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ローマ信徒への手紙7:16~21

2018年4月9日(月)

ディボーション聖句

ローマ信徒への手紙7:16~21

16

もし自分のしたくないことをしてしまっているとすれば、聖書の律法はすべて良いものであることを認めているわけです。

17

ですから、それを行っているのは、もはや私たちではなく、私たちのうちに住みついている罪なのです。

18

私たちは、私たちのうち、すなわち、私たちの肉体のうちに善が住んでいないのを知っています。私たちには善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することができないからです。

19

私たちは、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。

20

もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行っているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪なのです。

21

そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私たちに悪が宿っているという原理を見いだすのです。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

では、聖句をあげてから説明します。

創世記1:26『創造主なる神は仰せられた。「さあ人を造ろう。人をわたしのかたちとして、わたしに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように創造しよう。」』

このように聖書は、創造主なる神様は人間をご自分に似せて造られ、この世界の支配権を 人間に委ねられたと、教え説きます。だから、多くの人々は神のように全てをコントロールしようとしたがり、神の御心に似た良識、良心、正義、愛も宿っていると教え説くのです。

しかし同時に聖書は、人間は皆、神様と似ているだけで、神の御子Jesusのように他人を 肉体の死と滅びから救い出すことなどできず、神のように全てを思い通りに、また正しく運べられないと、教え説くのです。人は皆、不完全であり、まことの善を表現して生き続けることは不可能なのです。肝にめいじあいましょう。

16節, そして使徒パウロは、私たち人間は、父なる神に似ているだけの存在に過ぎず、完全なるお方である「神様」とは 全く格が違うので、聖書のみことばの真理を 正しいと思いつつも、完全に消化できず、何よりよ大切な人心、人命、隣人愛よりも自分勝手な欲望や罪悪を 追い掛けまわしてしまうと、教え説きました。

あなたは、使徒パウロからのみことばを どう思いますか?

あなたは自分は善人だと過信することはありませんか?

なぜなら聖書は、たとえクリスチャンであったとしても、みことばを 完全に行なえず、また神のみことば(真理)に従えば、悔いなき成功的かつ幸福人生を築けると、何処かで思いつつも、それさえ守れずに人生にさ迷ったり、躓きながら苦しみもだえて生きる羽目になると、預言するのです。ですから聖書は、人は皆、真理を通して悔い改め続けるしか、永遠なる幸福人生はなし得ないと教え説くのです。

あなたが 早急に悔い改めるべきこととは、一体 何ですか?

なぜなら聖書は、人生で大切なのは、如何にして善に生き続けられるかよりも、日々、如何にして悔い改め続けるかだと教え説くからです。目をさましあいましょう。

また聖書は...神様のご性質は聖さ、愛、善、そのものなのですが、人間には愛と善の他に罪悪の罪性が潜んでいると、教え説きます。だから人は皆、自分の意志や信仰と違う行動と思考に捕らわれて失敗することがあると、教え説くのです。

あなたは、本当の自分の意志や、あなたの夢や幸福人生を叶える為にやるべきことが しっかりできていますか?

あなたは、自分の意志や信仰通りにしっかり生きられていると断言できますか?

しかし聖書は、神の御子Jesusの十字架贖罪信仰は、あなたがコントロールできない悪い罪性を 全て清めて打ち消せる神の聖霊力を生み出せると約束します。日々の聖書のみことば(真理)を心に刻み、あなたの意志と信仰を 貫き通そうと祈りつつベストを尽くし、また真理を通して悔い改め続ければ良いだけだと約束するのです。

17~18節,また使徒パウロは、全ての人間の心霊には「分かっちゃいるけど止められない、悪い罪性」「神に似せて造られたゆえに、自分が人生の主だと過信したり、神を軽視する高慢な罪性」も住みついていると教え説いたのです。

あなたはこれらの悪い性質や勘違いのせいで、神、人生と死の真理について無知ではありませんか?

聖書とは、まことの神や人生と死の意味と真理について書き綴られた知恵の書。正しい神信仰、人生と死の真理を 悟れる人は皆、永遠に報われる知者とされるのです。

また聖書は、人は皆、これらの悪い性質や勘違いを素直に認めて 神の御子Jesusの十字架贖罪信仰にすがって祈り、真心から悔い改め続けられるのなら、あなたの悪い性質や勘違いは神様にゆるされ、永遠なる幸福人生を獲得できると、約束しています。そういう人の祈りと願いは 数多くかなえられていくと約束するのです。

ヨハネ福音書8:34『イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。聖書の罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。』

19~21節,聖書の教える「罪」とは、人間が守るべき真理を 軽視する的外れな生活習慣と人間関係のあり方を意味します。

あなたは人間が守るべき真理を軽視し過ぎて、日常的に、神のみことばに反する生活習慣や人間関係を 築いてしまっていませんか?

なぜなら聖書は、たとえ言い訳をしたとしても、真理に反する人は皆、いつの日か必ず、人生や死後に苦い刈り取りを強いられると、預言するからです。真理に反する生活習慣や人間関係があるのなら、真心から、本気で悔い改めようと心掛けて祈ることこそが 永遠に悔いなき幸福人生を生み出せると、教え説くのです。

あなたは真理に反することを 本気で悔い改めようと祈り、尽力していますか?

それとも、悔い改める意志や本気さが弱く、自分の人生をおとしめる真理に反する悪を 継続させていませんか?

なぜなら聖書は、あなたが本気になれれば、あなたの内なる聖霊は助けて導いて、永遠に報われる善の人生に造り変えて下さると、約束するからです。

ローマ信徒への手紙6:16~18『あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて、何かに服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは、聖書の教える罪の奴隷となって死に至り、あるいは信仰の従順の奴隷となって、神からの義に至るのです。神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた御ことばの教えの規準に心から服従し、今は罪から解放されて、神の義の奴隷、何ものからも自由となれたのです。』

また使徒パウロは、人生で、唯一支配されるべき存在は、創造主なる神様だけで充分であり、それ以外の魅力的な人間や属する組織、富や名誉などの欲望に支配され過ぎる人生は、罪深くて不幸に陥りやすいと、教え説いています。

あなたは、まことの神様とその真理なるみことば以外に支配されたり影響され過ぎてしまい、かえって不自由さや努力が報われない人生を 刈り取っていませんか?

あなたはホントに自由を感じて生きられていますか?

あなたの努力や苦労は、本当に報われるものですか?

なぜなら聖書は、これら二つが悔いなき幸福人生を獲得するには重要なポイントになると教え説くからです。

しかし聖書は、神の御子Jesusの十字架贖罪信仰とそのみことばは、あなたを それら全ての罪悪の支配から解放させて、あなたに真の自由と幸福人生を与えられる、神の力そのものだと教え説くのです。あなたの救い主Jesusとそのみことばだけは、永遠に期待を裏切らないのです。AMEN

(祈り)

主なる神様、皆がBibleのみことばを 具体的に表現できるように、また、たとえ罪悪や過ちを犯したとしても、本気で悔い改め続けられるように助け導いて下さい。

そうすれば 皆、Jesusの十字架贖罪信仰力と聖霊のおかげで、全ての罪の奴隷から解放されて、永遠に努力が報われる幸福人生になり変われるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

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