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第一ヨハネの手紙3:4~7

Bible said,

『神は愛です』

『恐れるな。主はあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい』

2017年4月12日(水)

ディボーション聖句

第一ヨハネの手紙 3:4~7 4 罪を犯している者はみな、不法を行っているのです。罪とは聖書の律法に逆らうことなのです。 5 キリストが現れたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。 6 だれでもキリストのうちにとどまる者は、罪を犯しません。罪を犯す者はだれも、キリストを見てもいないし、知ってもいないのです。 7 子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行う者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

では聖句から、あなたの祈りの応答と人生の良い実をむしばむ罪と、イエスの十字架力について確認しておきましょう。あなたは、更に主イエスの十字架の偉大な力を知る事になり、あなたの人生をおとしめてきた罪悪に打ち勝てる神の知恵を手に入れられることを期待します。

4節 (4 罪を犯している者はみな、不法を行っているのです。罪とは聖書の律法に逆らうことなのです。)

聖書の言う「罪」とは、ギリシャ語・原語訳聖書では「的外れ」「自分勝手な思考と真理に背く生き様」を意味します。

あなたには、聖書の教える罪悪、真理から的外れている価値観や生活習慣は見当たりませんか?

聖書は真理から的外れた人生を矯正できて、人生の徳をおとしめてきた罪悪から悔い改められる、個々の徳を高められる人生の取扱説明書。しっかり胸に書き記して矯正して下さい。

聖書は、人は皆、本来あるべき姿からズレていて、本当に大切な真理さら外れている思考、価値観、生活習慣を持っている人々を「罪人」だと教え説きます。また聖書は、人は皆、今の自分さえ良ければ、多くの大切な物事や真理をごまかして生きる性質を持つ、ズル賢い罪性を持っていると教え説くのです。そして聖書は大切な物事や真理をごまかして生き続ける人々は、いつの日か、人生や死後、必ず大きな損害を刈り取ると忠告するのです。

4節 (4 罪を犯している者はみな、不法を行っているのです。罪とは聖書の律法に逆らうことなのです。)

「律法」とは、聖書のみことばであり、この律法は人間が生きる上で何よりも大切にするべき真理、倫理観、価値観、信仰上のルール(神の定めた人間が守るべき決まりごと)を意味します。また「律法」は、神様からの勧め(命令)と言う意味があり、その律法を軽視して逆らう人生を神様から見ると「罪人」だと教え説くのです。

・ヨハネの福音書14:6

「わたしは道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもと(天国)に来ることはありません。」

・使徒の働き4:12

「このキリスト以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

5節 (5 キリストが現れたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。)

そして聖書は、人は皆、神が定めた 人間が守るべき律法を完全に守れる人などいないと、教え説きます。ですから世界人類は、完全なる正義と清い愛に生き続けた神の御子Jesusの、十字架上の身代わりの死と弁護による贖罪なくしては、永続的な成功と揺るがぬ幸福感とまことの平安を手にすることはできず、肉体の死後、自力で天国に行ける人などいないと、教え説くのです。人は皆、神様や他人の面前で、自分の人生は完全だなどと思い上がってはならないと忠告するのです。肝に命じてください。

しかし聖書は、主イエスの十字架信仰は、信じる全ての人々の的外れで、身勝手な罪深い人生を赦して清められる聖なる愛力が備わっており、信じる人々の罪悪を払拭できて、真理に生き続けられる神の聖霊力も備わっていると教え説くのです。

・ガラテヤの手紙6:14

「私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。」

・第一コリントの手紙1:18

「十字架の言葉は、滅びに至る人々には、愚かであっても、救いを受ける私たち には、神の力です。」

6節 (6 だれでもキリストのうちにとどまる者は、罪を犯しません。罪を犯す者はだれも、キリストを見てもいないし、知ってもいないのです。)

また聖書は、人は皆、真心から主イエスの十字架上の贖罪、永遠なる救いを悟れるようになると、何よりも主イエスの十字架を誇りとする人生に転化していき、何をしても神のみことばと聖霊が助け導いてくれると、約束します。主イエスの十字架とそのみことばに、自らの人生とその身を委ねられる人は皆、永続的な成功と揺るがぬ幸福感やまことの平安を手にすると約束するのです。

あなたは主イエスの十字架を、何よりの希望、誇りとできていますか?

聖書は、自分の財力、地位、経歴と持ち物や、自分自身の才能などを誇りとして生きる人は皆、いつの日か虚しい人生を刈り取ると預言します。なぜなら、それらの物事はすべて消えてなくなる「もみ殻」に過ぎず、Jesusの十字架とそのみことばは、永遠に語り継がれ続けられる神の恵みなので、唯一誇りとすべき事柄だと教え説くからです。Jesusの十字架信仰とそのみことばを誇りに生きられる人は皆、永遠にいく倍も報われるのです。

7節 (7 子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行う者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。)

そして聖書は、もしあなたが神の律法(みことば)を無視したり、また適当に聞き流しても、神の永続的な成功や平和や祈り以上の応答や幸福感を受けられると考えているのなら、そのような偽りと嘘の教えに、惑わされてはならないと忠告しています。Jesusの十字架信仰とそのみことばに人生を委ねられない人は皆、結局神の永続的な成功や幸福感は表れないと、忠告するのです。

・ヨシュア記1:8

「この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。」

・ミカ書7:7

「神は、みことばを悟り行う私の願いを聞いてくださる。 」

そして聖書は、Jesusの十字架信仰を祈り求められる人は皆、肉体の死後苦しまずに、神の国に連れて行かれて救われると、約束してくれます。しかし聖書は、主イエスの十字架とそのみことばを誇りとして、何よりも大切に守り続けようとする人は皆、父なる神様から正しい義人として数えられ、何をしても努力が報われたり、多くの願いごとも刈り取れると約束するのです。

あなたも、主イエスの十字架信仰とそのみことばを何よりの誇りとして生きられ、絶対に努力が報われる人生になり変われることを期待します。

AMEN

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たし、主イエスの十字架とそのみことばを、何よりの誇りとして、生きられるようにして下さい。 そうすれば 皆、主イエスのような情熱的な愛の御業や完全な正義の実を結べたり、何をしても、努力が報われる人生になり変われるからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。

AMEN!!!!

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