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マルコの福音書9:33~37

2014年3月10日(火)

Jesus said

「あなたの信じた通りになるように」

「何も思い煩わなくてもいい」

「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」

ディボーション聖句

マルコの福音書9:33~37

33カペナウムに着いた。イエスは、家に入った後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」

34彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである。

35イエスはおすわりになり、十二弟子を呼んで、言われた。「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。」

36それから、イエスは、ひとりの子どもを連れて来て、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱き寄せて、彼らに言われた。

37「だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。また、だれでも、わたしを受け入れるならば、わたしを受け入れるのではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

33節 (33カペナウムに着いた。イエスは、家に入った後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」)

 『カペナウム』という町は、イスラエル国・ガリラヤ湖の北西岸の町で、主イエスの約3年間の宣教の基地となった場所。尚、この『カペナウム』という町は、旧約聖書に全く出てこない、歴史の浅い町でした。

 このようにBibleは、人の言い伝えなどによる歴史的なパワースポットなどに、大した意味はなく、父なる神様のパワーはどこにでも同じくらいに現れると、教え説きます。

・申命記11:16

『気をつけなさい。あなたがたの心が迷い、横道にそれて、ほかの神々を拝むことのないように。主なる神様の怒りがあなたがたに向かって燃え上がり、主が天を閉ざされないように。』

 このBible聖句の言う通り、何だか、ハッキリ分からないようなパワースポットに行って、むやみに拝んでしまい、訳のわからないパワーや、悪運を呼び込まないことも 得策です。

・イザヤ書43:19

『見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。』

 33節,このようにBibleは、人は皆、今まで生まれ育った場所や古くからの人間関係などの思い出やしがらみに捕らわれやすく、また、殆どの人の思考力は、いつも過去の経験から類推しがちだと、教え説きます。

 しかし、神のみことば力を引き出す信仰とは、信仰の父アブラハムのように、過去の栄光やしがらみを捨てて、新しいことにチャレンジできる精神力と行動力が大切です。

 Bibleのみことばを読む時は、常に、新しい発想力と開拓心をも働かせられるように、読むべきだと教え説いているのです。

 胸に書き記して下さい。

・イザヤ書42:9

神は言われた。『新しい事を、わたしは告げよう。それが起こる前に、あなたがたに聞かせよう。』

 33節,もしあなたに、神からの知恵や新しいことをやり遂げられるインスピレーションが必要ならば、Bibleを読みながら、凝り固まった思考や片寄った好みばかり追いかけ過ぎないように、改めてみることです。

 あなたに与えられる、新たなアイデアと可能性に期待します。

33~34節 (33カペナウムに着いた。イエスは、家に入った後、弟子たちに質問された。「道で何を論じ合っていたのですか。」34彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである。)

 Bibleは、この世界は行き過ぎた競争社会を形成してしまっており、殆どの人々は、何事も他者と比較し過ぎて、何らかの敗北感や嫉妬心を持って傷ついていたり、何らかの優越感を抱いて高慢になって、勘違いしていると教え説きます。

 また、多くの人たちは、他人よりも劣って見られることを嫌がり、何においても、他人からよく思われようと、背伸びして偽りの罪を犯していたり、格好つけ過ぎて 必要以上のストレスを抱え込んでいると、教え説くのです。

 あなたに、そういうところはありませんか? Bibleは、所詮人は皆、裸で生まれ、裸で死に行く存在にすぎず、誰もが大差はないと、真実を教え説きます。別にどう思われようとも、あなたらしくあれば、良いのです。

 33~34節,イエスの12使徒たちも、大きな神の奇跡を表したり、周囲の人々からチヤホヤされるようになってきていたので、互いに、必要以上にライバル視するようになっていました。

35~37節 (35イエスはおすわりになり、十二弟子を呼んで、言われた。「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい。」36それから、イエスは、ひとりの子どもを連れて来て、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱き寄せて、彼らに言われた。37「だれでも、このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです。また、だれでも、わたしを受け入れるならば、わたしを受け入れるのではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」)

 しかし主イエスは、そういう競争意識をしすぎる人は、やがて自分らしさとHolySpiritが衰えていき、また、一生涯の親友や心一つに祈れる戦友・JesusFamilyも出来にくくなると忠告したのです。

 いつも、他人の目を意識し過ぎたり、他者と比較して競争意識ばかり持たずに、真実の自分を受け入れて、幼子の時の純粋さと真実さを表現しながら、人に仕える姿勢が大切だと、教えたのです。

 そういう人が真のリーダーになるべきだと、教え説いたのです。胸に書き記すことです。

 あなたに与えられる、真のリーダーシップと、一つ心で祈り合える永遠のJesusFamilyに期待します。

・ルカの福音書20:45~46

『民衆がみな耳を傾けているときに、イエスは弟子たちにこう言われた。「権力者や律法学者たちには気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ったり、広場であいさつされたりすることが好きで、また会堂の上席や宴会の上座が好きです。」

・ヨハネの黙示録6:15~17

『地上の王、高官、隊長、金持ち、勇者、あらゆる自由人が、ほら穴と山の岩間に隠れ、山や岩に向かってこう言った。「私たちの上に倒れかかって、御座にある方の御顔と小羊の怒りとから、私たちをかくまってくれ。御怒りの大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。」』

 36節,このようにBibleは、この世の権力者、有力者、富裕層、自由人たちの多くは、人前でいいところばかり見せようとする偽善に陥りやすく、高慢になっている人が多いと、教え説きます。

 そういう高慢な人々は、どんなに裕福で、社会的地位が高かろうとも、むしろ 神に対して罪を犯しやすいと忠告したのです。

 主イエスを生意気に思って、殺そうと企てた人々も、国の有力者たちであり富裕層でした。

・マタイの福音書19:21~23

『イエスは金持ちの青年に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」ところが、青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。この人は多くの財産を持っていたからである。それから、イエスは弟子たちに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。金持ちが天の御国に入るのはむずかしいことです。」』

 37節,Bible&Jesusの教える通り、今の時代の権力者や裕福な人々も、それだけで罪深いのかもしれません。なぜなら...現在世界中で、3秒に1人の子どもたちが餓死していると言われています。

 もし、世界中の権力者、有力者、富裕層が力を合わせられれば、すべての子どもたちに衣食住が与えらて、明るい未来が開かれるとも言われているからです。。。 私たち大人は、暮らし向きの便利さと自慢のために、そして、常に新しくて、良いモノを、また、もっと美味しい物を手に入れるために、世界中の幼児の餓死者たちを平気で見殺しにしているという、罪悪性があることも忘れてはなりません。

 勿論、聖書は餓死していく罪のない子供たちの行き着く先は、最高な神の御国・パラダイスだと教えてくれます。Bibleには永遠の希望があるのです。

 しかし大人は皆、主イエスの十字架の贖罪が必要なのです。Bibleは、権力や富を追いかければ追いかける程、また、それらを持てば持つほど、人は皆、自分勝手な罪人、愚かな偽善者に染まりやすいと忠告しています。

 いつもBibleを読み、イエスの十字架のゆるしを噛み締めながら、悔いなき人生を築くことです。あなたが築く、あなたらしい最高の人生に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たして、日々のBible & メッセージから、凝り固まった思考とワンパターンの発想力から開放させて、常に新しい刺激、アイデアと開拓心を与え続けて下さい。

 そして皆が、主イエスのような サーバント・リーダーシップの精神を忘れないように、助け導いて下さい。

 そうすれば皆、神のPowerとHolySpiritに満ち溢れた、最高の人生を築けるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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