• sgbc-devotion

ローマ信徒への手紙12:4~11

2018年5月7日(月) ディボーション聖句

ローマ信徒への手紙12:4~11 4

一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、

5

教会に大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。

6

私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。

7

奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。

8

みことばを勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。

9

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。

10

兄弟姉妹愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。 [聖句メッセージ]

昨日の続きです。

では、聖句をあげてから説明します。

第一コリントの手紙10:17『キリストのパンは一つですから、教会にいる私たちは、多数であっても、一つの神のからだとなるのです。それは、みなの者がともに一つの命のパン、キリストを食べるからです。』

第一コリントの手紙12:13~14『私たちはみな、ユダヤ人も外国人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの神の御霊によって洗礼を受け、そして、教会のすべての者が一つの御霊を飲む者とされたのです。確かに、神のからだは、ただ一つの器官ではなく、多くの一人一人の器官から成り立っています。』

4~5節,このようにBibleは...神の御子Jesusの贖罪信仰を信じてみことば通りに洗礼を受けた人々は「神の子」とされる特権を受けており、同じ教会の仲間たちは永遠なる一家(神の家族)たちだと、教え説きます。そして聖書は、同じ教会の仲間たちは神のカラダの役割りを果たすことで、偉大な神の祝福とJesusのような神の奇跡や御業を任されると、教え説くのです。

あなたは 同じ教会の仲間たちは、父なる神様が集めた 特別な一家(神の家族)であり、共に祈り合いながら愛し合い奉仕し続ければ、神の特別な御業や奇跡が任されることを ご存知でしたか?

なぜなら聖書は、教会の仲間たちを神の家族のように受け入れようとしなければ、形式的な宗教に陥り、神の奇跡的な御業や祈り以上の祝福は皆無になると預言するからです。

聖書は父なる神様の一家(神の家族)たちを大切に愛せない人々には、目に見えない父なる神様を愛せる訳がないと教え説くからです。父なる神様を 愛するまことの信仰とは、神の家族たちと祈り協力し合って愛し合う生活習慣と生き様に現れるのです。各自 目を覚まして、永遠なる神の家族関係を目指すことも重要なのです。

また聖書は、あなたの大切な周囲の人々を 一人でも多く救う為には同じ教会の神の家族たちの祈りや協力が必要不可欠だと教え説きます。聖書は同じ教会の仲間たちの中には、あなたの永遠の同志、戦友たちがいると教え説くのです。

あなたは同じ教会のJesusFamilyたちと宗教的な表向きの付き合いだけではなく、人生と神の使命を行うための永遠なる同志、戦友として、向き合えていますか?

それとも、週一度 顔を見る程度の関係に甘んじてしまい、神の家族には遠い関係性に陥っていませんか?

なぜなら聖書はJesusFamilyたちを 永遠なる同志、戦友として受け入れ合い、心一つに祈り合おうとしなければ、山をも動かせる程の神の奇跡や人を救う聖霊力は引き出せないと預言するからです。脱宗教をして、山をも動かせる まことの神の家族関係を目指していきましょう。

第一ヨハネの手紙4:7~8『教会にいる愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。』

5節,このように聖書は同じ教会で繋がっているJesusFamilyとは、ただの同じ宗教や似た者同士な仲良しグループでもなく、一人一人が 神のカラダの一部となって神の使命と奇跡を引き出すために、父なる神様が特別に選んで集めた 永遠の関係性があると、教え説きます。あなたの関わる教会の仲間たちは、神の教会外の友人たちとは違い、死んでも、永遠に付き合うことになる神の特別な家族たちだと教え説くのです。これらの神のみことばを 信じるか、信じられないかは あなた次第です。しかし聖書は同じ教会のJesusFamilyたちと心一つに結束して生活しようとする人たちにしか、神の永遠なる奇跡や救霊者は任されないと預言するのです。なぜなら、あなたの神様は神愛、教会愛、隣人愛に強く働かれるからです。

また、もし あなたが教会外に大切な仲間がいるのなら、一刻も早く、神の国と神の教会に救い導いてあげることが重要なのです。目をさましあいましょう。

第一コリントの手紙12:4~7『さて、神からの賜物にはいろいろの種類がありますが、皆に与えられた聖霊は同じ御霊です。また、教会の奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。また、働きにもいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。そして、個人の利益だけではなく、皆の益となるために、おのおのに御霊の現れが与えられているのです。』

