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マルコの福音書6:47~56

2014年2月24日(火)

Jesus said

「あなたの信じた通りになるように」

「何も思い煩わなくてもいい」

「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」

ディボーション聖句

マルコの福音書6:47~56

47夕方になったころ、舟は湖の真ん中に出ており、イエスだけが陸地におられた。

48イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。

49しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。

50というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。

51そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。

52というのは、彼らはまだパンのことから悟るところがなく、その心は堅く閉じていたからである。

53彼らは湖を渡って、ゲネサレの地に着き、舟をつないだ。

54そして、彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついて、

55そのあたりをくまなく走り回り、イエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運んで来た。

56イエスが入って行かれると、村でも町でも部落でも、人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。

[聖句メッセージ]

 本日でマルコと福音書6章は終わりです。

47~48節 (47夕方になったころ、舟は湖の真ん中に出ており、イエスだけが陸地におられた。 48イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。)

 主イエスは、わずか1日で、一万人以上の人々のために、Bibleのみことばを教えて、 祈ったり、そして食事の世話までして、 一生懸命仕えた弟子たちを 群衆から離れさせて 休ませるために、船で湖の真ん中に行くように命じました。 イエスの弟子たちは、その船内で、疲れた心霊体を休ませながら祈り、聖霊力の充電に努めていたのです。

 Bibleは人は皆、心鎮めて静かに祈るとき、HolySpiritを蓄えられると教えるのです。

・マタイの福音書6:6

イエスは言われた。 『あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。 そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます』

 このようにBibleは、人は皆、忙しく働いて疲れ果てた時は、孤独で神に祈ったり、自らの心霊を鎮める為の安息な時も必要だと、教え説きます。

 幸いに満ちた人生を築くには、ただ、せわしなく働いて富を築くばかりだけではなく、心を鎮めて、 自分らしさを取り戻すための安息の時間を作る努力も必要なのです。

 胸に書き記して下さい。

・マタイの福音書11:29~30

主イエスは言われた。

『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、 わたしのところに来なさい。 わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、 あなたがたもわたしのくびきを負って、 わたしから学びなさい。そうすれば たましいに安らぎが来ます。 わたしのくびきは負いやすく、 わたしの荷は軽いからです。』

 Bible&Jesusは、この世界の人々と組織は、個々の欲望に捕らえられた経済至上主義に陥りやすく、多くの人々が、息ついて休む暇もないほどに、 行き過ぎた競争社会を形成してしまっていると、教え説きます。

 結果、人々の多くの心霊は疲れ果てたり、愛に冷えて、飢え乾いてしまうと教え説くのです。 あなたの生活環境と心霊の状態は、どうですか?

 しかし、Bible&Jesusの教える真理は...人は皆、人命と人心の愛・第一主義を大切にするべきであり、 共に理解して認め合い、支え励まし合う 共走社会を 目指すように、教え説いているのです。

・ヨハネの福音書6:35

『イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしを信じて来る者は決して飢えることがなく、わたしのみことばを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」

 このようにBible&Jesusのみことばに、日々頼り続ける人の心霊は、いつも、人に仕えて与えてばかりだとしても、有り余るほどの聖霊力と幸福力を与えると、イエスは約束してくれたのです。 日々のBible&Jesusのみことば力を 純粋に求め、探し、叩き続けるだけで、聖霊力と幸運力は満ち溢れていくと教えたのです。

49~52節 (49しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。50というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。 51そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。 52というのは、彼らはまだパンのことから悟るところがなく、その心は堅く閉じていたからである。)

 ちょうど夜中の3時頃、イエスが湖上の水面を歩いて、弟子たちの乗っていた、船に近づいて来ました。弟子たちは、 それを見て「幽霊だ。化け物だ。」と、 イエスを恐れて敬遠しました。

 弟子たちは...前日は、たった5~7人分程度の食料しかなかったのに、一万人以上を満腹に食べさせる イエスの奇跡を見せられ、次の日の真夜中、湖の上を歩くイエスを見せられて、全く、冷静に消化しきれなかったのです。

 彼らは、二日連続で異常な奇跡を見せられて、震えていました。

・ヨハネの福音書6:36

『あなたがたはわたしを見ながら信じようとしないと、わたしはあなたがたに預言していました。』

・第一ヨハネの手紙5:10

『神を信じない者は、神を偽り者とするのです。神が御子イエスについてあかしされたことを信じないからです。』

 このようにBibleは、人は皆、過去、物事を見聞きしたりなどして 経験したことから、類推しながら 物事を思考したり、判別しようとするので、誰もが不信仰に陥りやすいと、教え説きます。

・ヘブル人への手紙11:1

『信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。』

 しかし神信仰とは、目に見ることの出来ない神なる霊的存在を信じて、経験したことのない事がらを Bibleを読んで確信しようとする信仰力、聖霊力、夢力、純粋な心のあり方なのです。

・ルカの福音書1:37

『神にとって不可能なことは一つもありません。』

・エペソの手紙3:19

『人知をはるかに越えたキリストを知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。』

 創造主なる神の定義とは、無から有を創造するお方で、不可能を可能にするお方であり、人知を遥かに超えた超常識的な霊的存在なのです。胸に書き記して下さい。

・ヘブル人への手紙11:6

『信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。』

・マタイの福音書13:58

『そして、イエスは、彼らの不信仰のゆえに、そこでは多くの奇蹟をなさらなかった。』

53~56節 (53彼らは湖を渡って、ゲネサレの地に着き、舟をつないだ。 54そして、彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついて、 55そのあたりをくまなく走り回り、イエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運んで来た。 56イエスが入って行かれると、村でも町でも部落でも、人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。)

 このように、神の大いなる奇跡と癒しは、Jesusを信じることを選択した人に与えられる特権です。信じる者は、必ず報われるのです。

 あなたに与えられる、神の大いなる奇跡と癒しに期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、不完全な知性と理性に打ち勝たせ、Bible&Jesusのみことばを 100%確信させて下さい。

 そうすれば、皆と周囲の人々に、神の奇跡と癒しが続出し出すからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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