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使徒の働き9:27

Jesus said

『神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。』

『あなたの信じた通りになるように』

2016年3月26日(土)

ディボーション聖句

使徒の働き9:27

ところが、バルナバはサウロを引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを仲間達に説明した。

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。では、聖句をあげてから説明します。

・第一ヨハネの手紙4:20~21

『神を愛すると言いながら、同じ主を信じる兄弟姉妹を許せないなら、その人は偽り者です。目に見える、兄弟姉妹を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は、兄弟姉妹も愛すべきです。私たちはこの命令を主イエスから受けているからです。』

・マタイの福音書18:19

19『まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、教会にいるあなたがたのうち二人が、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。』

 このように聖書は、神に選ばれて集められた同じ教会の仲間達とは、永遠なる天国では神の家族に属することになる為、心一つに愛し合って祈り合わなければ、神の偉大なスケールの奇跡や願い通りの応答を引き出す事は難しいと、預言します。

 あなたが神の奇跡や願いの応答を引き出すには、「ご利益宗教程度の付き合い」「類は友を呼ぶ程度の信頼関係」、または利己心、好み、欲望としがらみとで繋がりあった「似たモノ同志的な友愛関係」程度では、真心をひとつに祈ることがほぼ難しく、周囲の人々を救い導ける聖霊力や神の感動的な奇跡を引き出せないと、Bibleは預言するのです。

 あなたの教会のJesus Familyたちとの関係性は如何ですか?心をひとつにするのに邪魔な壁は、ありませんか?その壁を取り除けるかどうかが、非常に重要なのです。

 Bibleは...あなたの父なる神様は、教会に繋ぎ合わされた「神の家族」たちを心ひとつに愛し合わせて祈らせることにより、今後の日本の天災や悲しい事件を軽減させて、それらを食い止めさせるご計画があると、教え説きます。

 また聖書は、教会のJesus Familyたちに神の知恵と聖霊力を注いで、ひとつの使命で一致させて、この愛する日本や近隣諸国の心霊を永遠に救い出す為に、皆さんを、わざわざ教会に招待しているのだと、教え説くのです。

 あなたは、これらの聖書が教える、神の大切なご計画とご意志を忘れてはいませんか?

 これらの神のご計画とご意志を自覚し続ける者たちだけが、あまり意味のないご利益宗教から開放され、神の偉大なスケールの奇跡と報いを受けられるのです。胸に書き記して下さい。

 Bibleを読むと、国々の大地震や異常気象、水害、諸々の災害を食い止めるのは、神のカラダの役割りをしている教会のJesus Familyたちのみことばによる祈祷力と礼拝力しか、食い止める術はないと、ハッキリと教え説きます。

 所詮、世界人類は無力であり、創造主なる神様が造られた自然にさえ打ち勝てないのです。

 これらのBibleの預言を聞き流して、現実逃避したり、今後起こりうる天災などの大災害を受けるしかないとあきらめムードに生活し続けるのか。それとも、Bibleを信じて、本気でこの愛する国の未来が天災や放射能などから守られるように、自らと子孫たちの為に祈り、神に期待して力強く暮らせるかは、あなたの信仰力次第なのです。

 教会の「Jesus Family」たちは、神の御子Jesusが日本の大災害、苦難を必ず食い止めてくれると信じて、祈りつつ、本当に食い止める為に選ばれました。Jesusを信じて、祈り続ける者たちの周囲は、必ず救われるのです。

27節 (ところが、バルナバはサウロを引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを仲間達に説明した。)

 エルサレムの多くのクリスチャン達は、約一年前までJesus Familyたちを迫害をしていたサウロが信仰告白をして洗礼を受けた証しをきかされましたが、すぐに、サウロを信じて仲良くしたり、心を一つに受けいれる事が出来ませんでした。

 しかし、この『バルナバ』や使徒(牧師)たちは違いました。彼らは聖書の教える「無条件の愛」「相手の言葉と気持ちをただ理解して受け入れようとする愛」「過去をゆるして、忘れてあげようとする愛」「人は皆、変われると信頼してあげる愛」「神の家族だと信じて、家族のように受け入れ合う愛」を選択したのです。

 これが神の偉大な聖霊力と奇跡を呼び込める、聖霊に満ちた教会の人間関係の型なのです。胸に書き記して下さい。

 また、このバルナバと使徒達は、過去、サウロ達のグループに大親友であったステパノを石打ちのリンチで殺されたことがありました。ではなぜ、『バルナバ』と使徒達は、サウロを赦して、真心から受け入れるを選択出来たのでしょうか?

