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ルカの福音書23:1~16

Jesus said

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

2015年9月4日(金)

ディボーション聖句

ルカの福音書23:1~16

1そこで、彼らは全員が立ち上がり、イエスをピラト総督のもとに連れて行った。

2そしてイエスについて訴え始めた。彼らは言った。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」

3するとピラトはイエスに、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねた。イエスは答えて、「そのとおりです」と言われた。

4ピラトは祭司長たちや群衆に、「この人には何の罪も見つからない」と言った。

5しかし彼らはあくまで言い張って、「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです」と言った。

6それを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ねて、

7ヘロデの支配下にあるとわかると、イエスをヘロデのところに送った。ヘロデもそのころエルサレムにいたからである。

8ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行う何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。

9それで、いろいろと質問したが、イエスは彼に何もお答えにならなかった。

10祭司長たちと律法学者たちは立って、イエスを激しく訴えていた。

11ヘロデは、自分の兵士たちといっしょにイエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返した。

12この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。

13ピラトは祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め、

14こう言った。「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。

15ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。

16だから私は、懲らしめたうえで、釈放します。」

[聖句メッセージ]

 本日からルカの福音書は23章です。

 1節『ピラト』とは、ポンテオ・ピラトという人で、当時の古代ローマ帝国・ユダヤ属州の第五代総督でした。彼の在位期間は西暦26~32年でした。

・ヨハネの黙示録17:14

『この世の悪者どもは、神の小羊と戦いますが、小羊は彼らに打ち勝ちます。なぜならば、小羊イエスは主の主、王の王だからです。また彼とともにいる者たちは、神に召された者、選ばれた者、忠実な者だからです。』

1~4節 (1そこで、彼らは全員が立ち上がり、イエスをピラト総督のもとに連れて行った。2そしてイエスについて訴え始めた。彼らは言った。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」3するとピラトはイエスに、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねた。イエスは答えて、「そのとおりです」と言われた。4ピラトは祭司長たちや群衆に、「この人には何の罪も見つからない」と言った。)

 このようにBibleは...世界中の多くの権力者や偉人たちは、戦死や餓死する人々の命をやむを得ないと、見て見ぬ振りをして見殺しにしていますが、神の御子Jesusは無実であったのに、世界人類の罪悪による滅びや病魔の身代わりのために命を捨てて、永遠に救い出してくれると、教え説きます。

 Jesusこそが『世界人類の主なる神』『王の中の王』であり、人類の模範的リータシップだと、教え説くのです。

 Jesusから、真の愛と幸福な人生を学び取ることです。

・マタイの福音書13:10~11

『弟子たちは来て、イエスに言った。「なぜ、祭司や律法学者たちには、たとえでお話しになったのですか。」イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていないからです。」』

 5節,このように聖書は、Bible&Jesusのみことばを純真無垢な子どものように信じられない人に、神の奥義や人生と死の秘密は悟れないと、ハッキリ教え説いています。

・ルカの福音書18:17

主イエスは言われた。『まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決して、悟ることも、入ることもできません。』

5~6節 (5しかし彼らはあくまで言い張って、「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです」と言った。6それを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ねて、)

 ユダヤの宗教指導者や権力者たちは、Bibleの教えている神の奥義や真理について、自分本位な解釈をしたり、知ったかぶりをしてしまい、結果、神を敵に回す羽目になって、神の奥義と真理を悟れなかったと教え説くのです。

 ですからJesusの忠告通り、Bibleメッセージを読む時は、全身全霊で、子どものように素直にみことばを受け入れながら、読むことが重要なのです。

 あなたに悟れる、神の奥義とあなたに必要な人生の秘密に期待します。

 以下は...神からの救い主イエスキリストが世界人類の罪、咎、過ちを贖うために、無実なのに罰せられ、ムチ打たれて苦しめられて、殺されると預言していた聖句です。

 この旧約聖書の預言は、主イエスへの懲らしめと打ち傷と、いけにえの死こそが、信じる人々を癒し救う、神の贖いのご計画だと、教え説いているのです。

・イザヤ書53:4~6,10~12

『まことに、彼は私たち人間の病を負い、私たち人間の痛みをになってくれた。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。

しかし、それは違った。彼は、私たち人間のそむきの罪のために刺し通され、私たち人間の罪と咎のために砕かれた。

彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされる。私たち人間はみな、人生を羊のようにさまよい、おのおの、自分勝手な滅びの道に向かって行った。

しかし、主なる神は、私たちのすべての罪と咎を彼に負わせられた。しかし、彼を砕いて、痛めることは主のご計画であった。

もし彼が、ご自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は永遠に、神の子孫たちを見ることができ、主の救いのご計画は、ただ彼によって成し遂げられる。

彼は、ご自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。神の正しいしもべは、そのみことばの知識によって義とされ、神のしもべたちの罪と咎を彼がになう。

それゆえ、わたしたちは、多くの人々に彼のみことばの救いを伝える。彼がご自分のいのちを死に明け渡し、神にそむいた人たちとともに数えられたからである。

そして、彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのために永遠にとりなしをする。』

9~16節 (9それで、いろいろと質問したが、イエスは彼に何もお答えにならなかった。10祭司長たちと律法学者たちは立って、イエスを激しく訴えていた。11ヘロデは、自分の兵士たちといっしょにイエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返した。12この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。13ピラトは祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め、14こう言った。「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。15ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。16だから私は、懲らしめたうえで、釈放します。」)

 この時、総督ピラトもヘロデ王も、Jesusが全く無実な神の人であることを認めました。

 聖書は、旧約聖書・イザヤ書の預言通り、人は皆、Jesusの十字架の身代わりの死(贖罪)を信じるのならば、死後に蘇り、永遠の神の国「天国」行きが約束されると、教え説きます。

 もし、あなたが自らの人生での非を認めて、Jesusの十字架力を信じて悔い改められるのならば、ただそれだけで、永遠に報われるのです。あなたに与えられる、永遠の報いに期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、日々のBibleメッセージから神の深いご計画と奥義や、主イエスの愛を学ばせて、悔い改めさせて下さい。

 そうすれば皆、主イエスのような神の愛と奇跡をも表せるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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