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ルカの福音書9:37~45

Jesus said

『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』

2015年6月12日(金)

ディボーション聖句

ルカの福音書9:37~45

37 次の日、一行が山から降りて来ると、大ぜいの人の群れがイエスを迎えた。

38すると、群衆の中から、ひとりの人が叫んで言った。「先生。お願いです。息子を見てやってください。ひとり息子です。

39ご覧ください。霊がこの子に取りつきますと、突然叫び出すのです。そしてひきつけさせてあわを吹かせ、かき裂いて、なかなか離れようとしません。

40お弟子たちに、この霊を追い出してくださるようお願いしたのですが、お弟子たちにはできませんでした。」

41イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまで、あなたがたといっしょにいて、あなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。あなたの子をここに連れて来なさい。」

42その子が近づいて来る間にも、悪霊は彼を打ち倒して、激しくひきつけさせてしまった。それで、イエスは汚れた霊をしかって、その子をいやし、父親に渡された。

43人々はみな、神のご威光に驚嘆した。イエスのなさったすべてのことに、人々がみな驚いていると、イエスは弟子たちにこう言われた。

44「このことばを、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」

45しかし、弟子たちは、このみことばが理解できなかった。このみことばの意味は、わからないように、彼らから隠されていたのである。また彼らは、このみことばについてイエスに尋ねるのを恐れた。

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

・マルコの福音書1:35

『さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ、一人で出て行き、そこで、よく祈っておられた。』

37節 (37 次の日、一行が山から降りて来ると、大ぜいの人の群れがイエスを迎えた。)

 このように聖書は....主イエスは、いつも早起きしてから、まず一人で静かな場所に行って、みことばを黙想して、しばらく祈りに集中してから1日を始めていたと、教え説きます。

 この主イエスのように、朝一番の祈りとみことばの黙想(ディボーション)なくしては、神の聖霊力と奇跡力が満ち溢れることはないと言っても、過言ではないのです。胸に書き記して下さい。

・マタイの福音書26:41

『誘惑に陥らないように、いつも目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。』

 37節,またBibleは...主イエスのように、絶えずみことばを深く黙想しながら祈らずして、神の言霊力と聖霊力をパワーアップすることは出来ず..人は皆、この聖霊力に満たされなければ、救霊の良い実を結んだり、見えない敵(悪霊)に打ち勝つことさえも難しいと、教え説きます。

 主イエスへの祈りと聖日礼拝とは、あなたの聖霊力(HolySpirit)を充電できる貴重な手段なのです。胸に書き記すことです。

 この聖霊力に満たされないと、大した奇跡は起こり得ないからなのです。

・ルカの福音書11:13

『天の父なる神様が、祈り求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。』

 37節,神とのコミュニケーションである...主イエスへの祈りに集中する時間を 毎日、大切に作れる人ほど、神の聖霊力と奇跡力は増し加わるということです。

・ルカの福音書9:28~29

『イエスは、使徒ペテロとヨハネとヤコブとを連れて、祈るために、山に登られた。イエスが祈りに集中していると、御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝きだした。』

 37~38節,この日の主イエスも、わざわざ三人の使徒たちを連れて、山で集中して祈ってきた直後であった為、イエスの聖霊力と奇跡力は、周囲の人々に強いオーラを放っていたのです。

・マルコの福音書9:16~18

『山から降りてきたイエスは、彼らに「あなたがたは、わたしの弟子たちと何を議論しているのですか」と聞かれた。

すると群衆のひとりが、イエスに答えて言った。「先生。口をきけなくする悪霊につかれた私の息子を、先生のところに連れて来ました。その霊が息子にとりつくと、所かまわず彼を押し倒します。そして彼はあわを吹き、歯ぎしりして、からだをこわばらせます。それで、あなたのお弟子たちに、悪霊を追い出すよう願ったのですが、彼らにはできませんでした。」』

38~40節 (38すると、群衆の中から、ひとりの人が叫んで言った。「先生。お願いです。息子を見てやってください。ひとり息子です。39ご覧ください。霊がこの子に取りつきますと、突然叫び出すのです。そしてひきつけさせてあわを吹かせ、かき裂いて、なかなか離れようとしません。40お弟子たちに、この霊を追い出してくださるようお願いしたのですが、お弟子たちにはできませんでした。」)

 このように、群衆の一人の息子が悪霊に取り憑かれており、その息子は原因不明のひきつけに悩まされて、父親が相談に来ていたのです。

 しかし、主イエスの弟子たちには、この息子を癒すことが出来ませんでした。

・マタイの福音書17:19~21

『そのとき、弟子たちはそっとイエスのもとに来て、言った。「なぜ、私たちには悪霊を追い出せなかったのですか。」

イエスは言われた。「それは、あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの本物の信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。ただし、この種の悪霊は、断食による祈りによらなければ出て行きません。」』

41~45節 (41イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまで、あなたがたといっしょにいて、あなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。あなたの子をここに連れて来なさい。」42その子が近づいて来る間にも、悪霊は彼を打ち倒して、激しくひきつけさせてしまった。それで、イエスは汚れた霊をしかって、その子をいやし、父親に渡された。43人々はみな、神のご威光に驚嘆した。イエスのなさったすべてのことに、人々がみな驚いていると、イエスは弟子たちにこう言われた。44「このことばを、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」45しかし、弟子たちは、このみことばが理解できなかった。このみことばの意味は、わからないように、彼らから隠されていたのである。また彼らは、このみことばについてイエスに尋ねるのを恐れた。)

 そしてJesusは、悪霊によるひきつけを起こしていた子どもを癒せなかった弟子たちに、以下のように語りました。

 「あなたがたは、あの子のひきつけや叫び声などの症状に驚き過ぎて、絶対に癒せるという信仰心を働かせられなかったのです。

 しかし、人の症状がどうであれ、また、どんな強い悪霊でさえも、絶対に癒されるという本物の信仰を働かせれば、あなたがたにも、完全に癒せたはずなのです。

 また、悪霊による原因不明の病の場合は、断食などして祈りに集中して、聖霊力をMAXにして対応しなければ、神の奇跡や癒しは難しいものです。

 さあ、これらの真理をしっかりと胸に書き記しなさい。なぜならわたしは、もうすぐ 十字架につくために、引き渡されるからです。」とイエスは言われたのです。

・ローマ信徒への手紙12:12

『あなたがたは、いつも望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。』

・エペソの手紙6:18

『すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、教会のすべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。』

 このようにBibleは、神の奇跡と、悪霊に打ち勝てる救霊力と治癒力を生み出せる祈りの達人とは、困った時の神頼み的な祈りをする人ではなく、いつも祈りとみことばの時間(ディボーション)を大切に生きている人であり、自分のことよりも、同じ教会のJesusFamily達のために、よくとりなし祈っている人だと、教え説きます。

 あなたの生活習慣に現れる、神の奇跡と救霊を呼び込める、聖霊と一体化した情熱的な祈祷力に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、毎朝、皆が主なる神様とのコミュニケーション(祈りとディボーション)を大切にした生活習慣を築けられるように、霊の目を開かせてあげて下さい。

 そして皆が、毎日、絶えず心で祈りながら、全ての生活と人間関係を築けるようにしてあげて下さい。

 そうすれば、皆が聖霊に満たされ出して、個々に神の奇跡、百倍の報い、救霊の実や癒しさえも起こり続けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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