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使徒の働き14:8~10

2018年10月12日(金) ディボーション聖句 使徒の働き14:8~10 8 ルステラでのことであるが、ある足のきかない人がすわっていた。彼は生まれつき足のなえた人で、歩いたことがなかった。 9 この人がパウロの話すみことはに耳を傾けていた。パウロは彼に目を留め、いやされる信仰があるのを見て、 10 大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言った。すると彼は飛び上がって、歩き出した。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 8節,『ルステラ』という町は、当時の小アジヤ州ルカオニア地方の小さな街。現在のトルコ共和国東部に位置します。 8節,使徒パウロとバルナバは、天国行きの確信に満ちており、Jesusの十字架贖罪信仰による永遠なる救いと人生と真理であるをみことばを大胆に語って生活していたので、人を救う為の隣人愛とみことばの行いの乏しいご利益信仰者や異教徒たちから嫉妬され、嫌がらせを受けたことが しばしばありました。しかし使徒パウロとバルナバの二人は、いつも神のみことばを信頼して従うクリスチャンライフを選択して 隣人を救う使命を大切に生きられていた為、Jesusのような聖霊力や奇跡力に満ちており、非協力的な信仰者や霊的に無知な敵対者の雑音を 恐れずに宣教旅行を続けてることで良い実を結び、この「ルステラ」という町に辿り着いたのです。このように聖書は、使徒パウロとバルナバのように.何よりもJesusの人を救う愛の福音宣教命令や天に宝を積む教会奉仕を 喜びや使命とさえすれば、Jesusのような聖霊力と奇跡的な祈祷力や天国行きの確信が任されると約束するのです。 あなたは死後の行き先の定まっていない不信仰者たちの非協力的な態度や冷たい嫉妬などを 気にしてしまうことがありませんか? なぜなら聖書は、人を救う隣人愛や聖書の行いが乏しいために虚しいご利益信仰に陥っている非協力な人々や霊的無知な異教徒など、気にする必要はないと教え説くからです。そういう無知な人々のことは祈り委ねて、ただ あなたは自身や大切な人々が永遠に報われる幸福人生を獲得できるように尽力し続ければよいと教え説くのです。目をさましあいましょう。 マタイの福音書5:11~13 主イエスは言われた。『わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々はそのように迫害したのです。あなたがたは、地の塩なのです。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。』 このようにBibleは、Jesusの命令通りに人を救える福音宣教活動や教会礼拝奉仕を誇りにすればするほど、人生の揺るがぬ使命感とまことの幸福感を手に入れられるようになり、不思議と、福音宣教活動や教会礼拝奉仕をしない人たちよりも、見えない敵からの災難や攻撃からも、長い間 守られると預言します。Jesusが命じた福音宣教活動や教会礼拝奉仕さえ 誇りに生き続ければ、それだけで永遠にいく倍も報われると約束するのです。しっかり 胸に書き記して下さい。 ローマの手紙8:34~35,37『あなたを罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、あなたのためにとりなしていてくださるのです。私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方・イエスによって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。』 また聖書は、この使徒パウロ達のように洗礼を受けてから福音宣教活動や教会礼拝奉仕を大切に生き続ければ、誰でも、人生と死後の行き先や神の真理を悟るチャンスに恵まれますが、霊的に無知な人々から嫉妬されて、誤解されたり迫害される試練を 一時期、受けることになると、預言します。しかし聖書は、もし、あなたがそれらの試練に屈せず、神に選ばれて救われた意味と救霊の使命を、何よりの誇りや喜びにできれば、Jesusのような聖霊力や祈祷力が任され、どんな試練、艱難を受けても、全く倒されず、何もかも圧倒的に勝利出来ると、約束するのです。