 一番目。バルナバたちは、大親友ステパノの殉教とは、決して無意味ではなく、Jesusの永遠なる救いをサウロ達のグループに教え伝える為に、最高な命がけの愛の奉仕だと確信できていた為に、サウロを許せた。  また、バルナバたちは、今や殉教したステパノは、この世よりも遥かに素晴らしい神の国で、最高の報いと栄誉を受けていると確信していた為に、パウロを恨まずに、受け入れて愛せたのです。バルナバたちは、殉教の死が、どれだけ、天国において、素晴らしい報いがあるのか、深く理解をしていたのでした。

・ローマ信徒への手紙12:19

『愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」』

・ローマ書12:21

『悪と憎しみに負けてはいけません。かえって、善と愛をもって悪に打ち勝ちなさい。』

・マタイの福音書7:3

『また、なぜあなたは、兄弟姉妹の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中のハリには気がつかないのですか。』

 二番目。またバルナバたちは、サウロたちがしでかしたことへの憎しみ、復讐心を主なる神様に祈って明け渡すことを選択したのです。彼らは、過去のサウロたちの無知と罪悪ばかりを責めるのではなく、自らの過ちにも目を向けて、全ての過去の罪悪と憎しみを神様に祈り委ねる事を選択したのです。

 三番目。また、バルナバたちは他人を赦せない人は、結果として、人への怒りと憎しみに捕らわれてしまって、自身の心の平安と自由まで失い、傷心を深めてしまうことを聖書から教えられていたのです。

 彼らは、いくらサウロを憎んでも、恨んでも、ステパノはこの世界に戻ることはなく、もうすでに神の国にいることを受け入れたのです。また彼らは、人を許せない毎日を送ると、自らの人生と生活に、見えない敵(悪魔)を呼び込むことになり、諸々のマイナスを人生に呼び込む事になることを、聖書から教えられていた為に、彼らは自分たちの祝福と健康と自由の為にも、サウロの過去の罪悪を許す事を選択出来たのてす。

 最後に四番目。そして何より、バルナバたちは、今のサウロはBibleの教え通りに、徹底して生きており、彼は本気で人々を救う為に、エリート政治家の肩書きや富裕層の家も捨てて、ある意味バカになって、命懸けでJesus&Bibleを証しして生きていた姿に圧倒されたのでした。彼らは、日々のサウロの生き様を見て、真心からサウロを信頼する事ができ、彼は命がけの同志であり、本物の霊的ファミリーだと敬愛出来たのでした。

・ヤコブ書2:14

『神の兄弟姉妹たち。だれかが、自分は主イエスを信じると言っても、その人に行いがないなら、それが何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人や隣人を本当に救うことができるでしょうか。』

 このように聖書は、あなたの神様は、あなたの昨日までが、どうであれ、今日あなたがみことばを真心から信じて、一歩でも前に踏み出せば、必ずあなたをゆるし、また助け、絶対的に味方してくれると約束してくれます。

 そして聖書は、もし、あなたが日々のBible&メッセージによる行動と祈りを、毎日積み重ねて生きられれば、あなたには、神様からの百倍の報いや願いの成就までもが与えられると、約束するのです。

 あなたの人生に表れる、神のみことばによる奇跡、感動的な愛に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆と皆の関わる教会にHoly Spirit & JesusLoveを満たしてください。

 そうすれば皆の教会が、心一つに愛して祈り合う事ができ、皆と周囲の人々や、愛する日本と近隣諸国に、偉大な神の奇跡と感動が表れ出すからです!主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

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