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ヨハネの福音書7:37~44

Jesus said

「あなたの信じた通りになるように」

「何も思い煩わなくてもいい」

「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」

2015年10月30日(金)

ディボーション聖句

ヨハネの福音書7:37~44

37さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

38わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

39これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

40このことばを聞いて群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ」と言い、

41またある者は、「この方はキリストだ」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。

42キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」

43そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。

44その中にはイエスを捕らえたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

 以下は、すべての神の恵みを手に入れたソロモン王からの伝道者の書のみことばです。

・伝道者の書1:1~11

『エルサレムでの王、ダビデ王の子、伝道者ソロモン王のことば。この世の人生は空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。一つの時代は去り、次の時代が来る。

しかし地はいつまでも変わらない。日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰って行く。風は南に吹き、巡って北に吹く。巡り巡って風は吹く。しかし、その巡る道に風は帰る。川はみな海に流れ込むが、海は満ちることがない。川は流れ込む所に、また流れる。

すべての事はものうい。人は結局、誰も悟り語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。昔あったものは、くりかえし、これからもあり、昔起こったことは、くりかえし、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。

「これを見よ。これは新しい」と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでに似たようなことがあったものだ。大昔にあったことは記憶に残っていない。これから後に起こることも、それから後の時代の人々には、結局、みな記憶されないであろう。』

・伝道者の書12:12~14

『わが子よ。聖書の真理以外のことばには注意せよ。多くの本は答えなどなく、多くのものに熱中しても、ただ身体が疲れる。結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをいつか、さばかれるからだ。』

37~38節 (37さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。38わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」)

 このようにBibleは...この世の人生は、結局同じようなことの繰り返しばかりであり、どこに行っても、何をして何を極められたとしても、また、何を手に入れたとしても、全て満ち足りることなどあり得ないと、教え説きます。あなたは、どう考えますか?

 また聖書は、この世の人生は、結局誰でも、肉体の死を迎えることになって、全てを手放すことばかりであり、この世のすべては中身があるようで、実は大した中身などなく、死後の永遠の世界と比較するのならば、空の空に過ぎないとまで教え説くのです。

 人は皆、裸で生まれ、裸で、何も持てずに、死後の世界に向かう羽目になります。だから聖書は、神のみことばに耳を傾けるように、幾度となく忠告しているのです。

 あなたの手に触れるものと、あなたの目で見て、あなたの耳、口にするものなどに、永遠などないのです。

 37~38節,しかしJesusは、聖書のみことばには、永遠なる真理や人生と死の意味と行き先がハッキリと書かれており、みことばを素直に吸収していけば、誰でも、いつか永遠なる幸福感と自由感を手に入れられると、約束してくれたのです。

 聖書は人生での飢え渇きを満たせる、唯一の救霊の書物。すべてのみことばを消化、吸収しようとする人は皆、永遠に満たされた人生を手に入れられると、約束してくれるのです。

・マルコの福音書1:8

洗礼者ヨハネは言った。『私はあなたがたに水で洗礼を授けましたが、イエスの御名は、あなたがたに聖霊の洗礼をお授けになります。』

39節 (39これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。)

 またBibleは、Jesusを信じて洗礼を受けさえすれば、永遠なる助け主「聖霊様」が、父なる神様から、無条件で贈られると約束してくれます。

 聖書は、Jesusを信じて洗礼を受けて「聖霊様」をもらった方が、絶対に得策だと教え説くのです。

 このようにBibleは、Jesusの言う通り聖霊を受けて、日々のBible&メッセージを蓄えて祈りつつ、表現して生きられれば、永遠なる人生の幸福は間違いないとまで、約束してくれるのです。信じるか、信じられないかはあなた次第です。

40~44節 (40このことばを聞いて群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ」と言い、41またある者は、「この方はキリストだ」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。42キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」43そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。44その中にはイエスを捕らえたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。)

 この時代も、Bible&Jesusのみことばを信じて洗礼を受けて聖霊様をもらえた人と、あれこれ、考え過ぎてしまって聖霊様を受けられなかった人に、分かれたのでした。

 あなたは、どちらを選択しますか?人生はただ一度きり、よく考えることです。そして、すでに聖霊を受けられた人は皆、内なる聖霊様の存在をしっかり自覚して、生活すれば良いだけなのです。

・マルコの福音書10:15

『まことに、あなたがたに告げます。子どものように神のみことばを受け入れる者でなければ、決して神の国に、入ることはできません。』

・マタイの福音書13:23

『ところが、良い地に蒔かれる人とは、みことばを聞いてそれを悟り行える人のことで、その人はほんとうに良い実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。』

 このようにBibleは、子どものようにJesusのみことばを受け入れなければ、永遠なる神の聖霊と神の奇跡は手に入れられないと、教え説きます。胸に書き記して下さい。

 あなたに与えられる、聖霊とみことばの奇跡に期待します。信じる者は多く報われるのです。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆の霊の目を開いて、Bible&Jesusのみことばの素直な通り良き管としてあげて下さい。そうすれば、皆に神の聖霊の奇跡が続出するからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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