6~8節,そしてBibleは、神のまことのカラダの役割や奇跡を起こせる 健康的な教会形成とは、様々に違った個性(年齢、性別、性格、職種、趣向、才能)を持っている人たちが 同じみことばで一つの使命を果たそうと尽力する愛の業が重要だと、教え説きます。教会のJesusFamilyたちは、同じ神のご計画と使命を行うために集められた 永遠なる神の戦友たちだと自覚し合うことが重要なのです。聖書は、神の選びとJesusのみことばを堅く信頼して、教会のJesusFamilyを誰よりも気遣い、愛し合おうと協力しあえる人は皆、必ず、神の感動的な奇跡や救霊者を獲得できると約束するからです。

マタイ福音書6:20Jesusは言った。『自分の宝は、天にたくわえなさい。』

またBibleは、それぞれの神から与えられた能力と恵みを使って、出来る限りの教会奉仕や献金をして、天にも宝を積むことも重要だと教え説いています。天に宝を積まずして、神の感動的な繁栄や永遠なる恩恵などあり得ないのです。目をさまして、出来る限り、天に宝を積み上げましょう。

あなたは天に宝を積める教会奉仕や献金など、定期的にしっかりできていますか?

それとも天に宝を積まずして、神の感動的な奇跡、繁栄、永遠なる恩恵を勝ち取れると、非常識なことを考えていませんか?

なぜなら聖書は、定期時に天に宝を積める人たちの方が 必ず、いく倍も報われると預言するからです。

また聖書は...天に宝を積める愛の奉仕とは...聖書の真理を教えられる人であれば教えるべきであり、真理であるみことばを周囲に証ししてみことばを守るように勧めたり、比較的生活に余裕のある人は惜しまずに周囲に分け与えたり、指導する立場の人は熱心に指導したりなど、しっかり天に宝を積むようにと命じているのです。

あなたはこれらの天に宝を積む奉仕活動を バランス良くこなせていますか?

もし、あなたが 天に宝を積むことを怠っているのなら、そのままで、あなたの未来や死後は、本当に大丈夫といえますか?

なぜなら聖書は、もし、あなたに神の永遠なる恩恵や生活の向上と繁栄が必要ならば、出来る限りの奉仕や献金などを捧げることも重要だと教え説くからです。聖書は、惜しまずに喜んで捧げられる人は皆、主が豊かに報いて下さると約束するからです。

9~10節,また聖書は...教会の仲間たちと共に教会をたてあげようとする奉仕活動なくして、神様からの百倍の奇跡や永遠なる幸福人生はあり得ないと教え説きます。聖書は「神の子」とされた 教会のJesusFamilyたちが 同じみことばで一致しようと結束して、お互いに出来る限りの奉仕や使命を果たすことで 真心からの信頼関係さえ築ければ、神の感動的な奇跡や永遠なる幸福人生は任されるとら預言するからです。

あなたと教会の仲間たちが 同じみことばからの使命で結束して、天に宝を積む奉仕活動が盛んになっていき、あなたや仲間たちにも神の感動的な繁栄や永遠なる幸福人生が任されると 期待します。AMEN

(祈り) 主なる神様、皆が 教会の仲間たちと同じみことばからの使命で結束して、出来る限りの奉仕や献金などをして、しっかり天に宝を積めるように助け導いて下さい。

そうすれば、皆にも神の百倍の奇跡や永遠なる幸福人生を引き出せるからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。AMEN!!!

4回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

ヨハネの福音書7:14~18

2020年2月23日(日) ディボーション聖句 ヨハネの福音書7:14~18 14 しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた。 15 ユダヤ人たちは驚いて言った。「この人は正規に学んだことがないのに、どうして学問があるのか。」 16 そこでイエスは彼らに答えて言われた。「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。 17 だれでも神

ヨハネの福音書7:10~13

2020年2月22日(土) ディボーション聖句  ヨハネの福音書7:10~13 10 しかし、兄弟たちが仮庵の祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。 11 ユダヤ人たちは、祭りのとき、「あの方はどこにおられるのか」と言って、イエスを捜していた。 12 そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ」と言う者もあり、「