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ローマ人への手紙6:15~19

Jesus said,

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

2016年10月11日(火)

ディボーション聖句

ローマ信徒への手紙6:15~19 15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。 16 あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。 17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、 18 罪から解放されて、神の義の奴隷となったのです。 19 あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

15節 (15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。)

神の御子Jesusを信じたあなたは、何をしてもJesusの十字架上の身代わりの死と弁護により贖われるために、神様にゆるされるチャンスを受けられ、心霊体の全てにおいて真の自由を手に入れられるので、何度でもやり直しがきくと、聖書は約束してくれます。あなたは、神様公認のまことの自由人だと教え説くのです。

この神の御子Jesusの十字架による救いと永遠なる自由を生かすか、殺すかは、あなたの信仰生活次第なのです。肝に命じて下さい。 なぜならBibleは、聖書のみことばの知恵を正しく用いられた人にだけ、神様の百倍の恩恵と真の自由感は訪れると、教え説くからです。

あなたは、Jesus信仰から真の自由を手に入れられましたか? はたまた、Jesus信仰を勘違いしてしまい、みことばや自分勝手な思考に縛られ過ぎて、中途半端な信仰による自由を手にしていませんか? よく吟味して下さい。なぜなら聖書は、みことばに100% 身を委ねられなければ、真の自由は取り逃がす人生になってしまうと、はっきり教え説いているからです。胸に書き記して下さい。 ・第一コリントの手紙6:12

『すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが 私の人生の益になるわけではありません。主イエスの十字架により、私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。』

15~17節 (15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。16 あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、)

そしてBibleは、何でもありの、やりたい放題の自由とは、実は真の自由人のすることではなく、そういう人は、ただの身勝手なメチャクチャな罪人に成り下がるので、いつの日か自分の思考と行動の過ちの刈り取りに縛られることになり、真の自由感を失ってしまうと、忠告しています。 Bibleは、そういう身勝手な自由は、結局、周囲の人を顧みれず、自制できない愚かさを露呈しているだけであり、ただ自らの欲望と快楽に束縛された愚かな人に過ぎないと、教え説くのです。聖書は、そういう自由は、いつの日か自分勝手な罪悪の刈り取りを神様に強いられることになり、やがて真の自由感を失い、結果、自分で自分の首を絞める悲し人生になり下がるとまで、預言するのです。自由とは神様から与えられた恵みのひとつ、大切に取り使うことが問われます。

・第一ペテロの手紙2:16~17

『あなたがたは、神の真の自由人として行動しなさい。しかし、その自由を、悪の口実に用いないで、むしろ、神の奴隷のようになることで用いなさい。そうすれば、あなたは全ての物事の束縛から開放され、神はあなたに豊かに報いて下さるからです。自由人として、すべての人を敬い、兄弟姉妹たちを愛し、神を恐れ、権威を尊びなさい。』

18節 (18 罪から解放されて、神の義の奴隷となったのです。)

またBibleは、神様から与えられた数多くの自由なひとときを 自慢し過ぎたり、自分勝手な欲望ばかりに用いず、困り人を助け励ます隣人愛や、神に仕えることに費やすことを忘れてはいけないと、教え説きます。自由とは神様から与えられた、財産の一つ。自由なひとときを どう用いて生かすかで、神の奇跡と永遠なる祝福の大差が生じます。 あなたの自由の意識、自由の使い道は真理に叶っていますか?

・第二コリントの手紙3:16~17

『人が主の御言葉に心を向けるなら、心の壁と束縛感は取り除かれるのです。主はあなたの内に住まわれる聖霊です。そして、主の御言葉に従うところに聖霊からの自由が与えられるのです。』

・第一コリントの手紙9:19『私は主イエスの福音により、だれに対しても自由ですが、より多くの人を救うために、すべての人の奴隷となるように心掛けました。』

18~19節 (18 罪から解放されて、神の義の奴隷となったのです。19 あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。)

このようにBibleは、人は皆、神礼拝して祈ったり、真理と正義を 愛して行うために造られていると、教え説きます。だから 人は皆、困った時には神頼みしたり、誰でも少年(幼子)のような素直な心と良心を持っていると、教え説くのです。

そして聖書は、あなたのように、いつも神礼拝して、神のみことばを大切に生きていけば、神の愛と良心が満たされていくため、真の自由感と幸福感を手に入れられるチャンスに恵まれると、約束してくれます。

あなたの人生に表れる、神の愛に満ちた正しい自由の使い道と、それに伴う神の恩恵と奇跡に期待します。

AMEN

(祈り)

主なる神様、皆にJesusの十字架信仰から与えられる真の自由感と永遠なる幸福感を 悟らせて下さい。 そうすれば 皆、神と隣人を愛する正しい自由を選択して生きられ、神の奇跡と恩恵をも受けられるベストな悔いなき人生を築けるからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。

AMEN!!!

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