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ルカの福音書13:31~35

Jesus said

『平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

2015年7月14日(火)

ディボーション聖句

ルカの福音書13:31~35

31ちょうどそのとき、何人かのパリサイ人が近寄って来て、イエスに言った。「ここから出て、ほかの所へ行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうと思っています。」

32イエスは言われた。「行って、あの狐にこう言いなさい。『よく見なさい。わたしは、きょうと、あすとは、悪霊どもを追い出し、病人をいやし、三日目に全うされます。

33だが、わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません。なぜなら、預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからです。』

34ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。

35見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」

[聖句メッセージ]

 本日でルカの福音書13章は終わりです。

・マタイの福音書15:12~14

『そのとき、イエスの弟子たちが、近寄って来て、イエスに言った。

「パリサイ人が、みことばを聞いて、腹を立てたのをご存じですか。」

しかし、イエスは答えて言われた。

「わたしの天の父なる神がお植えにならなかった木は、みな根こそぎに引き抜かていきます。もう、彼らのことは放っておきなさい。彼らは盲人を手引きする盲人に過ぎないからです。もし、みことばを受け入れられない盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むだけなのです。」』

・マタイの福音書23:23

Jesusは言った。

『わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、十分の一の献納物を納めているが、聖書の律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実を、おろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、十分の一の献納物もおろそかにしてはいけません。』

・ヤコブの手紙2:17

『信仰は、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。』

31~32節 (31ちょうどそのとき、何人かのパリサイ人が近寄って来て、イエスに言った。「ここから出て、ほかの所へ行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうと思っています。」32イエスは言われた。「行って、あの狐にこう言いなさい。『よく見なさい。わたしは、きょうと、あすとは、悪霊どもを追い出し、病人をいやし、三日目に全うされます。)

 このようにJesusは、イスラエル国とユダヤ宗教の中心的人物の大半を占めていた、敬虔なパリサイ人たちを偽善者呼ばわりをしたり、自己満足で救いようのないご利益宗教者たちだと、叱責されました。

 なぜなら、彼らは礼拝や献金・奉仕活動は守っていましたが、Bibleのみことば(真理)と救霊愛を軽視しており、隣人愛と説得力の乏しい、形式的なご利益宗教に捕らわれていたからでした。

 31~32節,しかし少数のパリサイ人たちは、Jesusのみことばと叱責を子どものように素直に受け入れて悔い改めており、イスラエルの政治家と宗教指導者たちが、Jesusのいのちを狙っていることを知って、気遣ったのでした。

 あなたは、パリサイ人たちのように、Jesusの教える隣人愛の大切さを軽視したり、Bibleメッセージに逆ギレするような、自己満足なご利益宗教に陥ることはありませんか? 霊の目を醒ますことです。

・マタイの福音書7:20~21

Jesusは言った。

『こういうわけで、あなたがたは、人生の実によって彼らを見分けることができるのです。わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者がみな天の御国に入れるのではなく、天におられるわたしの父なる神のみことばを行う者が入れるのです。 』

 32節,このように、真のクリスチャンに必要不可欠なのは、隣人を自分のように思いやれる愛力と説得力なのです。祈り求めることです。

32~34節 (32イエスは言われた。「行って、あの狐にこう言いなさい。『よく見なさい。わたしは、きょうと、あすとは、悪霊どもを追い出し、病人をいやし、三日目に全うされます。33だが、わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません。なぜなら、預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからです。』34ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。)

 以下は...神の救い主・イエスの十字架上の死と復活の救いについて、預言されていた旧約聖書のみことばになります。

・イザヤ書53:5~6

『彼は、私たち人間のそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされる。

私たち人間はみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての罪と咎を彼に負わせられた。』

・イザヤ書53:10

『しかし、彼を砕いて、痛めることは主なる神様ののみこころであった。もし彼が、自分のいのちを 人々の罪過のためのいけにえとするなら、彼は永遠に、神の子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。』

・マタイの福音書16:21

『イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。』

33~35節 (33だが、わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません。なぜなら、預言者がエルサレム以外の所で死ぬことはありえないからです。』34ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。35見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」)

 このようにBibleは...世界人類の救い主・Jesusは、聖地エルサレムで、全人生の罪悪・咎・過ち・病魔の身代わりの死を遂げてから、三日後によみがえって、世界人類に永遠のいのち(神の国)を証し伝えてから、神の国に戻られるという、旧約聖書の預言通りの人生を全うされたと、教え説きます。

 Jesusは、ご自分を信じる者は、肉体の死後、永遠の人生に移されると約束してくれたのです。

・マタイの福音書5:18

Jesusは言った。

『まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、聖書の律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。』

・ローマ信徒への手紙8:31~32

『では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

私たちすべてのために、ご自分の御子イエスのいのちさえ、惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子イエスといっしょにすべてのものを、イエスを信じた私たちに恵んでくださらないことがありましょう。』

 35節,このように...もし、あなたが人生の試練や死の滅びに圧倒的に打ち勝てる程の神の味方と幸運を惹きつけたいのならば、Bible&Jesusのみことばだけには、反抗しないことが得策なのです。

 Bible&Jesusのみことばを堅く信じたあなたに与えられる、神の圧倒的な味方と特別な弁護に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、Bible&Jesusの教えるみことばと、永遠に人を救い、隣人を自分自身のように思いやろうとする隣人愛を、何よりも大切に生きられるようにして下さい。

 それさえ出来れば、皆に神様の圧倒的な味方と特別な弁護が与えられるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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