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ローマ信徒への手紙9:27~33

執筆者の写真: sgbc-devotionsgbc-devotion

2018年4月25日(水) ディボーション聖句

ローマ人への手紙9:27~33

27

また、イスラエルについては、預言者イザヤがこう叫んでいます。「たとい神の子どもたちの数は、海べの砂のようであっても、救われるのは、残された者である。

28

主は、みことばを完全に、しかも敏速に、地上に成し遂げられる。」

29

また、イザヤがこう預言したとおりです。「もし万軍の主が、私たちに子孫を残されなかったら、私たちはソドムのように滅び、ゴモラと同じように裁かれたであろう。」

30

では、どういうことになりますか。神の義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。すなわち、信仰による神の義です。

31

しかし、イスラエルは、神の義の律法を追い求めながら、その聖書の律法に到達しようとしませんでした。

32

なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、自分たちのつまずきの石につまずいたのです。

33

それは、聖書にこう書かれているとおりです。「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。しかし主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」

[聖句メッセージ]

本日でローマ信徒への手紙9章は終わりです。

では、聖句をあげてから説明します。

創世記35:10~13『主なる神様は祈りの人ヤコブに仰せられた。「あなたの名はヤコブであるが、あなたの名は、もう、ヤコブと呼んではならない。それは、わたしがあなたの信仰心を認めたからだ。あなたの名はイスラエルでなければならない。」それで彼は自分の名をイスラエルと呼ぶようになった。神は、また彼に仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたの子孫よ、生めよ。ふえよ。一つの国民、諸国の民のつどいが、今後、あなたから生まれていき、王たちがあなたの子孫たちから出る。わたしは信仰の父祖アブラハムとその子イサクに与えた約束の地を、あなたにも与え、あなたの後の子孫にもその地を相続させよう。」神はヤコブに語られたその所で、彼を離れて上られた。』

27節,元々『イスラエル』とは...「神に選ばれし民」たちを意味しておりました。「まことのイスラエル(神の民)」は、本来は心を尽くし、思いと知力を尽くして、日々神のみことばに人生を賭けた「ヤコブ」という人が、その信仰を神様に認められて、新しく与えられたユダヤ人たちの名称だったのです。この呼び名『イスラエル』とは、神と永遠の契約を結べた特別な選民、「神の子」という意味になります。また聖書は「イスラエル」とは、現代の『クリスチャン』も含まれると教え説きます。神の御子Jesusの十字架贖罪信仰により神様に救われて、日々、みことばに生きる「神の子」たちも含まれると教え説くのです。 胸に書き記して下さい。

そして聖書は、もし、あなたが 日々のBibleのみことばを基盤として、人生を 本気で築き上げようとするのなら、あなたもまことの「イスラエル(神の民)」として神様から認められるようになり、神様の子としての永遠なる特別待遇や奇跡を受けられると、約束するのです。

民数記21:5~9『イスラエルの民達は、神とその預言者モーセの御ことばに、逆らって言った。「なぜ、あなたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物にも飽き飽きした。」そこで主は不平を言うイスラエルの民の中に、燃える蛇を送られたので、毒蛇は不平不満を言った民達にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。すると、悔い改めた民達は、預言者モーセのところに来て、悔い改めて言った。「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、毒蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください。」預言者モーセは民のために祈った。すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべて蛇にかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きるようになる。」預言者モーセは御ことば通りに、一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。毒蛇が人をかんでも、その者達が青銅の蛇を仰ぎ見ると、人々は生きられた。』

また聖書は、Bibleのみことばを解き明かす教会の聖職者とは、神に選ばれし神の協力者たちであり、神様があなたに与えた人生の助け手、祈りの援軍だと教え説きます。この神の協力者となる教会の聖職者たちとみことばを通じて心一つに祈りあえれば、あなたにも神の御心や山をも動かせる奇跡を引き出せると、預言するのです。この神の摂理と神の国のシステムとを多用して生き続ければ、あなたは見えない敵に打ち勝てる教会力や大切な人々を救える聖霊力も引き出せると、預言するのです。

27~28節,『たといイスラエルの子どもたちの数は、海べの砂のようであっても、本当に救われるのは、残された者だけである。』

しかし聖書は、神に選ばれし「神の子」たちが、たとえ砂浜の砂のように多く増えたとしても、神に生かされている意味と神の使命を 全く理解できず、聖書のみことばに反抗して身勝手な欲望と快楽に溺れてしまえば、やがて、永遠なる神の恩恵や神の聖霊力はやせ衰えていくと、警告します。神のみことば(真理)や神の教会から外れていけば、結局、永遠なる神の子としての権威や偉大なる恩恵を手放す悪循環に陥ると預言するのです。肝にめいじあいましょう。

あなたは、日々のBibleのみことばや神の教会から離れて生き続けても、いつの日か、永遠なる恩恵や神のご計画を表す幸福人生を築けると過信することはありませんか?

