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使徒の働き14:11~15

2018年10月13日(土) ディボーション聖句 使徒の働き14:11~15 11 パウロのしたことを見た群衆は、声を張り上げ、ルカオニヤ語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」と言った。 12 そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人であったので、パウロをヘルメスと呼んだ。 13 すると、町の門の前にあるゼウス神殿の祭司は、雄牛数頭と花飾りを門の前に携えて来て、群衆といっしょに、いけにえをささげようとした。 14 これを聞いた使徒バルナバとパウロは衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら、 15 言った。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。」 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 11~13節, この時、使徒パウロとバルナバが生まれつき歩けない青年を、Jesusのお名前の祈りで奇跡的に癒すと、それを見ていたJesus信仰を知らない地元の人達は『彼らは人間の姿をしているが、まさにギリシャ神話の伝説の神ゼウスとヘルメスのようだ!』と、大パニックになって、使徒パウロとバルナバを崇めたてました。このように聖書は、人は皆、目に見えない神の御子Jesusよりも、目に見えるカリスマ性のある人々や政治経済や学問の成功者たちを崇めたてる罪や過ちを犯すと預言します。 あなたは神の御子Jesusとそのみことばよりも、目に見える魅力ある人間を重んじる大罪や過ちを犯す傾向がありませんか? なぜなら聖書は、神様とそのみことば以上に、目に見える人間のカリスタ性や言葉を重んじる人は未来や死後に悲しい結末を刈り取ると預言するからです。肝にめいじあいましょう。 この『ゼウスとヘルメス』とは、ギリシャ神話というフィクション(作り話)の大神ゼウスと息子のヘルメスになります。この物語は、地上の人間たちの様子を見て回る為に、大神ゼウスの親子たちが旅人の姿に変装して、人間界のあちこちの町や村を歩き回ったという物語でした。実話とフィクションは区別しなくてはなりません。しかし聖書は、実話であり、世界史そのものなのです。 15節,Jesusのお名前を使った奇跡的な祈祷力で、生まれつきに歩けなかった人を癒した 使徒パウロとバルナバは、群衆たちに自分たちはただの人間であり、自分たちは神の福音宣教と教会開拓の使命の為に生きているので、時々、Jesusのお名前で祈る時には信じられない神の奇跡が起こるのだと証ししたのです。このように聖書は、使徒パウロたちのように、人を救う福音宣教活動や教会開拓を 大切にして生活し続ける人は皆、時々、不可能さえ可能にできる祈祷力がまかされると約束します。人は皆、どんなに才能に満ち溢れても、Jesusのような神にはなれませんが、Jesusのみことばを第一に生き続ければ、神の御子Jesusのような奇跡的祈祷力が任されるのです。 そして聖書は...聖書の教える創造主なる神様以外の目に見えるものや人間を 神様のように偶像視し過ぎては、本物の神様を敵にまわす恐れがあると、忠告しています。神様が創造された人間などの生物や目に見える偶像を 神のように偶像視し過ぎないことが大切なのです。目をさましあいましょう。 この時、使徒パウロとバルナバの祈りの奇跡を目の当たりにした人々は、興奮して妄想を膨らませ過ぎてしまい、使徒パウロたちを特別な神のような人々だと誤って、供え物や生けにえまで、捧げようとしたのでした。 あなたは才能のある人々、偉人、社会的成功者や目に見える縁起あると言われる偶像などを 神様のように偶像視すぎる傾向がありませんか? なぜなら聖書は、神様が創造された人間や目に見える物を むやみやたらと神様のように崇める人たちはみな、神様から忌み嫌われると注意しており、それどころか、そういう無知な人々は訳のわからない変な悪霊を 引き寄せると忠告しているからです。 肝に銘じあいましょう。 詩篇51:16『たとい私が供え物をささげても、 まことに、神はいけにえを喜ばれません。』 また聖書は、多くの人々は勘違いをしており、目に見えない神様や 亡くなられた霊的な存在に対して、供え物や生けにえを捧げようとしますが、霊的な存在に食物の捧げ物は意味を持たないと、ハッキリと教え説いています。目に見えない神様や亡くなった霊的な存在に対して、大切なのは供え物ではなく、真心がこもっているかどうかなのです。しっかり 胸に書き記して下さい。 ヨハネ福音書15:7~8Jesusは言われた『あなたがたがわたしにとどまり、わたしのみことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。それは、あなたがたが多くの実を結び、わたしイエスの弟子となることによって、わたしの父なる神は栄光をお受けになるのです。』 ローマ書12:2『この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。』 このように聖書は、もし あなたも神の奇跡的な恵みと願いごとを より多く叶えたいのならば、また、大切な人々を全員、死後の天国に救い導きたいのならば、社会の流行や他人にばかり影響されずに、使徒パウロたちのように心を一新して、人を救える福音宣教活動や 神様の直接的なお手伝いができる教会奉仕活動を 大切にすることも問われると教え説きます。そして聖書、社会の流行や他者ばかりに影響されずに、自分らしさを 大切に持ち続ける事も大切だと教え説いてるのです。永遠に報われる祈祷力、聖霊力を獲得するには人生観と生活習慣のあり方を 聖書から一新にするしかないと預言するのです。 あなたも使徒パウロたちのように、人を永遠に救える福音宣教や神様の直接的なお手伝いとなる教会奉仕の使命を第一に生きられるように一新していき、時々、信じられないほどの神の奇跡的な祈祷力が任され、永遠に報われる幸福人生を築けると期待します。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、Bibleのみことばで 心を一心させ、やたらと世の中の作り話や流行ごとに影響され過ぎたり、人やモノを偶像視しないように助け導き、人を救える福音宣教活動や神様の直接的なお手伝いとなる教会奉仕の使命を 大切に生き続けられるように助け導いて下さい。 そうすれば 皆、必要以上の祈りの奇跡を 獲得出来るからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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