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第一コリントの手紙10:25~33

Jesus said,

「あなたの信じた通りになるように」

「何も思い煩わなくてもいい」

「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」

2017年12月13日(水)

ディボーション聖句

第一コリントの手紙10:25~33

25 市場に売っている肉は、良心の問題として調べ上げることはしないで、どれでも食べなさい。

26 地とそれに満ちているものは、主のものだからです。

27 もし、あなたがたが信仰のない者に招待されて、行きたいと思うときは、良心の問題として調べ上げることはしないで、自分の前に置かれる物はどれでも食べなさい。

28 しかし、もしだれかが、「これは偶像にささげた肉です」とあなたがたに言うなら、そう知らせた人のために、また良心のために、食べてはいけません。

29 私が良心と言うのは、あなたの良心ではなく、ほかの人の良心です。私の自由が、他の人の良心によってさばかれるわけがあるでしょうか。

30 もし、私が神に感謝をささげて食べるなら、私が感謝する物のために、そしられるわけがあるでしょうか。

31 こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。

32 ユダヤ人にも、ギリシヤ人にも、神の教会にも、つまずきを与えないようにしなさい。

33 私も、人々が救われるために、自分の利益を求めず、多くの人の利益を求め、どんなことでも、みなの人を救い喜ばせているのですから。

[聖句メッセージ]

本日で第一コリント人への手紙10章は終わりです。

では、聖句をあげてから説明します。

・創世記9:4

『肉は、そのいのちである血のついたままで、食べてはならない。』

・出エジプト記12:9

『羊肉は、生のままで、または、水で煮て食べてはならない。その頭も足も内臓も火で焼いて食べなければならない。』

・レビ記11:8

『あなたがたは、豚肉を食べてはならない。またそれらの死体に触れてもいけない。それらは、あなたがたには汚れたものであるからだ。』

25節 (25 市場に売っている肉は、良心の問題として調べ上げることはしないで、どれでも食べなさい。)

以前のBible&メッセージにも書いた事がありましたが、旧約聖書を信じているイスラム教、ユダヤ教の一部の人々はこれらの聖書のみことばにより、今でも豚肉や血のついた生肉などは食してはいけません。

また現在でも、正統なヒンドゥー教徒は豚肉を食してはならず、正統な仏教徒も肉類を食べれば汚れると教えられており、それらを食してはならないのです。

あなたは世界5大宗教の教えで、何を食べても汚れず、裁かれないのはJesus信仰だけであることをご存知でしたか?

しかし聖書は、Jesus信仰者だけは神の御子Jesusの十字架上の血潮で清められるので、何を食しても汚れずに済み、何を食べても悪霊や悪運を刈り取らずに済むと約束するのです。世界各地で、すべての食材を食べられると言い広めたのはキリスト教徒からだったのです。

あなたは、世界人類がすべての食材を食べても問題がないと言い広めてくれたのは、Bibleのみことばを宣べ伝えていたキリスト教徒たちだったと言うことを知っていましたか?

何を食べても裁かれず、汚れないと教え諭してくれたみことばへの感謝を忘れずに、食前に父なる神様に感謝して祈り続ける人は皆、更に報われるのです。

・創世記9:1~3

創造主なる神は言われた。『全ての生物よ、生めよ。ふえよ。地に満ちよ。野の獣、空の鳥、地の上を動くすべてのもの、それに海の魚、これらすべてはあなたがた人間を恐れておののこう。わたしはこれらをあなたがた人間にゆだねている。生きて動いているものはみな、あなたがた人間の食物である。それらは、緑の草と同じように、わたしがすべてのものを造り、あなたがたに与えたのだから。』

・使徒の働き10:14~15

『ペテロは言った。「主よ。わたしはすべての肉を食べる事はできません。私はまだ一度も、旧約聖書の教える、きよくない物や汚れた物を食べたことがないのです。」すると、天国から主イエスの御声があって、彼にこう言った。「全ての物は、わたし、主イエスの血潮ですでに清められた。だから、これからは清くないと、言ってはならない。」』

26~28節 (26 地とそれに満ちているものは、主のものだからです。27 もし、あなたがたが信仰のない者に招待されて、行きたいと思うときは、良心の問題として調べ上げることはしないで、自分の前に置かれる物はどれでも食べなさい。28 しかし、もしだれかが、「これは偶像にささげた肉です」とあなたがたに言うなら、そう知らせた人のために、また良心のために、食べてはいけません。)

聖書は、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの血潮とその死とは、Jesus信仰を信じるあなたに何を食べても汚れない自由と特権や、何を食べても呪いや裁きを刈り取らずに済む神の恵みをも与えた福音(Good News)だと教え説きます。なんでも食べれる自由と習慣を築いてくださった主イエスの十字架力に感謝することが大切なのです。

31~33節 (31 こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。32 ユダヤ人にも、ギリシヤ人にも、神の教会にも、つまずきを与えないようにしなさい。33 私も、人々が救われるために、自分の利益を求めず、多くの人の利益を求め、どんなことでも、みなの人を救い喜ばせているのですから。)

そして聖書は、Jesus信仰者たちは特別な「神の子」とされたので、他の世界五大宗教(仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教)や無神論者達とは違って、何を食べても汚れずにすみ、神様に裁かれず、また悪霊からも呪われないと約束してくれます。これがJesus信仰者たちだけの目に見えない特権とまことの自由です。

しかしBibleは、その食の特権を自慢してむさぼり過ぎて、他宗教者達や無神論者や貧困者達を卑下したりしてはならないと、教え説きます。何を食べても裁かれない神の特権と自由を与えられたからと言って、暴飲暴食をし過ぎず、貧困者たちにも分け与えようとする愛も大切です。肝に銘じましょう。

・マタイ福音書6:24~25

Jesusは言った。『あなたがたは、神にも仕え、また、この世の富と欲望にも仕えるということはできません。信仰の薄い人たち。だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したりしてはいけません。いのちは、食べ物より大切なものではありませんか。』

またBibleは、人は皆、食べ物の事で言い争ったり、飲食の事で自慢したり卑下したりすることや食い意地を張ってむさぼることは、愚かだと教え説きます。飲食をする時は、自らの健康や周囲の人々に配慮すべきだと教え説くのです。

31節 (こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。)

今日からあなたは、これらの聖書のみことばを胸に書き記して、日毎の飲食の恵みを心から感謝して祈りつつ、周囲の人々に主イエスを宣べ伝える為にも飲食を分かち合い、また時には、貧しい人達に分け与えられる愛に満ちた「神の子」になり変わることを期待します。食事をするときも、何をする時も、神様に感謝することと福音宣教する使命や困り人に与えようとする愛を忘れない人は皆、神様から更に数多くの恵みが与えられるのです。

あなたの日々の飲食や生活全般に現れる、神の栄光に期待します。 AMEN

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たして、何をも食べられる飲食の意味と自由の恵みを深く悟らせ、ただ食をむさほり楽しむだけではなく、主イエスの福音を宣べ伝える愛の為に用いたり、また時には、貧困者に分け与えられるまことの「神の子」にしてください。

そうすれば皆、更に、食生活と生活全般で恵まれて健康になり、周囲の人々を救い導きながら、神の栄光を表せられるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。

AMEN!!!

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