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使徒の働き7:23~25

2018年7月21日(土)

ディボーション聖句

使徒の働き7:23~25

23

四十歳になったころ、モーセはその兄弟であるイスラエル人を、顧みる心を起こしました。

24

そして、同胞のひとりが虐待されているのを見て、その人をかばい、エジプト人を打ち倒して、乱暴されているその人の仕返しをしました。

25

彼は、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、みなが理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

23節,エジプト王室の王女の養子として、エリート教育を受けるかたわらで、イスラエル人の実母から神のみことばと祈りで育てられてきた預言者モーセは、40歳を迎えました。

尚、当時のエジプト人たち偶像崇拝がはびこっており、真の神礼拝をする人たちはイスラエル民族くらいでした。

しかし、エジプト王室に育てられたモーセだけは 偶像礼拝をせず、聖書に沿った まことの神礼拝だけを していたのです。ただ、当時はモーセが神礼拝を公にしてしまうと、自分がイスラエル民族だとばれてしまい、神の使命を行う前に殺される危険性があった為に、やむなく エジプト人のように振舞って生活していたのです。当時のエジプト王は、神の民 イスラエル人の有能な資質と稀に見る信仰心を恐れていた為、イスラエル人の子どもたちを虐殺していた暗黒の時代でした。

23節,そして40歳を迎えたモーセは しっかりとした信仰心が備わっていき、主なる神様から与えられたビジョンと使命を 実現する気持ちが起こされていたのです。そして彼は、信仰を持たないエジプトの仲間たちよりも、同じ聖書信仰を持つイスラエル人(神の家族、兄弟姉妹)たちを、更に意識して愛するようになったのです。このように聖書は、同じ聖書信仰を持つ仲間たちは特別な関係性があり、永遠なる神の家族関係を形成すると教え説きます。同じ神の家族たちは、死んでも、永遠に付き合うことになる特別な関係性があると教え説くのです。

またBibleは、愛に冷えている現代社会の人間関係の大半は類は類を呼ぶという言葉通り、大した信頼関係もなく、生きる使命とビジョンの一致もない、いつ壊れてなくなるか分からない程度の関係性が 殆どであると預言します。同じJesus信仰の神の家族たちと違って、未来や死後、全く疎遠になる関係性が 大半だと預言するのです。

また聖書は、この行き過ぎた経済至上主義社会では、属する組織や個々の損得勘定ばかり追求しがちな薄っぺらい友愛関係や異性関係が主流になってしまっていると教え説くのです。

あなたには、何もかもさらけ出せる友愛関係、同じ信仰と同じ価値観を共有できる、死んでも同じ行き先だと確信できる真の永遠なる親友関係を持っていますか?

なぜなら聖書は、Jesusやモーセたちのように、同じ聖書信仰の神の家族関係を大切に築く人は皆、永遠にいく倍も報われる人間関係を築けると預言するからです。真理に反する友人関係と付き合い方では、永遠なる幸福人生は成り立たないと預言するのです。友人とその付き合い方は非常に大切であり、あなたの人生と死後を不運、不幸にしたり、また、あなたの人生の未来と死後を 幸運や幸福にする可能性があるのです。聖書とは人間関係で幸運、永遠なる幸福を手にするために必要な、人生の徳を高められる 人間関係取扱説明書。真理に沿った人間関係を形成する人は皆、永遠なるまことの神の家族、親友関係を築けるのです。

23節,しかしBibleは、神に選ばれて集められたJesusFamily関係とは、いつも神様がご介入してくださる為に、お互いの人生の徳と幸運を高め合える、神の無限なる愛を秘めた 永遠なる人間関係を形成する可能性があると教え説きます。預言者モーセも、この神の愛、真理に基づく人間関係形成に気づいたのです。そして聖書は、あなたの関わる教会の中には永遠なる親友関係、あなたの人生と死後の徳と幸運を高め合える神の家族関係が 存在していると、教え説きます。教会のJesusFamily関係とは神様が公認している、永遠なる神の親友(家族)関係の可能性があると預言するのです。

