何をしても、何を食べても、本物の自由を手に入れられると預言します。聖書はみことばを堅く信じて それを行い続ければ、あなたの自由と幸福感は揺るがなくなれると約束するのです。 あなたは日々の仕事や人間関係に縛られて、本当の幸福感や揺るがぬ自由感を 手放していませんか? 本当に幸福、自由ですか? なぜなら聖書は、神のみことばを 思考や行動に移し続けなければ、まことの幸福感や揺るがぬ自由感は長続きできないと預言するからです。肝に銘じあい、中途半端に神のみことばを思考や行動にして、まことの自由や幸福感を手放さないように気をつけあいましょう。中途半端では、神信仰や聖霊を持たない人生と代わり映えない、中途半端な自由、揺らいだ幸福感に苦労するからです。 また聖書は、人は皆、Bibleのみことばを 素直に信じて受け入れて、そのみことば通りに歩もうと尽力し続ける時、内なる聖霊の癒しや不思議が後押しすることになり、何ものも恐れない、本物の愛と強さや身軽な自由など、生きる喜びや永遠に朽ちない使命感を体感できるようになると約束してくれます。Jesusの十字架信仰のみことばに堅く信頼し続ければ、あなたの全ての必要や心配は満たされ続ける幸福感や自由感を 勝ち取れると約束するのです。聖書は、真理に従い生き続ける人たちは皆、永遠に揺るがない自由と幸福感や不思議な癒しも体得できると約束するのです。 5~7節, この時、ユダヤ教と他宗教や無神論者達は、「人は皆、神の御子Jesusを信じて悔い改め続けようと祈り尽力するだけで、永遠に神様から赦されて救われ、洗礼を受けると永遠なる助け主 聖霊を受けられて、永遠の天国人生の道を 歩める。」と確信を持って教えていた使徒パウロとテモテの姿を見て、嫉妬しながら怒って、言いました。「なんだ、それ!? 聖書のみことばを信じて悔い改め続けるだけで永遠に救われる!? 神の御子Jesusの十字架贖罪信仰を信じなければ、神の赦しや永遠に報われる天国人生はなし得ない!? 信じなければ、地獄しかいけない⁈ ふざけるな!」と、彼らの多くは、人生と死の意味や行き先さえ分からない無知な状態であったのに、全く根拠や確信のない独自の宗教論を語り出し、使徒パウロたちに嫉妬して怒り出し、反抗したのでした。 聖書は、神のみことばや信仰なくして、人は皆、人生と死の意味と真理や行き先が分からずに、ただ 欲望や感情に振り回されて、虚しく生きるしかなく、いつか すべてを手放しながら、滅び死ぬしかない存在に過ぎないと教え説くからです。しかし聖書はJesus信仰に人生を傾け続ける人は皆、人生と死の恐れ、その意味、真理、行き先、恐れを すべて克服できる永遠に報われる幸福者たちで、永遠なる神の子になり変われると約束するのです。 尚、Jesus信仰以外の世界四大宗教(ユダヤ教,イスラム教,仏教,ヒンドゥー教)の正当な教えには、どれも食べていけない物が多数あり、それらは、人は好き放題の自由に生きて、過ちを犯せば、罰や悲しい因果応報を受けるか、死後 滅びるしかないと、はっきり教え説いています。Bibleは無知な知ったかぶりの宗教論や、聖書に反抗する独自の神学は捨て去る方が、人間のためだと忠告するのです。聖書は、神のみことばを そのまま受け入れる素直さが重要であり、難しく考え過ぎる必要はないと忠告するのです。 あなたはJesus信仰を信じると告白しながらも、神のみことば以外を 大切に信頼し過ぎて、どっちつかずな虚しいクリスチャンライフを生きてしまって、神の感動的な奇跡と癒しや、天国行きの確信や洗礼者を 手放してしまっていませんか? なぜなら聖書は、神のみことばを 何より 第1に生きようと祈る姿勢と生き様こそが 永遠に報われる幸福人生には必要不可欠だと預言するからです。神のみことばが、神の救いそのものなのです。 5~6節, このテサロニケ滞在時、使徒パウロとテモテを 接待してくれていたヤソンは、地元の仲間たちから裏切り者扱いをされて迫害されていました。 このように聖書は、神様や真理を誤解している 無知な人々は、神信仰のみことばを 大胆に語れるクリスチャンたちや、新たなチャレンジをする勇敢な目立った働きをする人々を ねたんだり、迫害すると預言します。永遠に報われる幸福人生、神体験を 獲得するには周囲からの嫉妬、誤解、迫害はつきものなのです。 あなたは神のみことばからの福音や真理を 大胆に語れる人々や、新しいことに勇敢にチャレンジする開拓者を 嫉妬したり、やっかみを 持つことはありませんか? なぜなら聖書は、真理と福音宣教者を真理に敵対する人々や勇気ある開拓者たちに嫉妬して妨げるだけの人々は、数多くの神の祝福や奇跡を手放すと預言するからです。 ヨハネ福音書5:10~12 Jesusは言われました。『しかし、神の義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。わたし・イエスのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。』 このように聖書は、ヤソンfamilyは教会から語られるみことばを堅く信じて、出会ってまもない使徒パウロとテモテを 神の家族として受け入れて もてなしただけで、周囲に誤解されて悪口を言われて迫害されたと、教え説きます。しかし聖書は、この時 ヤソンと家族たちはBible&メッセージを堅く信じることで、迫害を恐れずに洗礼を受けて、今や、世界中に語り続けられる伝説的なクリスチャンとしての名声と栄誉を受けられたと教え説くのです。このように聖書は、神のみことばを堅く信じるか、信じられないかで、人生や死後、神様からの栄誉や恩恵に大差が生じることがあると預言するのです。肝に銘じあいましょう。 しかし、あなたとあなたのご家族は、ヤソンFamilyのように、Jesusのみことばと神の教会力を 大切に信頼して、周囲に迫害されようともひるまず、何をしても永遠に報われる幸福人生を勝ち取れると期待します。神のみことばに聞き従う人々とご家族は永遠に特別に報われるからです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、ヤソンたちのように聖書のみことばとJesusの教会力を 堅く信頼させ、何ものも恐れない、真の自由と、神の愛と使命感を与えて 助け導いて下さい。 そうすれば 皆、神様からの感動的な奇跡と百倍の恩恵を手に入れられるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

4回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

ヨハネの福音書7:14~18

2020年2月23日(日) ディボーション聖句 ヨハネの福音書7:14~18 14 しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた。 15 ユダヤ人たちは驚いて言った。「この人は正規に学んだことがないのに、どうして学問があるのか。」 16 そこでイエスは彼らに答えて言われた。「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。 17 だれでも神

ヨハネの福音書7:10~13

2020年2月22日(土) ディボーション聖句  ヨハネの福音書7:10~13 10 しかし、兄弟たちが仮庵の祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。 11 ユダヤ人たちは、祭りのとき、「あの方はどこにおられるのか」と言って、イエスを捜していた。 12 そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ」と言う者もあり、「