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ルカの福音書3:1~9

GOD said

『あなたは癒された』

『愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい』

『神は愛です』

『主のしもべは栄える』

2015年5月3日(日)

ディボーション聖句

ルカの福音書 3:1~9

1 皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり、

2 アンナスとカヤパが大祭司であったころ, 神のことばが,荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。

3 そこでヨハネは、ヨルダン川のほとりのすべての地方に行って、罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いた。

4 そのことは預言者イザヤのことばの書に書いてあるとおりである。「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。

5 すべての谷はうずめられ、すべての山と丘とは低くされ、曲がった所はまっすぐになり、でこぼこ道は平らになる。

6 こうして、あらゆる人が、神の救いを見るようになる。』」

7 それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。

8 それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。

9 斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」

[聖句メッセージ]

今日からルカの福音書3章が始まります。

1節 (1皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり)

『皇帝テベリオ』とは、ローマ帝国の第二代皇帝 テベリオ・ユリウス・カイザルの事。在位期間は西暦14年~37年。

・マタイの福音書22:17~22

『「税金をユダヤ以外のカイザルに納めることは、聖書の律法にかなっていることでしょうか。かなっていないことでしょうか。」

イエスはパリサイ人たちのわなを見抜いて言われた。「偽善者たち。なぜ、わたしをためすのか。税金に納めるお金をわたしに見せなさい。」そこで彼らは、デナリ硬貨を一枚イエスのもとに持って来た。

そこで彼らに言われた。「これは、だれの肖像ですか。だれの銘ですか。」

彼らは、「カイザルのです」と言った。

そこで、イエスは言われた。「それなら、カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」

彼らは、イエスのみことばを聞いて驚嘆し、立ち去った。』

1節 (1皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり)

尚、当時の硬貨の肖像画・カイザルとは、この皇帝テベリオのものでした。当時のユダヤ人(イスラエル国)は、ローマ帝国の統治下に置かれていたのです。

1節 (1皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり)

『ポンテオ・ピラト』とはローマ人で、当時のローマ帝国・ユダヤ属州の総督の事。

1節 (1皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり)

『ヘロデ』『ピリポ』『ルサニヤ』は、当時のユダヤ人の大名のような領主的存在でした。

2節 (2アンナスとカヤパが大祭司であったころ, 神のことばが,荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。)

『アンナス』とは当時のバリサイ派の大祭司であり、『カヤパ』とはサドカイ派の大祭司の事。

1~2節 (1皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主, その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり、2アンナスとカヤパが大祭司であったころ, 神のことばが,荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。)

以上の要人たちが、イエスの時代の権力者たちの名前です。

尚、祭司ザカリヤと妻エリサベツの子・ヨハネが、ちょうど30歳になった頃、神のみことば(旧約聖書のイザヤ書)が、預言者に成長したヨハネに語られました。

・イザヤ書40:3~5

『荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。

盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。このようにして、主の栄光が現されると、すべての者が共にこれを見る。主の御口が語られたからだ。」』

3~6節 (3そこでヨハネは、ヨルダン川のほとりのすべての地方に行って、罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いた。4そのことは預言者イザヤのことばの書に書いてあるとおりである。「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。5すべての谷はうずめられ、すべての山と丘とは低くされ、曲がった所はまっすぐになり、でこぼこ道は平らになる。6こうして、あらゆる人が、神の救いを見るようになる。』」)

以上のイザヤ書のみことばが、預言者ヨハネに語られたのです。

尚、預言者ヨハネが、父なる神様から語られた具体的な内容は、以下になります。

『預言者ヨハネよ!主なる神様の裁きと救いの時が 近づいた。だから、出会うすべての人々に、以下のみことばを語りなさい。

「さあ、皆さん。いよいよ、神の定めの時が来ました。今のうちに、あなたの人生を考え直して、改めるべきことを探し、すぐに出来る限り、悔い改めなさい。そして、あなたがたは、これから語られるBibleのみことばから、神の知恵と忠告を聞き入れて、心霊と生活習慣のあり方を整えなさい。神のみことばと忠告は、すべての人々に語られたるです!」』

預言者ヨハネは、以上のような みことばの預言と命令を語るように、神様に命じられたのです。

・マルコの福音書1:4

『バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪の赦しのための悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。』

・マルコの福音書16:16

主イエスは言われた。

『わたしを信じて洗礼を受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。』

・マタイの福音書3:6

『多くの人は皆、自分の罪を告白して、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた。』

3~9節 (3そこでヨハネは、ヨルダン川のほとりのすべての地方に行って、罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いた。4そのことは預言者イザヤのことばの書に書いてあるとおりである。「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。5すべての谷はうずめられ、すべての山と丘とは低くされ、曲がった所はまっすぐになり、でこぼこ道は平らになる。6こうして、あらゆる人が、神の救いを見るようになる。』」7それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。8それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。9斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」)

またBibleは、以下のように語っています。

「たとえ、さっきまでの私やあなたが 極悪非道な罪人であろうとも...また、私やあなたが 世界中の貧困者や餓死者たちを無視して、自らの欲望や快楽、自らの利益と暮らし向きの向上のためだけに興味を持ち、自分勝手な人生を歩む冷酷な人だとしても、もし私やあなたが 自らの愛の足りなさ、罪性、人生の過ち、咎などを、子どものように素直に受け留めて告白し、主イエスの十字架の身代わりの死を 信じられるのなら、全てはゆるされます。

なぜなら、主イエスの十字架は信じるすべての人々を贖ってくれるからなのです。

そしてBible&Jesusは、主イエスを信じる私やあなたが 洗礼を受けるのなら、ただ、それだけで、永遠の救い主である「聖霊」力を受けられると、約束しているのです。』

あなたに与えられる、永遠の希望ある人生と聖霊力に期待します。AMEN

(祈り)

主なる神様、皆の霊の目を開き、Bible&Jesusのみことばと忠告から、何をどう考え、また、どう 改めるべきなのか、教え諭して導いて下さい。

そうすれば 皆、神の御心とご計画と、主イエスの十字架力を知って、永遠に救われるからです!主イエスのお名前で、感謝して祈ります。AMEN!!!

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