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マルコの福音書14:32~42

Bible said

『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』

『心を尽くして主に拠り頼め. 自分の悟りに頼るな』

2015年4月8日(水)

ディボーション聖句

マルコの福音書14:32~42

32ゲツセマネという所に来て、イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈る間、ここにすわっていなさい。」

33そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた。イエスは深く恐れもだえ始められた。

34そして彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、目をさましていなさい。」

35それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、

36またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」

37それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。

38誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

39イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。

40そして、また戻って来て、ご覧になると、彼らは眠っていた。ひどく眠けがさしていたのである。彼らは、イエスにどう言ってよいか、わからなかった。

41イエスは三度目に来て、彼らに言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。

42立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

32節 (32ゲツセマネという所に来て、イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈る間、ここにすわっていなさい。」)

 『ゲッセマネ』とは聖地エルサレムにある場所で、よく、主イエスが祈りに行かれたオリーブ山の北西麓にあった地名になります。また『ゲッセマネ』は、オリーブの木の植えられた庭園風の場所であったので、「ゲッセマネの園」とも呼ばれていました。

 主イエスは12弟子たちと、最後の晩餐と世界初の聖餐式を終えられると、すぐに ペテロ、ヤコブとヨハネの三人の使徒たちだけを連れて、このゲッセマネの園に、祈りに行かれたのです。

・マタイの福音書18:19~20

主イエスは言われた。

『まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。』

33~34節 (33そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた。イエスは深く恐れもだえ始められた。34そして彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、目をさましていなさい。」)

 このようにBible&Jesusは、たった一人で数分程度 祈るくらいなら、定期的にJesusFamilyたちと2〜3人以上集まって、心一つに集中して祈ることの方が絶対的に願い事が叶いやすいと、教え説きます。

・伝道者の書4:9

『ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。』

・マタイの福音書7:20

『こういうわけで、あなたがたは、彼らを実によって見分けることができるのです。』

 またBibleは祈り続けても、大した良い実を結べない時は、このマンネリズムで孤立した祈り方が原因だと、教え説きます。

 祈りとは神との対話。良い実を結ばない、自己満足で、一方的な祈りは改めた方が得策なのです。

 ですから、主なる神様は、わざわざ教会祈祷制度を造られ、この日のイエスも、わざわざ3人の使徒たちを誘い出したのです。

35~38節 (35それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、36またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」37それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。38誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」)

 しかし、3人の使徒たちは、主イエスと心一つに祈ることが出来ませんでした。

 38節『誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。』

 彼らの信仰生活と祈りはマンネリ化していたので、イエスのみことばの大切さと、これから起こる危機と使命を察知できずに、睡魔に捕らわれてしまったのです。

 あなたのクリスチャンLIFEと祈り方は、大丈夫ですか? 再確認することです。

39~42節 (39イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。40そして、また戻って来て、ご覧になると、彼らは眠っていた。ひどく眠けがさしていたのである。彼らは、イエスにどう言ってよいか、わからなかった。41イエスは三度目に来て、彼らに言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。42立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」)

 以下は、主イエスのように神の御声と奇跡を掴み取った、ヤコブの孤独の祈りのみことばです。

・創世記32:24~29

『ヤコブはひとりだけ残って、御使いと夜明けまで格闘した。ところが、その御使いは、ヤコブの熱心さに勝てないのを見てとって、ヤコブのもものつがいを打ったので、その御使いと格闘しているうちに、ヤコブのもものつがいがはずれた。

すると御使いは言った。

「わたしを去らせよ。夜が明けるから。」

しかし、ヤコブは答えた。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」

すると、御使いは言った。「あなたの名は何というのか。」

彼は答えた。「ヤコブです。」

その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。あなたは神と霊的に戦い、御使いと戦って、勝ったからだ。」

ヤコブが、「どうかあなたの名を教えてください」と尋ねると、その御使いは、「いったい、なぜ、あなたはわたしの名を尋ねるのか」と言って、その場で彼を祝福した。』

 このように旧約聖書を見ると...世界中の信仰の父と言われているアブラハムの孫で、イサクの息子であったヤコブという人は、一晩中、まるで、神様にすがりついて離れない程に集中して、霊的格闘の祈りを捧げたために、神様の超自然的なパワーと、いまだかつて、誰も手に入れたことのない程の奇跡的な祝福をも手に入れられたと、聖書は教え説きます。

 Bible&Jesusは、日々、神とよく対話する人が、祈りに集中する時間を取れるのなら、人を救える良い実と神の奇跡さえも引き出せると、教え説きます。

 神との深いコミュニケーションと、聖書に基づく集中した祈りの時間なくして、奇跡は皆無なのです。胸に書き記して下さい。

 あなたの生活習慣に現れる、神との深い対話力と、祈りの集中力に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、神との深い対話の出来る、祈りの集中力をお与え下さい。

 そうすれば皆が、神の御声を聞いたり、神の奇跡さえも起こせるからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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