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ローマ人への手紙14:1~4

Bible said,

『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』

『心を尽くして主に拠り頼め。 自分の悟りにたよるな』

『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

2016年11月19日(土)

ディボーション聖句

ローマ信徒への手紙14:1~4 1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見を裁いてはいけません。 2 何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。 3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。 4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。

[聖句メッセージ]

本日からローマ信徒への手紙は14章です。 では、聖句をあげてから説明します。

・第一コリントの手紙9:22 『使徒パウロは信仰の弱い人々に対しては、自らも弱い者のように振る舞いました。それは、弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなるように心掛けました。それは、何とかして、幾人かでも霊的に無知な人と弱い人を救うためです。』

1節 (1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見を裁いてはいけません。)

このようにBibleは、見えない敵と自分の欲望に支配されてしまっているために、神のみことばを聞いても自らの罪悪と過ちに気づけず、頑固で悔い改められない人は皆、霊的に無知な人であり、信仰の弱い人たちだと教え説きます。

あなたは日々のBible & メッセージを聞く時、真摯に悔い改めようとするどころか、いつも人ごとのように聞き流すことはありませんか? また、Bible & メッセージを聞いても、頑固で、ほとんど悔い改めようとせず、代わり映えのない生活習慣を築き続けていませんか? こういう人に神の奇跡や願いの成就は皆無です。あなたの信仰状態は、いかがでしょうか?よく、吟味することが大切です。

しかし聖書は、信仰の弱い人々を救い出すためにも、こういう信仰の弱い未熟な人々を裁き過ぎないように、いつも忍耐するようにと教え説いています。 あなたは信仰の弱い人々を、さげすんだり、裁き過ぎることはありませんか? 聖書は、こういう信仰の弱い、また頑固な人たちは、あなたが厳しく裁かなくとも自滅してしまうので、神の試練や敵の攻撃に苦しむことが多いと預言します。だから、他人を裁かないように注意することが大切なのです。

・コロサイの手紙1:11 『あなたがは神の栄光ある権能に従い、聖霊の力をもって強くされて、忍耐と寛容を尽くして、みことばを守るように教えなさい。』

このように聖書は、霊的に鈍感無知な人々や、自らの欲望や敵の誘惑に支配されている、かたくなな信仰と意志の弱い人々に対して、神の真理を教え諭すのに必要なのは、忍耐力と寛容さだと教え説きます。決してあきらめず、信仰の弱い隣人を裁かない忍耐力と聖霊力を意識しつつ、Jesusに祈り続けることが大切なのです。あなたに与えられる Jesus(主イエス)のような忍耐力と寛容さに期待します。

1節 (1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見を裁いてはいけません。)

聖書の『裁く』という意味とは、

一番目。 人のした物事の是非を、みことばによらず、全て自己判断だけで、白黒を明らかにしようとする事。

二番目。 はっきりと分からない複雑な物事であるのに、白黒を一方的に決めつけて、人を責めること。

三番目。 人の罪悪を一方的に訴えたり、明るみに出して見せしめにしようとしたり、裁判までしようとする事。 などの意味を持ちます。

・箴言19:20 『神のしもべの忠告を聞き、みことばの訓戒を受け入れよ。 そうすれば、あなたはあとで神の知恵を得よう。』

このように聖書は、日々教会から語られるBible &メッセージを用いて、Jesusや使徒たちのようにみことばによる忠告と叱責をする事は大切な愛の労だと教え説きます。しかし、必要以上に人を裁いて見下したり、「あの人は何を言っても無駄だ」などと冷たい無関心者になって、他人を裁くことをしてはならないと、教え説くのです。しかし、他人に真理を教え諭そうとすることに無関心な人や救霊に無関心な冷たい人に、神様からの大きな報いと奇跡はあり得ません。注意して下さい。

・ローマ信徒への手紙3:10~12 『「完全に正しい義人はいない。ひとりもいない。完璧に悟りのある人もいない。すべての人が人生に迷い、みな、ともに無益な者となっている。真心からの善を行う人もいない。ひとりもいない。」』

・第二コリントの手紙5:10 『なぜなら、私たちはみな、肉体の死後にキリストのさばきの御座に連れられて、善であれ悪であれ、各自その肉体の人生でした行為に応じて、その報いと裁きを受けることになるからです。』

そしてBibleは、人は皆、神の御子Jesus以外には 完全に人を裁ける権能と権威は、誰にも与えられていないと教え説いています。あなたの周囲に裁きたい程、信仰と意志の弱い人や罪深い愚かな人やみことばを勘違いした高慢な人々がいたとしても、ただ忍耐して、できる限りの忠告をして、あとは神様のジャッジに任せることが大切です。胸に刻んで下さい。

・使徒の働き1:13~15 『「ペテロ。さあ、なんでも、感謝してほふって食べなさい」という、主イエスの御声が天から聞こえた。しかし、使徒ペテロは主に言った。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、旧約聖書の教える清くない物や汚れた物を食べたことがありません。」すると、再び主イエスの御声があって、彼にこう言った。「わたし主イエスの十字架の血潮により、神がきよめたすべての物を、清くないと言ってはならない。」』

2~4節 (2 何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。)

このように聖書は、神の御子Jesusの十字架上の身代わりの死と弁護により、すべての罪悪をゆるされて清められた「神の子」たちは、何もかもがJesus十字架上の血潮により清められるため、何をしても、また何を食べても裁かれない自由があると約束します。

キリスト教以外の他の世界五大宗教の正式な教えを紐解くと、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、ユダヤ教には、食べてはいけない食物が、意外にも沢山あるものです。しかし、神の御子Jesusの十字架を知ったあなたは、もう何を食べてもJesusの血潮により清められるため、他の宗教の教えとは違って、何を食べても罰や呪いやマイナス的な因果応報は起こりません。神に良しとされたキリスト者とは、食の完全なる自由も与えられた人々なのです。この食の特別な恵みを真心から、Jesusに感謝することも大切です。ですから、「神の子」たちは食前の感謝の祈りを捧げるのです。毎食ごと、食の恵みを感謝して祈る者は皆、いく倍も報われるのです。

・ヨハネの黙示録3:20 主は言われた。『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、その人ののところに入って、ともに食事をし、その人は、わたしとともに食事をすることになります。』

あなたの食の恵みと快楽の喜びが、更に神様に祝福されることを期待します。 AMEN

(祈り)

主なる神様、皆を聖霊に満たし、それぞれが信仰の弱い人、霊的無知な人、意志の弱い人、真理を勘違いしている頑固な人々を裁いて見下したりせずに、そういう神の恵みを受けにくい、救われにくい人々を救い導ける忍耐力と寛容さと主イエスのような愛力を増し加えて下さい。 そうすれば皆、もっと多くの人々を救い導いて教え諭せたり、神からの百倍の報いや奇跡さえも引き出せるからです!主イエスのお名前で 期待して祈ります。 AMEN!!!

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