ヨハネの福音書13:34~35主イエスは言われた。『教会にいるあなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。』

マルコ福音書3:35主イエスは言われた。『神のみことばを行う人は誰でも、わたしの兄弟、姉妹、また父母なのです。』

このようにJesusは、血縁関係の家族以外に、Bibleを信じて生き様にする人々同志は、神に選ばれて集められた大切な永遠なる家族関係だと、教え説きました。神の家族の中には、あなたの使命やビジョンを成功させ、永遠に報われる幸福人生を築くのに重要なキーパーソンが 何人か存在していると約束するのです。しっかり 胸に書き記して下さい。あなたにも、日々のBible&メッセージで 心一つに信じて祈り合い、神の奇跡を揺り動かせるまことの神の信仰の家族、あなたを永遠に報われる幸福人生をもたらさせる 教会のJesusFamily関係を見つけられると期待します。

そしてこの時、40歳になったモーセも この神に選ばれし人間関係(神の家族関係)の重要性に気づいて、悔い改め、エジプトの遊び仲間たちよりも 神の民たちを大切に愛する生活習慣を 選択したのでした。それからモーセは、十戒をのべ伝える偉人、世界的な英雄に成り代わっていくのです。

24~25節,モーセは 信仰を持たないエジプト人が エジプトの権力を使って、信仰深いイスラエル人を差別して罵倒しながら、暴力を振るっている姿を見て、同じ神を信じる仲間として血が騒ぎ、そのエジプト人の暴力をやめさせ、仕返ししました。その時モーセは、自分の仕返しは 正当防衛であり、同じ神を信じる仲間たちに理解され、神様や神の家族たちからも褒められる、立派な行為だと勘違いしたのです。

ローマ信徒への手紙12:17~19『だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたし・神のすることである。わたしが報いをする、と主なる神は言われた。」』

このようにBibleは、どんな原因があろうとも、権力や武力と腕力にモノを言わせる戦争、暴力や暴言は 正しいとは、教えないと教え説きます。モーセは、熱くなりすぎて、この真理を 忘れてしまっていたのです。

あなたは、熱くなると、神のみことば、真理を 忘れがちではありませんか?

なぜなら聖書は、怒って熱くなると、神様や真理から外れる大失敗の可能性があると預言するからです。怒って熱くなる時ほど、真理、信仰が試されるのです。目をさましあいましょう。

マタイ福音書5:38~39主イエスは言われた。『あなたがたも聞いているとおり、「目には目を、歯には歯を」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい』

マタイ福音書5:43~44主イエスは命じた。『あなたがたも聞いているとおり、「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。』

そしてBible&Jesusは、たとえ どんなことをされようとも、決して 復讐はせず、あなたの父なる神様に祈り任せることだけを 教え勧めています。なぜなら聖書は、人々や国々が 復讐心と怒りに燃えて 復讐し合えば、その争いに歯止めがなくなり、ただ憎しみと悲しみや虚しさだけがつのるばかりだからだと、教え説くからです。あなたには、ゆるせない関係、争い続ける人間関係はありませんか?

もし いるのなら 無視、悪口、暴力、陰口などの復讐をしたことはありませんか?

復讐は、神様がすること。復讐すれば、罪悪の苦い刈り取り、人生での痛み、苦しみ、虚しさが やってくるからです。赦そうと尽力する人がいく倍も報われるのです。

あなたの人間関係に現れる、Jesusのような無限なる愛と許す力や平和力に期待します。神の愛に生きようと尽力し続ける人だけが、永遠に報われる幸福人生を確信できるのです。AMEN

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たし 永遠なる神の家族達と心一つに祈れる、真の愛の関係を築かせて下さい。

そうすれば 皆、神の偉大なる御業と奇跡や 更なる幸福人生を刈り取れるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

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