2018年3月9日(金) ディボーション聖句
ローマ人への手紙1:29~32
29
愚かな人達とは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、
30
そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、真理に反して高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、
31
わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。
32
ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。
[聖句メッセージ]
本日でローマ人への手紙1章は終わります。
29~31節,今日の聖句は人間の罪悪の性質「愚かさ」について 書き記しています。今日の聖句を胸に書き記して、真理に反する愚かな人とならぬようにら注意して生きることが重要です。聖書は全人類の真理と罪悪の説明書。聖書の知恵を 大切に悔い改め続ける人は皆、神様の祝福と平安を身につけられるのです。
29節,『あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者』とは、聖書から神のみことばを聞かされても、人として大切に守るべき真理、永遠なる真理から外れることを全く手放そうとせずに、悔い改めようとしない人々。何よりも重要な真理より自欲による感情や悪意を選択し続ける人を 指します。なぜなら、聖書は真理に反する悪意を押し通せば、結局、神の祝福と平安を手放すと忠告するからです。
マタイの福音書16:23『イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」』
このようにJesusや使徒ペテロたちは、時に強い言葉も発していましたが、これは真理に反する愚かな相手や見えない敵(サタン)に対してだけ使っており、決して、争いの為に使ったことはありませんでした。
このように聖書は、神の祝福と平安を受け続けるのに大切なのは自分の思う正義を追求することではなく、自身に悪意があるかどうか、そして、何よりも真理を大切に追求しているかどうかが重要だと、教え説いているのです。なぜなら聖書は、人は皆、真理に反していた 使徒ペテロのように自分本位の正義や優しさではまことの愛と神の正義を表せる訳などなく、信仰と真理を追求するしか、神の愛とまことの正義はなし得ないと、忠告するからです。人は皆、純粋な神信仰と真理探究なくして、まことの義人などなし得ないと忠告するのです。
あなたは真理に反する 自分本位の正義や自己満足な優しさによるクリスチャンライフを 築いていませんか?
人は皆、所詮、まことの正義を継続できず、Jesusのような無条件な愛も表現し続けられない身勝手な罪人だからです。
しかし聖書は、純粋なJesus信仰と内なる聖霊を通して、真理を追求し続けるのなら、神の認める正義と愛を表せると教え説きます。人間の力でできなくとも、あなたの内なる聖霊と純粋な信仰心にはそれができるのです。
29節『ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者』とは。いつも他人と比較し競争し過ぎたり、嫉妬意識が生じやすい人。聖書の命じた神の国拡大やJesus Love宣教の使命どころか、自欲の為に調子のいい偽りを口にしたり、神の国を建設するどころか 悪だくみや争いをやめない人の事を意味します。そして聖書は、こういう愚かな行為には気をつけるように教え諭しているのです。
30節,『そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者』とは。神様への敬愛や親心を軽んじる高慢な人。他人を赦して愛そうとする行為よりも、憎しみ、怒りを手放せない人。他人が天国に行こうが 地獄に行こうが無関心な人。聖書のみことばや真理に反する内容の大言壮語をする人。また、神の国第一主義どころか、自分の利益の為なら悪事を企む人の事を意味します。聖書は、こういう状況の人々も愚かだと、悔い改めを促しているのです。内なる聖霊は、悔い改める為の助け主。問題はありません。
31~32節『わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。』とは。神の主権をわきまえず、自分本位に生き続けてしまう人。約束を破ったまま、謝らずに平気で生活している人。自分の罪悪に甘く、他人の罪悪に厳しいので和解できず、かたくなに閉ざしている人。聖書は、こういう状況の人は気ををつけるように忠告するのです。クリスチャンとは、Jesusのように人を赦そうとする姿勢、生き様も重要だからです。あなたの内なる聖霊は 平和の主です。
詩篇69:5『神よ。あなたは全ての人の愚かしさをご存じです。 全人の数々の罪過は、あなたには隠されてはいません。』
このようにBibleは、人は皆、罪悪と過ちを犯す性質があるので、決して 他人を裁いたままの高慢に陥らないように。また、どんなに他人からひどい仕打ちをうけたとしても、全てを 他者の責任ばかりにせず、いつもみことば(真理)から 神様に赦された恵みを大切にして、自らと他者の心を吟味して 早期的な平和解決をするように、教え勧めます。
あなたには和解すべき人間関係はありませんか?
あなたの神様は回復の主だからです。
箴言1:32~33 主なる神様は言われた。『わきまえのない者のわたしへの背信は自分を殺すことになり、愚かな者の安心は自分を滅ぼすことになる。しかし、わたしのみことばに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、ほんとうに安らかである』
あなたがJesusの十字架と真理を追求して、人の愚かさから開放されていき、永続的な神の祝福と平安を獲得できると信じます。AMEN
(祈り)
主なる神様、皆がJesusの生き様と真理を追求するようになり、神の教える愚かな悪人にならぬように、助け導いて下さい。
そうすれば 皆、残された人生で、神の祝福と平安を獲得し続けられるからです。主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!