• sgbc-devotion

ルカの福音書1:5~17

Bible said

『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』

『心を尽くして主に拠り頼め. 自分の悟りに頼るな』

2015年4月22日(水)

ディボーション聖句

ルカの福音書1:5~17

5ユダヤの王ヘロデの時に、アビヤの組の者でザカリヤという祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。

6ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っていた。

7エリサベツは不妊の女だったので、彼らには子がなく、ふたりとももう年をとっていた。

8さて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、

9祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。

10彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた。

11ところが、主の使いが彼に現れて、香壇の右に立った。

12これを見たザカリヤは不安を覚え、恐怖に襲われたが、

13御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。

14その子はあなたにとって喜びとなり楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。

15彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、

16そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。

17彼こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子どもたちに向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意するのです。」

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

 5節『ユダヤの王ヘロデ』とは、ローマ帝国に統治される直前と、統治直後のユダヤ国(イスラエル)の王位「ヘロデ大王」。在位期間は、紀元前72年〜西暦4年。

 尚、西暦(せいれき)とは、主イエスキリストが生まれたとされる年の翌年を、元年(紀元)とした紀年法であり、キリスト紀元とも言われています。

・伝道者の書3:1

『天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みは神の時である。』

5節 (5ユダヤの王ヘロデの時に、アビヤの組の者でザカリヤという祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。)

 既に、主イエスキリストが生誕して2015年余りが経過している西暦の紀年法は、西暦1800年頃からキリスト教国家を中心に世界中に広がり、現在においては、世界で最も広く使われている、紀年法となっています。

 このように全世界の年数と日時は、Bibleの預言通り、主イエスキリストが基準となっているのです。

 世界時間の主は、もはや、イエスキリストなのです。

 5節『アビヤ組の者でザカリヤという祭司』とは、ユダヤ教の祭司の組織のグループ名アビヤ組と、祭司名ザカリヤのことです...この祭司の組織については、旧約聖書の歴代誌上24章に詳しく出ておりますが、祭司全体は24の組に分けられており、一つの組には千人以上も居る組もありました。

 また「アビヤ組」というのは、そのうちの一つの祭司グループ名だったのです。

 5節『アロンの子孫で名をエリサベツ』とは、十戒のモーセの実兄で、初代の神のみことばメッセンジャーであった「アロン」の子孫のエリサベツという意味。

 尚、このアロンの家系は伝統的にイスラエルの祭司の先祖であるとみなされている為に、アロン家系は、神に選ばれし特別な名門として、扱われています。

6~10節 (6ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っていた。7エリサベツは不妊の女だったので、彼らには子がなく、ふたりとももう年をとっていた。8さて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、9祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。10彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた。)

 今日の聖句のように...年に2回ほど、神殿の中で香を焚く祭司の務めをする当番が、各組にまわってきたのですが...この日は、ちょうどザカリアが属するアビア組が当番になっていました。

 尚、祭司の務めの中で最も重要な務めの一つが、この香を焚くという作業でしたが、祭司の各組には千人前後の祭司がいた為に、香を焚く人を決めるのは、クジ引きでした。そして、クジを引いたところ、約千分の一の当たりくじを祭司ザカリヤが引き、香を焚くことになったのです。

 この香を焚く意味合いは、香によって神様を意識して、祈りに集中する意味合いもあったのです。

・申命記4:40

主なる神は言われた。

『わたしが命じておいた主のみことばのおきてと命令とを守りなさい。そうすれば あなたも、あなたの後の子孫も、しあわせになり、あなたの神、主が永久にあなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福して、長く生き続けるためである。』

6~17節 (6ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っていた。7エリサベツは不妊の女だったので、彼らには子がなく、ふたりとももう年をとっていた。8さて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、9祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。10彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた。11ところが、主の使いが彼に現れて、香壇の右に立った。12これを見たザカリヤは不安を覚え、恐怖に襲われたが、13御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。14その子はあなたにとって喜びとなり楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。15彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、16そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。17彼こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子どもたちに向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意するのです。」)

 このように祭司ザカリヤと、アロンの名門家系で生まれ育ったエリサベツの夫婦は、いつも神を恐れ畏みながら、みことばを大切にして家庭を築いてきた為に、エリサベツは中高年の不妊症であったのに、世界的な歴史的人物となる「洗礼者ヨハネ」を身ごもるという、夫婦の願いと夢以上の神の報いを受けられたのです。

 この夫婦の共通の夢と願いとは、子どもを授かることだったのです。

 あなたの真の夢と願いとは なんですか?Bible&Jesusは、真の夢と願いを刈り取る為に 何より重要なのは、真理なるみことばを大切に生きられるかがポイントだと、教えられたのです。

 この二人の息子となる・洗礼者ヨハネとは、世界人類に神の赦しと、神と和解する為の洗礼式を 最初に教え説いた、神の伝説的な預言者です。

・マルコの福音書16:16

主イエスは預言した。

『わたしを信じて洗礼を受ける者は、必ず 救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。』

 このように...洗礼前の人は、なるべく早く洗礼を受け、すでに洗礼を受けた人は、聖霊の満たしを求め続けることが大切なのです。

 あなたに与えられる、聖霊の油注ぎに期待します。

・マタイの福音書15:28

『そのとき、イエスは言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の願い通りになった。』

・ヨハネの福音書15:7

主イエスは約束した。

『あなたがたがわたしにとどまり、わたしのみことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。』

 6~17節,このようにBible&Jesusは、祭司ザカリヤとエリサベツの夫婦のように、毎日食事を摂るように、主なる神様のみことばを落ち度なく聞き入れて、Bible&メッセージから与えられるみことばに留まる生活習慣さえ築いていければ、どんな願い事も、信じて願った通り以上にして下さるとまで、約束してくれたのです。

 あなたに与えられる、真の夢と願いを叶えられる、みことば信仰力と実行力に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆の霊の目を開いて、まだ 洗礼前の人には、洗礼式のチャンスを与えて下さり、洗礼を受けた人には、聖霊の満たしをお与え下さい。

 そうすれば皆に、真の夢と願いを叶えられる、みことば信仰力と実行力が与えられるからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

3回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

ヨハネの福音書7:14~18

2020年2月23日(日) ディボーション聖句 ヨハネの福音書7:14~18 14 しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた。 15 ユダヤ人たちは驚いて言った。「この人は正規に学んだことがないのに、どうして学問があるのか。」 16 そこでイエスは彼らに答えて言われた。「わたしの教えは、わたしのものではなく、わたしを遣わした方のものです。 17 だれでも神

ヨハネの福音書7:10~13

2020年2月22日(土) ディボーション聖句  ヨハネの福音書7:10~13 10 しかし、兄弟たちが仮庵の祭りに上ったとき、イエスご自身も、公にではなく、いわば内密に上って行かれた。 11 ユダヤ人たちは、祭りのとき、「あの方はどこにおられるのか」と言って、イエスを捜していた。 12 そして群衆の間には、イエスについて、いろいろとひそひそ話がされていた。「良い人だ」と言う者もあり、「