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マルコの福音書9:2~13

2015年3月7日(土)

Bible said

『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』

『心を尽くして主に拠り頼め。 自分の悟りにたよるな』

『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

ディボーション聖句

マルコの福音書9:2~13

2それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。

3その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。

4また、エリヤが、モーセとともに現れ、彼らはイエスと語り合っていた。

5すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。私たちが、幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」

6実のところ、ペテロは言うべきことがわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれたのであった。

7そのとき雲がわき起こってその人々をおおい、雲の中から、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」と言う声がした。

8彼らが急いであたりを見回すと、自分たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった。

9さて、山を降りながら、イエスは彼らに、人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見たことをだれにも話してはならない、と特に命じられた。

10そこで彼らは、そのおことばを心に堅く留め、死人の中からよみがえると言われたことはどういう意味かを論じ合った。

11彼らはイエスに尋ねて言った。「律法学者たちは、まずエリヤが来るはずだと言っていますが、それはなぜでしょうか。」

12イエスは言われた。「エリヤがまず来て、すべてのことを立て直します。では、人の子について、多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてあるのは、どうしてなのですか。

13しかし、あなたがたに告げます。エリヤはもう来たのです。そして人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にしたのです。」

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

・出エジプト記20:8~11

『週に一度の安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息のための日である。あなたはどんな仕事もしてはならない。

――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの使用人たち、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も――それは主なる神様が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は週に一度の安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。』

・出エジプト記31:15~16

『人は皆、六日間は仕事をしてもよい。しかし、七日目は、主の聖なる全き休みの安息日である。安息の日に仕事をする者は、だれでもゆるされない。神の選民イスラエル人はこの安息を守り、永遠の契約として、代々にわたり、この安息を守らなければならない。』

2節 (2それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。)

 このようにBibleは、人は皆、最低週一度は心体を休ませるように造られており、週一度は、愛する家族やJesusFamily(親友)たちと愛を深める聖日を守るできであり、その聖日には、父なる神を礼拝をすることで、自らの心霊と生活習慣を省みながら、HolySpiritの充電を受け、個々に必要な神の御声を聞くための礼拝が、必要不可欠だと教え説きます。

 聖書は、この神の安息日を怠る人は皆、心霊体の不健康や家族とJesusFamily(親友)との不仲に陥りやすくなり、やがて、神から与えられたHolySpirt&Love&Luckyも減少していき、必要以上の敵の攻撃や試練に支配されやすくなると、預言するのです。

 今や世界常識となっている週一度以上の休日は、Bible&Jesusの恩恵であることを胸に書き記して、自分勝手で片寄った生活習慣と、何事もやり過ぎには注意することです。

・マタイの福音書7:26~27

イエスは預言した。

『わたしのこれらのみことばを聞いてそれを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。』

 2節,なぜならBible&Jesusは、そういう片寄った人の健康、繁栄、勝利、成功は長続きしないと、預言するからです。

・エレミヤ書29:12~13

主なる神様は約束された。

『あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。』

2~8節 (2それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。3その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。4また、エリヤが、モーセとともに現れ、彼らはイエスと語り合っていた。5すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。私たちが、幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」6実のところ、ペテロは言うべきことがわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれたのであった。7そのとき雲がわき起こってその人々をおおい、雲の中から、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」と言う声がした。8彼らが急いであたりを見回すと、自分たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった。)

 主イエスは数多くいる弟子たちの中から、いつも安息日を守り、真心から神と隣人に仕えようとみことばの愛と使命を大切に生きていた 三人だけを呼び出して、神の国の奇跡を見せてあげました。

 主なる神様は、決して差別はしませんが、一人一人の真心と、表面には出ない信仰生活、生活習慣と人間関係の在り方を見られて、人生での刈り取りと神の報いを振り分けられます。

 人は皆、表向きを見るので 、他人の目はごまかせますが、神は心の深みと真実の姿を見分けられるので、ごまかしは効きません。

 また、もし他人があなたを正当に評価してくれなくとも、あなたの父なる神様は、いつか必ず、正当に報いてくださるお方なので、安心することです。

 このように、神の大きな報いと奇跡を刈り取れる人とは、いつも みことばを信頼しながら、地道に忍耐することができる人なのです。

・マタイの福音書5:8

主イエスは言われた。

『心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。』

・マタイの福音書5:10

『神の義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。』

9~13節 (9さて、山を降りながら、イエスは彼らに、人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見たことをだれにも話してはならない、と特に命じられた。10そこで彼らは、そのおことばを心に堅く留め、死人の中からよみがえると言われたことはどういう意味かを論じ合った。11彼らはイエスに尋ねて言った。「律法学者たちは、まずエリヤが来るはずだと言っていますが、それはなぜでしょうか。」12イエスは言われた。「エリヤがまず来て、すべてのことを立て直します。では、人の子について、多くの苦しみを受け、さげすまれると書いてあるのは、どうしてなのですか。13しかし、あなたがたに告げます。エリヤはもう来たのです。そして人々は、彼について書いてあるとおりに、好き勝手なことを彼にしたのです。」)

 多くの神に選ばれし人々の中でも、この使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人は、Bibleの真理と知恵を深く悟りながらも、まるで幼子のように徹して、神のみことばの清さを追い求める生活習慣を築いていたので、主イエスは特別な奇跡を 彼らだけに体験させました。

 そして、彼らは主イエスのみことばをいつも第一にして、他者を恐れずに、神の福音を語る愛の使命を第一に生きていたので、神の直接的な御声を聞くことができたと、Bibleは教え説きます。

 彼らは純粋で、まっすぐな信仰心ゆえに、神の国にいるはずの最高な預言者・エリヤと、十戒の伝説的指導者・モーセを目の前で見ることができ、イエスのみことばに絶対的に従えば、必ず報われるという、はっきりとした、神の約束のみことばを聞けたのです。そして彼らは、揺るがない確信を手に入れられたのです。

 求める人に確信は与えられるのです。

・ヘブル人への手紙11:6

『信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。』

・ヘブル人への手紙10:36~39

『あなたがたが神のみことばを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。」神は言われた。「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころはあなたがたを喜ばない。」私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、みことばを信じて、永遠のいのちを保つ者です。』

・マタイの福音書13:23

主イエスは言われた。

『良い地に蒔かれる人とは、みことばを聞いて、それを悟り行う人のことで、その人はほんとうに良い実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結べます。』

 9~13節,このように、使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネたちは、純粋で生き様の伴った信仰生活だったゆえに、約二千年経った現在でも、世界中に名を残すほどの神の偉大な使徒、世界を変えた預言者たちとして、語り継がれています。

 聖書は、彼らが神の奇跡と偉業を成し遂げられたのは、三人が特別な人格と才能があった訳ではなく、彼らの信仰と愛は、命懸けの本物であった為だと、教え説きます。

 大切なのは、どれだけ本気でBible&Jesusを信じて向き合えるかに、かかっているのです。

・マルコの福音書9:23

『するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」』

 9~13節,このようにBible&Jesusのみことばを 本気で信じて、神の愛と福音を 何よりも大切に生きようとする者には、どんなこともできるのです。

 あなたに現れる、不可能を可能にする 本物の信仰心に期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネたちのように、聖日を大切にしながら、Bibleのみことばと 本気で向き合えるようにして下さい。

 そうすれば皆、主イエスのような神の奇跡力や永遠の幸福力を手に入れられるからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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