聖書のみことばと神の教会奉仕や福音宣教活動を 大切に誇りとして生き続ける人は皆、不思議に内なる聖霊や天使の援軍に守られると約束するのです。これら目に見えない摂理を しっかり胸に書き記して下さい。 また聖書は、周囲の人様の誤解や非協力的な迫害を恐れ過ぎて、大切な人々を救える福音宣教活動や教会奉仕を怠り続ければ、せっかく受けた神の聖霊力や奇跡的な祈祷力も衰え果て、虚しい、喜びのないご利益宗教者に陥ると預言しています。 あなたの現状は、如何でしょう? しかし、あなたは今日から福音宣教活動や教会形成の為に祈りつつ尽力して、Jesusや使徒パウロたちのような大胆な聖霊力と奇跡力に満ちた圧倒的な幸福人生を築けると期待します。日々のみことばから素直に悔い改め続ける人は皆、必ず特別に報われ続けるからです。 8~9節, そしてこの時...この町で使徒パウロとバルナバは『生まれつき, 足が不自由で歩いた事のない人』に出会いました。 マタイ福音書21:14『宮(礼拝堂)の中で、盲人や足の不自由な人たちが、イエスのみもとに来たので、イエスは彼らをいやされた。』 マタイ福音書10:7~8Jesusは、信じる人々に強く言われた『行って「天の御国』を宣べ伝えなさい。そして病人をいやし、死人をも生き返らせ、ツァラアト(不治の病・らい病)に冒された者をきよめ、人々から悪霊を追い出してやりなさい。』 また聖書は、神の御子Jesusの十字架贖罪信仰を信じて、永遠のチャンスに恵まれたあなたは、神の国の福音や真理を宣べ伝える使命や義務が任されており、周囲の病気を患う人々や問題を抱えている人々のために祈り、また、人生での悩みや見えない悪霊に捕えられている人々を みことばで開放して助け導く使命が任されていると、教え説きます。聖書はこれらの使命や義務を大切に生きさえすれば、人は皆、聖霊に満たされていき、時には必要な奇跡を生み出す祈祷力をも手に入れられて、安泰な人生を送れると約束するのです。あなたは、周囲の病気ある人々のために祈ってあげたり、人生と死の意味や行き先が確定できていない 悪霊や罪の支配に陥っている人々に永遠の命とチャンスを証し伝える義務が生じたのです。聖書は、この第一の使命と義務を 誇りや喜びとして生き続ければ、永遠に報われる幸福人生を獲得できると約束するのです。 あなたは何をするために生きており、あなたは死んだら、どうなりますか? あなたの人生の未来や死後は安泰ですか? もし、安泰だと考えられるなら、それはなぜですか? 聖書は、唯一、これらの答えを教えてくれる人生と死の取扱い説明書なのです。 9~10節, この日、使徒パウロのみことばメッセージを 真心から素直に聞き入れ、まるで幼児のように確信できた 足なえの人の姿を見たパウロは、彼が癒される純な信仰があることを確信して、大胆に祈ってあげました。するとその時、足の不自由な人は奇跡的に歩き出せたのです。 第一サムエル16:7『主なる神は人が見るようには見られない。人はうわべを見るが、主は人の心を見られる。』 マルコ福音書9:23『するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」』 マタイ福音書8:13『それから、イエスは言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。』 このように聖書は、使徒パウロたちのように神の使命に全力を傾けて生活している聖職者と、足なえの人のようにみことばメッセージを素直に聞き従える信仰者が心一つに祈れれば、感動的な奇跡が起こると約束してくれます。 聖書は、これらの奇跡が 世界中に起き続けた為に、聖書のみことばと神の教会は、こうして、あなたの元に届けられたと教え説くのです。神の教会から語られる聖書メッセージを素直に聞き従える純な心霊と信仰心さえ、大切に育てられれば、神の不思議に恵まれて、永遠に報われ続けるのです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たして、まるで 幼児のようになって、教会の聖書メッセージや主イエスのお名前の祈りには無限なる聖霊のPowerが宿っていることを 確信させて下さい。 そうすれば 皆、必要や奇跡を生み出せる教会祈祷力を 引き出せるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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