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ルカの福音書17:20~25

Jesus said

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

2015年7月30日(木)

ディボーション聖句

ルカの福音書17:20~25

20さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。

21『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」

22イエスは弟子たちに言われた。「人の子の日を一日でも見たいと願っても、見られない時が来ます。

23人々が『こちらだ』とか、『あちらだ』とか言っても行ってはなりません。あとを追いかけてはなりません。

24いなずまが、ひらめいて、天の端から天の端へと輝くように、人の子は、人の子の日には、ちょうどそのようであるからです。

25しかし、人の子はまず、多くの苦しみを受け、この時代に捨てられなければなりません。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

・第一テサロニケの手紙5:1~6

『兄弟姉妹たち。神の時がいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

なぜなら、主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。人々が「平和だ。安全だ」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。

ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。しかし、兄弟姉妹たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。あなたがたはみな、神の光の子ども、昼の子どもだからです。

私たちは、夜や暗やみの者ではありません。ですから、ほかの人々のように霊的に眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。』

20~21節 (20さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。21『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」)

 このようにBibleは、人は皆、いつ人生の試練や苦難が訪れるのか...また、いつ死んで、神のみもとに連れて行かれ、神のジャッジ(審判)を受けることになるのか...誰も完全には知らされないと教え説きます。

 しかしJesusは、いつその日、その時が来てもいいように、日々のBible&メッセージを読み、祈りながら、目をさまして準備するようにと、忠告されたのです。

 こうして、日々のBible&メッセージに耳を傾けられているあなたは、目に見えずとも、いつ神の時や神の国が来てもいいように心霊が整えられているので、安心だと教えてくれています。ただただJesusに感謝して、安心して生活することです。

22~25節 (22イエスは弟子たちに言われた。「人の子の日を一日でも見たいと願っても、見られない時が来ます。23人々が『こちらだ』とか、『あちらだ』とか言っても行ってはなりません。あとを追いかけてはなりません。24いなずまが、ひらめいて、天の端から天の端へと輝くように、人の子は、人の子の日には、ちょうどそのようであるからです。25しかし、人の子はまず、多くの苦しみを受け、この時代に捨てられなければなりません。)

 以下は...救い主イエスキリストが全世界と全人生の罪悪の十字架上の身代わりの死と復活を預言していた、Bibleのみことばになります。

・イザヤ書53:5~6

『彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。私たちはみな、人生を羊のようにさまよい、おのおの、自分勝手な滅びの道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての罪と咎を彼に負わせた。』

・マタイの福音書20:18~19

主イエスは言われた。

『「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子イエスは、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは人の子イエスを死刑に定めます。そして、あざけり、むち打ち、十字架につけるため、神を知らない異邦人たちに引き渡します。しかし、人の子イエスは三日目によみがえります。」』

・ヘブル人への手紙9:26~28

『イエスキリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身をいけにえとして、全人類の罪を取り除くために、来られたのです。

そして、人間には、一度死ぬことと死後に神のさばきを受けることが定まっているように。キリストも、多くの信じる人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。』

 22~25節,このようにBibleは...世界人類の救い主である、神の御子イエスは、神を信じる全人生の罪悪の身代わりの死を成し遂げる為に、生まれてきたと教え説きます。

 Jesusの十字架上の打ち傷は、信じるあなたを癒す作用があり、Jesusが十字架上の身代わりの死と復活を成し遂げたことにより、信じるあなたに、永遠の命(天国行き)を授ける効力が生じたのです。

・第一コリントの手紙1:18

『主イエスの十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。』

・ローマ信徒への手紙8:31~32

『では、これらのことからどう言えるでしょう。神が主イエスを信じた私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

私たちすべてのために、ご自分の御子イエスさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子イエスといっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。』

 このようにBibleは...Jesusを信じたあなたには、見えずとも、いつも神様の味方がついており、Jesusのみことばを信じて前進し続ける者には、すべての恵みが注がれるとも、約束してくれています。

 Jesusのみことばを信じる者は、永遠に報われるのです。あなたに与えられる、感動的な神の恵みに期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆の霊の目を開いて、Jesusの十字架による愛力とみことば力を絶対視できるように、助け導いて下さい。

 そうすれば、皆に必要な全祝福が注がれ続けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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