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マルコの福音書5:21~43

2015年2月18日(水)

Bible said

『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』

『心を尽くして主に拠り頼め. 自分の悟りに頼るな』

ディボーション聖句

マルコの福音書5:21~43

21イエスが舟でまた向こう岸へ渡られると、大ぜいの人の群れがみもとに集まった。イエスは岸べにとどまっておられた。

22すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し、

23いっしょうけんめい願ってこう言った。「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください。」

24そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。

25ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。

26この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。

27彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。

28「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えていたからである。

29すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。

30イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか」と言われた。

31そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」

32イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。

33女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。

34そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。

35イエスが、まだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人がやって来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう。」

36イエスは、その話のことばをそばで聞いて、会堂管理者に言われた。「恐れないで、ただ信じていなさい。」

37そして、ペテロとヤコブとヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれも自分といっしょに行くのをお許しにならなかった。

38彼らはその会堂管理者の家に着いた。イエスは、人々が、取り乱し、大声で泣いたり、わめいたりしているのをご覧になり、

39中に入って、彼らにこう言われた。「なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです。」

40人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなを外に出し、ただその子どもの父と母、それにご自分の供の者たちだけを伴って、子どものいる所へ入って行かれた。

41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)

42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。

43イエスは、このことをだれにも知らせないようにと、きびしくお命じになり、さらに、少女に食事をさせるように言われた。」

[聖句メッセージ]

 本日でマルコの福音書5章は終わりです。

・ローマ信徒への手紙10:9~13

『もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるのです。

人は心に信じて、神様に義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。

「主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」ユダヤ人と外国人との区別はありません。

同じ主が、すべての人の主なる神であり、主イエスを呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。』

21節 (21イエスが舟でまた向こう岸へ渡られると、大ぜいの人の群れがみもとに集まった。イエスは岸べにとどまっておられた。)

 主イエスとは旧約聖書の預言していた世界人類の救い主であり、たとえ他宗教者であったとしても、主イエスを信じて口で告白するのならば、誰でも神の子とされる。

 そして神の子の特権として、奇跡的な癒しや、諸問題が早期的に解決するチャンスを頂けると、友人・知人たちの証しと噂を聞いた、多くのユダヤ教徒たちは、イエスの礼拝(集会)にやって来ました。

 あなたはご自分の家系がキリスト教徒ではないからと、必要以上の宗教意識の壁を作っていませんか?

 私や私の家系も、かつてはキリスト教徒ではありませんでした。そんなこと、もうどうでも良いと、Jesusは教えてくれたのです。

・テトスの手紙3:9

『愚かな宗教議論、系図、口論、聖書についての論争などを避けなさい。それらは人生に無益で、むだなものです。』

 21節,もし、あなたが父なる神様を敵に回さずに、世界で起きている宗教論争に巻き込まれたくないのなら、下らない宗教論など捨て去ることです。

 なぜならBible&Jesusは、人は皆、人間の罪性と限界を認めて、知ったかぶりをせずに、子どものように素直に主イエスを信じるだけで救われると説いており、それだけで、神の永遠のゆるしと天国行きのチャンスを与えてくれると、教えてくれたからです。

22~43節 (22すると、会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し、23いっしょうけんめい願ってこう言った。「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください。」24そこで、イエスは彼といっしょに出かけられたが、多くの群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。25ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。26この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。27彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。28「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えていたからである。29すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。30イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか」と言われた。31そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」32イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。33女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。34そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。35イエスが、まだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人がやって来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう。」36イエスは、その話のことばをそばで聞いて、会堂管理者に言われた。「恐れないで、ただ信じていなさい。」37そして、ペテロとヤコブとヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれも自分といっしょに行くのをお許しにならなかった。38彼らはその会堂管理者の家に着いた。イエスは、人々が、取り乱し、大声で泣いたり、わめいたりしているのをご覧になり、39中に入って、彼らにこう言われた。「なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです。」40人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなを外に出し、ただその子どもの父と母、それにご自分の供の者たちだけを伴って、子どものいる所へ入って行かれた。41そして、その子どもの手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。(訳して言えば、「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味である。)42すると、少女はすぐさま起き上がり、歩き始めた。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに包まれた。43イエスは、このことをだれにも知らせないようにと、きびしくお命じになり、さらに、少女に食事をさせるように言われた。」)

 『会堂管理者ヤイロ』とは、ユダヤ教の礼拝堂の管理責任者(半聖職者)のヤイロという名の男。

 尚、このヤイロが属していた ユダヤ教の祭司や有力者たちと政治家たちは、主イエスの教えと聖霊力を脅威に感じたために、イエスに根拠のない言いがかりをつけたり、イエスの殺人計画案を企てた最強の宗教団体・パリサイ派でした。

 しかし、ユダヤ教・会堂管理者ヤイロは、自分の所属している宗教団体と宗教観には限界を感じており、Bible&Jesusが世界最強の本物の神だと感じ取っていたために、自らの宗教的立場やブライドなどを捨て去って、愛娘の癒しのために、多くの民衆の前でイエスに頭を下げて、祈ったのです。

・マルコの福音書9:23~24

『するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」するとすぐに、その子の父は叫んで言った。「信じます。不信仰な私をお助けください。」』

・マタイの福音書10:31~33

イエスは言われた。『恐れることはありません。わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父なる神の前でその人を認めます。しかし、人前でわたしを信じられないと言うような者なら、わたしも天におられるわたしの父なる神の前で、そんな者は知らないと言います。』

 22~43節,このように、ユダヤ教の会堂管理者のヤイロは、多くのユダヤ教徒の前でイエスに頭を下げて祈れば、裏切り者扱いされて、会堂管理の職さえも失う恐れがありましたが...彼は全く恐れずに、主イエスを100%信じきって、大きな声で主イエスに祈る信仰を実践することで、愛娘の奇跡的な癒しを手に入れられたのです。

 このヤイロのように、リスクを恐れずに、ある意味、バカに徹して信じる者にだけ、神の奇跡は任されます。

 22~43節,また12年もの間、子宮から血の混じったおりものが止まらずにいた為に結婚ができず、また、やぶ医者に騙されて全財産を使い果たしてしまっていた ユダヤ教徒の「長血」の女性も、イエスの衣服にさえ触れられれば、必ず癒されると信じて、イエスに会いに来ていました。

 彼女は、恥も外聞も捨て去り、多勢の男たちを醜いほどに押しのけて、ただただ、イエスに触れることにだけ専念していたのです。そして、彼女はイエスの奇跡的な治癒力を引き出せました。

 この長血の女性のように、必死に信じて行動する者にだけ、神の超常識的な御業は起こります。

 胸に書き記すことです。

・マタイの福音書10:38~39(現代訳)

『自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。自己保身的な人は、かえって大事な命を失い、わたしのために喜んで自己犠牲する人はみな、命を自分のものとするのです。』

 あなたに現れる、恥も外聞も捨て去れる、奇跡さえも起こせるBible&Jesus信仰力と、必死になって、人を救おうとするJesusLoveに期待します。AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たし、恥や外聞に打ち勝てる、揺るがないBible信仰力と、死や恐れにも打ち勝てるほどのJesusLoveを増し加えてください。

 そうすれば皆と周囲に、神の奇跡と感動が舞い降りるからです!主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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