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使徒の働き8:1〜4

2018年8月3日(金) ディボーション聖句 使徒の働き8:1~4 1 サウロは、ステパノを殺すことに同意していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。 2 敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。 3 サウロは教会を荒らし、家々に入って、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。 4 他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。 [聖句メッセージ] 今日から使徒の働きは8章です。 1節,『サウロ』とは...最初は、Jesus信仰に反抗するユダヤ教徒でしたが、 この直後 天国からのJesusの御声や愛の鞭を体験して、神様からの叱責と重病を与えられることで回心させられた、若かりし頃の使徒パウロの別名です。 このように聖書は、サウロのように熱心かつ敬虔なJesus信仰者や神の教会に犯行や迫害する人々は神様からの苦しい愛の鞭、人生での大試練や艱難がやってくると預言します。 また使徒パウロは、この時は『サウロ』と名乗っており、彼は裕福な有力者の家庭に育った 熱心かつエリートのユダヤ教徒であり、将来は有望な律法学者か政治家になれる環境下にありました。 この時のサウロは...たった一人で多勢にJesusの十字架信仰による福音や真理のメッセージを、堂々と語っていたステパノを ねたんで激怒してしまい、ステパノを殺害した仲間の一人でもあったのです。そしてステパノを 殺害したサウロは、この日以来、ねたみと怒りの悪霊に取り憑かれてしまい、キリスト教会への反抗、迫害、暴力を起こし始めたのです。 あなたはBibleのみことばやJesusの教会に反抗する傾向がありませんか? なぜなら聖書は...悪霊に支配されると 人々はBibleのみことばやJesusの教会に反抗すると預言するからです。聖書はサタン、悪霊、悪魔に支配されるとJesusの教会で礼拝奉仕ができなくなると預言するのです。悪霊、サタン、悪魔はBibleのみことばやJesusの教会が何より苦手なのです。胸に書き記して下さい。 また、サウロをはじめとする裕福で有力なユダヤ教徒達は、自分たちを特別視する傲慢な傾向が強く、人は皆、敬虔なユダヤ教徒たちしか 天国には行けないと考えており、人生で数多くの罪悪を犯した不良、快楽主義傾向の人、経済主義の傾向の人々は愚かであり、いくら悔い改めようが 肉体の死後、天国に行ける訳がないと、差別する思考が 強かったのです。しかし聖書は、これらの傾向の人々であったとしても、Jesusの十字架贖罪信仰を信じて、悔い改め続ければ、肉体の死後の地獄行きを免れ、永遠なる幸福人生(天国行き)を勝ち取れると約束するのです。Jesusの十字架贖罪信仰は、世界人類の唯一、永遠の希望なのです。 ローマ信徒への手紙8:1~2『今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスの十字架にある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。』 ローマ信徒への手紙10:10~11『人はイエスを心に信じて、神様に義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」』 ヨハネ福音書11:25~26『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』 第一コリントの手紙1:13『十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。』 新約聖書は、ユダヤ教徒たちのような敬虔な信仰生活を歩んでこれなくとも、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの死と弁護を 受け入れて、祈りつつ 悔い改め続ける気さえあるのなら、人は皆、神の赦しと天国行きを 手に入れられると、約束してくれます。仏教やヒンドゥー教のように出家や悟りの道を開けなくとも、またイスラム教のように戒律を守れなくとも、Jesusの十字架贖罪信仰だけは信じ 悔い改め続ければ、永遠に救われるのです。なぜなら聖書で...あなたの救い主 Jesusだけは 神の実子なので、世界人類を救い導ける特別な神の権威が任されていると約束するからです。Bible&Jesusを 信じて 悔い改め続ける者たちは皆、必ず救われるのです。 