なぜなら聖書は、神のみことばや神の教会の権威を軽視する小手先だけの信仰では、神の感動的な奇跡や永遠なる恩恵は期待できないと、断罪するからです。神様はあなたの生活習慣と人間関係のあり方やあなたの心の深みを 見られて、永遠なる恩恵と神の奇跡や祈りの応答を振り分けられるのです。何事も真理やルールから外れていれば、成功、勝利することはあり得ません。目をさましあいましょう。

29節,そして聖書は、神に選ばれし聖職者や預言者たちのBibleのみことばの警告を無視し続けた『ソドムとゴモラ』という大都市の市民たちは、結果、天変地異による大災害で裁かれて滅んだ歴史があると、証ししています。

このように聖書は、たとえ、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの死と弁護により救われた「神の子」たちであったとしても、神のみことばとその教会から語られる真理や預言を通して、自らを省みて祈り悔い改め続ける信仰を失えば、未来や死後にも患難やトラブルを刈り取る羽目に陥ると預言するのです。

あなたの未来や死後は、安泰ですか?

それとも、未来や死後の偉大なる恩恵を手放す悪循環なクリスチャンライフを 生きてしまっていませんか?

神の御子Jesusのみことばに素直に生きることこそが、不可能を可能にできる神の聖霊力や永遠に報われる幸福人生を引き出せることに繋がるからです。しかし聖書は、いつも Jesusの十字架を仰ぎ見つつ天に宝を積み、真理を通して悔い改め続ければ、永遠に報われる幸福人生のチャンスに恵まれると約束しています。決して、あきらめずに、今日から悔い改め続ければ、永遠に報われるのです。自分自身の未来や死後を 救ってあげて下さい。

マルコ福音書10:52『イエスは、言われた。「さあ、行きなさい。あなたのわたしへの信仰があなたを救ったのです。』」

30節,『信仰による義』とは、何よりも神のBibleのみことばを大切に信じて、日々、真心から悔い改め続けられる信仰心と生き様を 意味します。聖書は、このような信仰を 追求する人々は不可能を可能にする聖霊力や、夢とビジョンを成し遂げられる神の奇跡や援軍が任されると、教え説くのです。この聖書の黄金律を しっかり 胸に書き記して下さい。

ガラテヤの手紙2:16『それは、聖書の律法の行いによってではなく、イエスキリストを信じる信仰によって、神様に義と認められるためです。なぜなら、聖書の律法の行いによって義と認められる完全な者は、ひとりもいないからです。』

ローマ信徒への手紙10:11『聖書はこう言っています。「イエスキリストに信頼する者は、失望させられることがない。』

ローマ信徒への手紙5:5『イエスの希望は失望に終わることがありません。なぜなら、信仰を持つ 私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に 絶えず注がれているからなのです。』

31~32節,そして聖書は...今日から、もし あなたが神の御子Jesus(主イエス)の十字架のみことばに人生を託して悔い改め続ける教会生活を 築こうと祈り歩むならば、あなたの神様は、あなたの人生から悪霊(悪運)、永遠なる死(滅び)、未来の敗北、呪い、事故災い、貧困、諸々の束縛、恐怖、不安、過去のトラウマ、罪悪の苦しい刈り取りを すべて取り去って下さると、約束してくれます。すべては、あなた次第だと預言するのです。しかし、あなたは悔い改められると期待します。なぜなら、あなたの内なる聖霊は、それを望んでおられるからです。AMEN

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たして悔い改めさせ、神のみことばと神の教会の使命のために、JesusFamilyたちと一つ心で祈りつつ協力し合えるように、助け導いて下さい。

それさえできれば、皆の全ての物事や未来はプラスになり続け、永遠に報われる幸福人生が約束されるからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。AMEN!!!

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