ですから、このとき、旧約聖書だけを信じて 敬虔に生きようとしていた有力なユダヤ教徒たちは、Jesusを信じて悔い改め続ければ、人は誰でも 神の御子Jesusの十字架贖罪信仰ゆえに、神様にゆるされて、永遠の人生のチャンス、天国行きが約束されるという、新約聖書のJesusのメッセージを嫉妬して受け入れられず、Jesus信仰に言いがかりをつけて、神の教会を迫害し出したのです。 2節, しかし聖書は...Jesusの十字架信仰の福音のみことばには 神様からの本物の言霊力と聖霊力が宿っていた為に、教会のリーダー・ステパノが迫害されて殺されても、教会のJesusFamilyたちは、誰一人、つまずかなかったと教え説きます。このように聖書は、神の御子Jesusの十字架力や聖書信仰を確信しようとする人は皆、何が起きても動じなくなり、周囲から迫害されたり、試練が起これば起こる程、かえって聖霊からの奇跡、後押し、インスピレーション、愛、勇気、知恵が 力強く湧いてくると、預言します。人は皆、人生を賭けて聖書信仰とJesusの十字架力を 生き様に表しながら、教会に繋がり伝道し続けるならば、聖霊に満たされていき、聖霊や天国行きの確信が育っていくと約束するのです。聖霊に満たされるように祈り続けることも重要です。 あなたは、人生の大きな試練に出会ったり、迫害されると すぐに落ち込んだり、信仰が弱まってしまう傾向がありませんか? なぜなら聖書は...もしあなたが、人生で迫害や試練を受ける時に、Bible&Jesusのみことばからの救いと助けを ただ 確信して期待し続けられれば、あなたの内なる聖霊は満たされていき、何をしても動じずになり、神様はあなたの人生の全責任を 永遠に負って下さると、約束するからです。人生での試練と迫害の苦しみに屈することなく、Bible&Jesusのみことばの約束と希望を 絶えず選択する人たちに神の聖霊の奇跡、天国行きの確信が任されると約束するのです。しっかり 胸に書き記して下さい。 第一ヨハネ4:8『愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。』 第一ヨハネの手紙4:16『主イエスを信じる私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。』 3節, またBibleは、神様のご性質とは『愛』そのモノだと教え説きます。 しかし聖書は、サウロや裕福なエリートユダヤ教徒たちは、何よりも大切な神愛と隣人愛よりも、自らたちのゆがんだプライド、伝統、常識感、利己心、自尊心、怒り、嫉妬による暴力(暴言)を選択してしまったので、全く聖書信仰が 役に立たなかったと教え説くのです。 あなたは神愛と隣人愛よりも、自らのプライド、利己心、自尊心、怒り、嫉妬による悪口、暴言など 好む傾向がありませんか? なぜなら聖書は,何よりも神愛と隣人愛を大切に生き続けなければ、神の永遠なる恩恵や祝福は現れにくいと忠告するからです。 第一ヨハネ4:18『愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。』 第一コリントの手紙13:13『こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。』 4節, そして聖書は、Jesusの十字架贖罪信仰による 神の愛に捕えられて 聖霊に満たされた人は皆、いつも神愛と隣人愛に基づいた思考や使命感が働くので 天国への確信も強められ、常に未来や人間関係での恐れや不安を締め出せると、預言します。ですから、たった一人で多勢に立ち向かって 殺されたステパノや初代教会の仲間たちも、どんなに迫害されても 全く恐れずに、Jesusの十字架の福音を 語り続けられたのでした。 あなたには しっかりした生きる動機、ブレない使命がありますか? また、あなたには人生を賭けてまで愛せる存在が ありますか? なぜなら聖書で.'.人は皆、ブレない使命や 命懸けで愛せる存在を得られた時、真の幸福感を得られるからです。聖書とは、人間に永遠なる使命とビジョンを与えられる、全人生の取扱説明書。そして聖書は、神の無限なる愛を 教えられる愛の教科書。聖書のみことば、真理を 生き様にする人は皆、永遠に報われる幸福人生を勝ち取れるのです。AMEN (祈り) 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Jesusの十字架信仰力と神の本物の愛で満たして下さい。 そうすれば皆、何事や、何者をも恐れなくなり、永遠なる幸福人生を 獲得できるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!! 

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